第25話 お誘い その1

「……無理強いしてごめん」

 言って、僕は姿勢を元に戻す。

 上から鞠矢ちゃんを見る構図になり――、彼女の頭を軽く撫でた。


「言いたくないことは言わないでいいし――、言えないことも言わないでいいよ。

 僕は、鞠矢ちゃんがそうやって少しでも本音を出してくれたことが、嬉しいからね――。

 もうお腹一杯、ぱんぱんだよ」


 だから。

 もうこれ以上、鞠矢ちゃんが頑張る必要はない。


 ヒントはある――。

 なにも鞠矢ちゃんだけがそうではないのだ。


 魔法少女――、魔女。

 どちらも一人ずつであるはずがないだろう。

 炎と雷でくくられているのならば、他の属性もいたところで驚きはしない。

 漫画の読み過ぎかもしれないが――必然と同等に、いるだろうし。


 鞠矢ちゃんでなくともいい――、アイファさんでもいいのだ。

 探せるかどうかの障害は、今は取っ払って――、

 その上で考えれば、という設定の下での案ではあったけど。

 

 アイファさんを探して出して、聞き出せばいい――。

 鞠矢ちゃんを操る――魔法少女を操る、黒幕の存在を。


 僕にはどっちが悪かなんて、実際のところは分からない。

 魔女には魔女の――、魔法少女には魔法少女の――、悪があるはず。

 そして今のところ、アイファさんから悪を感じ取ることはできなかった。

 表面だけを見ているけど――、そしてその表面を見て、魔法少女側……、

 彼女達を操っている奴の方が、僕は悪だと思う。


 だから――アイファさんたち、魔女側についたとしても僕は構わない。


 その方が動きやすいかもしれないし――。


「……鞠矢ちゃん、またね――」

 その『またね』があるか分からなかったけど、また会いたかったから、だから言った。


 そして鞠矢ちゃんから離れ、数歩、歩いた先――そこで、僕は。


「あ」と小さく声を漏らした。

 言うべきことを、言いたいことを忘れてしまっていた。

 このまま去るべきところで、それで締まるべきところで、思い出してしまった。

 今でなくとも別にいいのでないか――、

 しかしそう後回しにできる用件ではない、かもなあ。


「…………」

 ちょっと格好つけて『またね』と言ってしまったから、

 これから引き返して用件を言うのも、なんだかなあ……。


 しかしここで言わないと、この雰囲気で言わないと――、

 だがこうしている間にも、時間だけが過ぎていく。


 流れは途切れて、段々と言い出せなくなってくる。


 そして僕は、諦めた。

 心の中で斬子に謝っておく――予定が、狂った感じだった。


 しかしまあ、これから鞠矢ちゃんを『悪循環から抜け出させること』へ、努力するわけだから、ちょうど良かったのかもしれない。

 それに、結局、妹のことを聞くのも忘れてしまっているし。

 二つ忘れたら、一つ忘れたことなど、どうでもよくなってくる。

 なにごとも道ずれってわけ。


 僕は変わらず僕らしい。それから気づきと共に止めてしまっていた足を動かす――、

 右足から、なんて考えずに、いつも通りに歩き出した。しかし、体は後ろに引っ張られた。


 腕を引っ張られて、歩行が後退になり――どん、と背中に衝撃があり。


 見てみれば、僕の背中にぶつかったのは、鞠矢ちゃんだった。


「…………どうしたの?」


 鞠矢ちゃんは、さっきまでの様子とは、かけ離れていた。俯くなんて、そんなことはない。

 見上げている――僕を見上げ、僕よりも遥か高見を、見ている感じだった。


「なにか、忘れていた用件でもあったの?」


 それは自分だろ――、そんなツッコミしている暇もなく。鞠矢ちゃんが言う。


「黒幕――あたしは、知ってる」


 力強く鞠矢ちゃんが言う。


「確かに言えないことだけど、でも言ったら、ペナルティがあるだけで――たったそれだけだし。たかがそれだけのことだし。そんなものに怯える、あたしじゃないし!」


 僕の手を掴んでいる鞠矢ちゃんの手が、言葉と共に力強くなっていく。


 痛いはずの僕の手は、痛くはなかった。


 僕は静かに、

「……いいの?」と聞いた。

 こんなこと、聞くまでもない――愚問だった。


「いいんだよ! さっきと一緒だ! 

 さっき、一度、失いかけた力――いま失なったって、別に後悔なんてないんだから!」


「あの時は大泣きしたのに?」


「もう泣かない」

 鞠矢ちゃん、覚悟の眼。

「もう泣かないよ、絶対」


「…………」


 なんだよ、それ――。

 すっげえ、格好良いじゃん。


 ピンチのどん底から微かな希望を力づくで取り戻して――それを背負って。


 苦痛に怯えず前を向いて、進んで――希望を大きく、成長させて。


 ああ、強いなあ。

 最近の子は、どうしてこんなにも、強いのだろうか。


 見習ってばっかりだな……。年上として、僕はなにもできていない。

 説教のような、わがまましか言えていない。

 だけど鞠矢ちゃんは僕のおかげだと思うのだろうな……、そんなわけがないのに。

 でも、僕がそれを否定すれば、鞠矢ちゃんは自分よりも前に、誰も見なくなってしまう。

 それが僕であるのが問題だったけど、しばらくは、このままでも仕方ないか。


 そして、鞠矢ちゃんの前にいるのが僕だというのならば、それを利用してやることにしよう。


 僕がこの位置にいられるのもあと少し――今だけは、目を瞑ってほしい。


「鞠矢ちゃん――黒幕の存在、今は言わなくていい」

「――え?」


 言う気満々のところに、僕からそう言われたものだから、鞠矢ちゃんは不意に可愛らしい声を出した。普段ならば決して出さないような、間抜けな声――、

 緊張感がほぐれたようで良かった。


 そして――、質問など受け付けない速度で、僕は言う。


「これよりも先の話は――週末でいいよ」


 鞠矢ちゃんは首を傾げる。

 今度は間隔が空くが、しかし鞠矢ちゃんは質問などはしてこなかった。

 それは、僕からの説明を待っているのだろう。

 焦らしても意味がないので、直球に言ってみた。


 さり気なく言ってみた。


 紙が舞うように、ふわりと、掴みどころなく。


「週末――デートでもしようか」

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