第24話 ルールとペナルティ

「それはともかく、話を戻すけど。

 魔法少女――魔女。この二つの関係性は、なんなの?」


「狩り合う関係」


 ……わお。分かってはいたけど、やはり殺伐としている。


「まあ、正確には魔女を狩るのが魔法少女――、魔女は生きるために、逃げるために戦っているようなもの。だから完全に、あたしが悪者みたいになってるんだよな」


「ふーん。魔女、ねえ――。

 異世界の住人とか言ってたけど、まったく違う世界から来たってこと? 

 でも一体、なんのために?」


「さあ?」

 鞠矢ちゃんは両手を広げて言う。


「魔女と会っても会話なんてしないからね。理由なんて知らない。

 ――大きな目的があるのかもしれないし、なんでもない、ただの遊びかもしれないし。

 でも結局、なんでもいいんだよ、理由なんて。あたしはあたしの目的を遂行するだけだから」


「……こんなことを、自主的にやっているの? 自分から、願って、なにかは知らないけど鞠矢ちゃんが言うその目的のために、魔女と戦っているの――?」


「なにを――」

「無理やり、やらされてる?」


「…………」

「その沈黙は肯定、と取るけど」


「お前、なんであたしにはそんなにガツガツくるんだよ。

 誰にも、興味なんてないくせに……、お節介だな。本当に、お姉ちゃんみたいだ……」


 ぼそりと鞠矢ちゃんは呟いた。


 ……今、流してしまいそうだったけど、鞠矢ちゃん――お姉ちゃんって言った?


 それはたぶん、斬子のことだろうけど――ていうか斬子のことを、お姉ちゃんって呼んだ?


 お姉ちゃんと呼んでいるってことは、姉として認めていないわけではない、のか? 


 嫌っているわけではない――ってことなのか?


 呼び名で判断することではないが、しかし、表情でも嫌っていないことが分かる。


 まさか、もしかして、斬子を避けているのは――これか。


 ほぼ確信――これしか、ないだろう。


「――ふん。あたしは自主的にやっている――進んで魔女を退治しているんだ。

 ――ははっ、どうだ? あたしはこんな人間だ。魔女よりも魔女らしく、悪魔よりも悪魔らしい、こんなあたしだ。どうだよ? 幻滅したか? 期待はずれか? だったら――」


「そうか――」

 僕は鞠矢ちゃんの言葉を遮る。

 途中だったらしいけど、最初から聞いていないので、どうでもよかった。


「そりゃ隠すよな……、ばれれば、斬子も危険に晒すことになる――近くにいれば巻き込むことになる。一緒にいればいるほど、穴が見えてくる――いずればれてしまう」


「ふん、なにを勝手な妄想して――」


「鞠矢ちゃんを無理やり動かしている黒幕がいるってわけか――、弱みでも握っている? 

 人質でも? いや、魔女とか魔法少女なんて出てきているんだ――、

 現実で考えない方がいいかもしれない」


「――おい、なにを勝手に……って、聞けよ馬鹿っ!」


 がん、と鞠矢ちゃんが僕の足を蹴ってくる。

 しかし魔法少女でもないただの女の子の蹴りなど、痛くも痒くもなかった。

 とん、と叩かれたくらいに感じる。


「誰に命令されたわけでもなく、

 あたしは一人で勝手にやっているだけだ――いい加減に、分かれってッ!」


「もういいよ、それ――そういう強がり、いらない」


 見え見えの嘘だ。分かりやす過ぎるくらいに、ばればれだ。


 鞠矢ちゃんは良い子なのだろう――、僕を比較に出した場合の評価であって、同年代の子を比較に出せば、まだまだ全然、悪い子なのだろうけど。

 でも、良い子だ。

 自分が傷つくと知っていながらも、他人のために嘘をつき――、

 他人だけでなく自分までもを騙し。

 

 普段の態度だって、魔女との云々を隠すためのものなのかもしれない。

 実際、僕は最初、鞠矢ちゃんに話しかけることができなかった。

 僕だからこそ、あの日、あの時、尾行したけど、僕でなかったら尾行などしないだろう。


 そのまま諦めて帰っていたというのが、大半だと思う。


 誰も寄せ付けない――。

 自分から避けるだけではなく、他人にも避けさせる。

 互いに離れて行けば、万が一の状況になることはないだろう。

 よっぽど鞠矢ちゃんに気がある奴くらいしか、付いてはいかないはずだ。


 まあ、僕は別として。


 そして結果的に、鞠矢ちゃんは一人になっている。

 友達はいるのだろう――しかし一緒に帰るような、親密になっている友達はいないのだろう。

 交友はしているが、深くは踏み込ませていない――、

 誰かさんみたいだな……、いや、誰かさんは交友すらも満足にしていないから、別格か。


 まあ、僕のことは置いておいて。


「強がり、だって……?」


 歯を食いしばりながら言う鞠矢ちゃん。


 怒り――今までとは比べものならない、冗談では決してない怒りが目の前にあった。


 だけど、怯まず僕は言い返す――、そもそもで、怯む要素などなかった。


 体力的にも、精神的にも弱り切った女の子の、どこに怯えればいいのか――。


「そう、強がり。ばればれ。無理しなくていいよ。

 言えばいいじゃないか、無理やりやらされています、助けてください。

 たーすーけーてーって、大泣きすればいいじゃないか。

 まだ子供なんだし。泣いたって誰も笑わないよ」


「…………ふざけるな」


 鞠矢ちゃんの呟きの、次の瞬間――、

 中身がまだ入っているペットボトルが、飛んできた。


 近過ぎる距離なので、

 発射から当たるまでの間隔が狭過ぎて、反応ができても体は動かなかった。

 なので顔でペットボトルを受け止める形になる。


 痛みはない――、

 違和感だけがあるが、そんなものは無視して、鞠矢ちゃんを見つめる。


「ふざけるな……――ふざけるなふざけるなっっ! 

 あたしが今までどれだけ犠牲にしてきたと思ってる! どれだけ、助けを呼びたかったと思ってる――でも、がまんしたんだ。誰も巻き込んじゃいけない……、あたしの問題だから、自分で――自分だけで解決しようと耐え抜いてきたものを……お前は……ッッ」


 お前は――と、言い続ける鞠矢ちゃんは、しかし三回目でぴたりと止まった。

 口を手で塞ぎ、

 これ以上の言葉を吐き出さないようにしているのかもしれないが、手遅れだった。


 所詮は、この程度なのだ。

 女の子で、子供だから――覚悟が中途半端なのだ。


 最初は徹底してある隠しぶりに驚いたものだが、僕が少し挑発しただけで――、デリケートな部分を刺激しただけで――、鞠矢ちゃんは、簡単に溜めているものを吐き出した。


 感情――鬱憤。

 ストレスとして蓄積されている、表には決して出してはいけない――、

 たとえ一人の時でも決して出してはいけない――本音を、出してしまっていた。


 誰一人として巻き込みたくないのだったら、心は静止させなければいけないのに。


 不動に、徹しなければいけないのに――。


 こんな些細な刺激で反応してしまうなど、絶対に駄目なのだ。


 まだ鞠矢ちゃんは、自分と他人を分け切れていない――どこかで頼っている。


 助けてくれと――言葉でなく言っているのだ。


 でも、さっき、


「……助けを呼びたかった……そう言ったね?」


 僕は聞き逃さなかった。


 確かに、言っていた――鞠矢ちゃんはそう言っていた。


 それは鞠矢ちゃんの、

『自主的に魔女と戦っている』という、

 嘘だと分かり切っている言葉を完全に否定したことになる。


 鞠矢ちゃんは嘘をついていた、ということが分かったことになる。


 なら――その嘘を突き破り、真実を聞くことは、必然の流れなのだ。


「ねえ鞠矢ちゃん――」

 僕は鞠矢ちゃんと視線を合わせるために、姿勢を低くした。

 僕はいま、隙だらけだ――、しかし鞠矢ちゃんはそんな僕に、なにもしなかった。


「譲る気はないよ――、鞠矢ちゃんが嫌々でやっていることは、分かるんだ。

 僕からすれば、君の偽りなんて、透けて見えるんだ――。

 だから今更、隠さなくていい。そして教えてほしい――黒幕は、誰?」


「…………」

 鞠矢ちゃんは俯き、自分の視界に、僕を入れないようにした。


 口も当然、動かず、動く気配など微塵もなかった。

 意志は、堅いということか? 

 僕みたいな奴に簡単に明かせるものではないと? 

 ――そりゃそうか。信用も信頼もない僕だ。


 いや――まあそういう理由もあるとは思うが、そうではなく、


「……ああ、そっか」


 僕は察した。つまりは、言えないということなのだろう。


 言わないのではなく、言えない――当然と言えば当然。

 ばれてはならないというルールがあるのならば、

 ついて回るようにして、【言ってはならない】もあるはずなのだ。


 鞠矢ちゃんは今、そのルールに従っている――だからこそ言えない。


 なるほどね……なら、これ以上を聞くのも、鞠矢ちゃんに悪いか……。

 さっきはコスチュームの不具合(……?)かなにかで、

 ばれたことがばれてないことになっているが、

 今度のことも、都合良く監視から抜けられるとは思えない。


 ペナルティが、枷となる――。

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