第23話 踏み外して――、

 自販機で買った飲み物――スポーツドリンクだ――を投げて、鞠矢ちゃんに渡す。


 彼女は片手で受け取り、キャップを開けて、あいさつもお礼もなしで、飲み始めた。


 よほど喉が渇いていたのか……良い飲みっぷり。

 そこまで飲んでくれると、あげた僕も嬉しいというものだ。

 しかし、あいさつ――(いただきます、とか)はなくてもいいけど、

 お礼すらもないというのは……まあいいや。


 気にせず、僕も同じものを買って飲む――。


 僕たちは今、外――駅の近くにいる。


 しかし現在進行形で駅から去っているので、段々、近くとは言えなくなっているが。


 鞠矢ちゃんの服装は綺麗になっているからともかくとして、僕の方は傷はないにしても、服は汚れていた。まるで崩壊にでも巻き込まれたかのように、だ。


 こんな服装で駅前をうろうろしていたら、まあ、捕まるだろう。

 逮捕とかではなくて、事情聴取をされる――、ショッピングモールの中にいた人間として色々と聞かれることだろう。それは、勘弁してほしかった。


 なので、こうして逃げるように去っているわけだ――逃げながら帰宅中ってわけ。


「ねえ」

 すると、歩きながら鞠矢ちゃんが声をかけてくる。

「お前――人間なの?」


「それ、遠回しにだけど、アイファさんにも言われたな……」

「は? アイファサン?」


 鞠矢ちゃんは声と同時に首を傾げた。

 なんだ、鞠矢ちゃんはアイファさんのことを知らないのか……。

 追っていたとは言っても、相手の情報などまったくなかったというわけか。

 それって、どうなのだろう――計画性、無さ過ぎじゃないか?


「いや、なんでも。

 でも、なんで僕が人間じゃないって思うんだ? どっからどう見ても人間じゃないか。

 どちらかと言えば、鞠矢ちゃんの方が人間じゃないと思うんだけど――、

 あんな光景を見てしまったら、ね」


「それが理由――」


 鞠矢ちゃんは探偵のように僕を指差す。

 名探偵――いや、迷探偵か。


「あたしのことが見える――それだけで充分、異常なんだよ」


 これもまた、アイファさんと同じようなことを。

 見えるから、なんだ。見えては、駄目なのか。

 確かにあんなこと、他の誰かに見えている状態でやってしまうのは、色々と問題があるとは思うが――ということは、そういうことなのか?


 ばれてはいけないこと。


 見えてはいけないこと。


 知られてはいけないこと。


 しかし僕は知ってしまった。

 なにもなければいいが、見られた、知られた――、

 そこにペナルティがあるのかどうか……。


「見えてしまったら、まずいの?」


「……まずい、よ」

 鞠矢ちゃんは言うが、しかし、絶望的ではなかった。


「まずいけど、なんでか知らないけど、なにもないんだよ。

 おかしな話だ――あたしはあの姿を一般人に見られたら、力を失うはずなのに――」


 なのに、と鞠矢ちゃんは続ける。


「あんたに見られても、なんともなってない」


「…………」


「これってつまり、お前は一般人ではない、こちら側ってことじゃないのか?」


「そんなことは、ないと思うけど……」


 これは本音。正直。僕はなんでもない、凡人だ。

 いや、凡人以下の、人間同等だ。


「なにか不具合でもあったんじゃないかな? そのシステムに異常とかさ」


 鞠矢ちゃんは指を顎にあてて、うーんと唸る。

 テキトーに言ったつもりだったが、どうやら、良いヒントにはなったらしい。

 にしても言いがかりだな、これ。

 濡れ衣だし――、

 僕は巻き込まれただけなのに、なんでこんなにも疑われなければいけないのか。


 僕がなにをした。

 なにもしていないじゃないか――、生きているだけ、なのになあ。


「コスチュームに異常でもあったのかな……、

 だから、ばれても、ばれていると認識されなかった――って感じ?」


 ぼそぼそと聞こえる声で、独り言を呟く鞠矢ちゃん。


 コスチューム、ね。

 あの力の秘密は鞠矢ちゃんにではなく、衣装にあるわけか。


 ばれてはならないとは言いつつも、ここまで明かしてしまっている鞠矢ちゃんだ。

 今更、詳細を僕が聞いたところで、なにも変わらないのではないか――。


 僕は飲み物を飲み干した。

 ごくりと液体と共に躊躇いも飲み込んだ。


「ってことは、誤魔化せてる――? あたし、まだ力を失わないで大丈夫――」


「鞠矢ちゃん」

「――へ? え? あ、なん、なんだよっ!」


「いや、無理やりに強気にしなくても……まあ、それは自由にしててもいいけどさ」


 と、一つクッションを挟んで、それでは本題。


「さっきの服と言い、力と言い、この騒ぎと言い――、そして破壊と言い、さ。

 鞠矢ちゃんは、一体、なんなの? 異世界の住人?」


「…………」

「守秘義務でもあるの?」


「別に、言えばあたしの力が無くなるだけだから――構わないけどさ」


 いや、いいのかよそれ。

 さっきはセーフだったけど、今回はまずいんじゃ……。


「大丈夫だよ」


 僕の顔を見てそう返した鞠矢ちゃん。

 顔に、出ていたのか、僕は。


「どうせ、さっき無くなっていた力がいま無くなったところで、

 別に、そこまでショックじゃないし」


「嘘つけ。大泣きしていたじゃないか」


「誰にも言うなっつったよなあ!」

「本人にも適応されるのかよ」


 盲点というか、それは先に言っておけよ。例外過ぎて、意識外だった。


 むむむ、と鞠矢ちゃんはなにか言い返そうとして、しかし口を閉ざした。

 言うべき言葉はそれではない、と意識が働いたようだ――、

 そして大人っぽく、ごほん、と一度だけ、咳払いをした。


「あたしは――えっと、なんて言えばいいのかな――、

 まあ分かりやすく言っちゃえば『魔法少女』なんだけど」


「へえ」

「信じてないだろお前」

「信じてる信じてる。ああ、そうなんだ」

「テキトー!」


 噛みつく一歩手前――僕に飛びかかる準備をする鞠矢ちゃん。

 ――いやでも、唐突に言われて信じろって方が、無理があるんじゃないだろうか。

 まあしかし、僕は信じるけど。


「信じるよ」

「…………」

「実際、なんだっていいんだけどね」

「……あっそ」


 鞠矢ちゃんが姿勢を元に戻した。

 突き出た(ように見えた)歯が、引っ込んだ。


「結局、お前はそこまで興味があるわけじゃないんだな。

 右から受け取って、左から流す感じ――なにを言っても意味なしって感じ」


 いやいや、心外だな。

 脳にまではきちんと届くし、理解もするよ。

 まあ、いらないものはすぐに捨てる派だから、

 記憶も同じく、すぐ無くなっていく――、忘れっぽいのだけど。


「魔法少女ね――、

 コスプレみたいだと思っていたけど、的外れでもなかったわけか」


 じゃあ――アイファさんもそうなのだろうか? 

 アイファさんも魔法少女? 

 しかし、どちらかと言えばあの人は、『魔女』って感じだったな。


「ええっと、アイファさん――じゃあ、分からないか。

 さっきの、逃げていった人、あれは誰なの?」


「あれは炎の魔女――ちなみにはあたしは、雷の魔法少女」


 アイファさんのことに加えて、自分の情報も出してくれた。

 一回の返事で二つの情報が入ってくるのは、効率が良い。


「あたしは正真正銘の人間――、

 だから人外と言うべきは、あっち。魔女――あれこそ異世界の住人ってわけ」


 アイファさんの方が、人外――異世界の住人。


 ――魔女。


 おいおい、まじか。

 首を突っ込んだどころか、これ、もう上半身は飲まれているんじゃないのか?


「……あの人の方が、人間ぽかったけどなあ」

「さり気なくあたしを馬鹿にしてんのか?」


「してないよ。するなら、ばれないように馬鹿にするし」

「反感を買う返事だな」


 はあ、と溜息を吐いた鞠矢ちゃん。


「なんか、魔女と仲良かったっぽいけど、お前なら納得だわ――、

 誰とでも、話し込めるもんなあ」


「なんでそうなる。友達なんて君の姉くらいしかいないよ」

「だからだよ」


 鞠矢ちゃんが力強く言う。

 遠慮する僕を押し込めるように。


「誰と話しても、テキトーに受け流して。踏み込まずに一歩引いて。

 関わり合いに積極的にならず――人を背景としか、思っていないんじゃないのか? 

 だから相手が人外だろうと魔女だろうと話せる――話しかけられる。


 それに、こっちからすれば、自分に興味がないっていうのは、なにを話しても大丈夫っていう安心にもなるし。ほら、壁に話しかけるよりは人に話したいじゃん。

 この溜まったままの気持ちをぶつけたいってわけ」


「僕はサンドバックかよ」

「いいじゃんサンドバック。お似合いだし」


「喧嘩、売ってるよね――まあいいけど」


 僕はさらっと流す――ああ、なるほど。


 これのことか。

 さり気なく自然体でいたけど、やはり僕は、人を見ていない、のかな?


 でも――積極的に関わり合おうとしない、と鞠矢ちゃんは言ったけど、違う。


 僕は鞠矢ちゃんに関わり合いになりたくて、きた――行動を起こした。


 妹とか、斬子のためだとは言え、

 それでも鞠矢ちゃんと関わり合いになりたいと思ったことは、否定できないことだ。


 ほら大丈夫。僕は全然、【人間】をしている。

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