第21話 稲妻の確変
対面しているアイファさんと鞠矢ちゃんを、僕はじっと眺める。
そんな僕に気づいた鞠矢ちゃん――、彼女は僕に視線を向けたが、それは一瞬だけで、すぐにアイファさんに視線を戻した。
認識はしているらしい。しかし見るまでもないことだろう、ということか。
鞠矢ちゃんも帽子を被っている――、アイファさんと同じような帽子だ。
しかしアイファさんとは違い、鞠矢ちゃんは、色が黄色だった。
そして天に向かっているかのような帽子の先端は、重力に負けて垂れ下がっていた。
服装は完全に私服ではないだろう。
こんな私服の女子中学生がもしもいたら――、
だが女子中学生だからこそ、まだセーフかもしれないが、しかし――。
不審に思ってしまうだろう。
帽子と同じく黄色――、色一つしか使っていない、眩しい服装だった。
ギザギザに破れており、ところどころ、肌が見えている。
あえてダメージを残した服なのか、それともこの騒ぎの中で出来たダメージなのかは、判断がつきそうにもなかった。均等に、計算し尽くされた服装だとも言えるし、ランダムな傷とも言えるし――、なんにせよ、露出が多い服装だった。
アイファさんと似ているが、しかし違うところを挙げたら、マントの有無――そしてスカートかどうかだろう。アイファさんは短いパンツで、鞠矢ちゃんはスカート――しかも短い。
見えてしまいそうだった。まあ、ギリギリで見えなかったけど。
しかし覗いていたと勘違いされてしまいそうな視線が、鞠矢ちゃんの意識を誘った。
鞠矢ちゃんは僕を見る。アイファさんから視線をはずして。
行ったり来たりと忙しい視線は、今度こそ僕のところで止まる。
動きそうにもないほどにじっと構えて、僕を見据える。
なにか言わなければ……だがなにを? なにを、言うべきなのだろうか。
「……えと、それ、なんてコスプレ?」
的外れなことを言う僕。ああ、殴ってやりたい。
アイファさんは瓦礫を燃やし尽くした。それをこの目で僕は見た。
今更、幻だと思えるわけがない。
あれは現実で、アイファさんは人間ではない――人間であったとしても明らかに異常だ。
そしてそんなアイファさんと向かい合い、同じような格好をしている鞠矢ちゃん――。
ここまで似ている鞠矢ちゃんが、
アイファさんとはまったく関係がない一般人だとは、さすがに思えないだろう。
ここまでくれば、コスプレでないことは分かる。
冗談でもおふざけでもないことが、分かる。
万が一にも僕を騙すための小芝居だとしても――、それならそれの方がいい。
こんな状況、今すぐにでも終わってしまえと願っているのだから。
だが――鞠矢ちゃんは。
僕の質問には頷かなかった。
ただ僕を見て。
目を見開き。
言葉が出ないのか、口を開けたまま、体はぴくりとも動いていなかった。
そんな鞠矢ちゃんの姿を見てから、アイファさんが動いた。
大人げないと思うかもしれないが、襲われたのはアイファさんだ。
理由がなんであれ、攻撃されたのはアイファさん――劣勢なのも、アイファさんだ。
その状況で敵である鞠矢ちゃんは放心状態。
この絶好の機会になにもしないのは、生きるための意思が欠如していると言える。
アイファさんは生きていた――生きようとしていた。
だから卑怯ではなく、正攻法。
彼女は移動する――後ろに。
バックステップで後ろに跳んだ。
落下せずに浮遊したまま、後ろに進んでいく。
目の前で起こる超能力のような現象に、僕の思考が追いつかない。
原理とか、どうでもいい。探究心は今のところ機能していない。
ただムービーを眺めるだけの無の心で、
決まり切った物語を追っていっているような感覚だった。
僕は観客だ。僕は視聴者。
物語に干渉することはできないというか、しないのが原則だと思うけど、
しかしここで見逃すことは、つまり鞠矢ちゃんを見殺しにすることと同義だった。
関わりたくない。今すぐにでも帰りたかった。
予定もある。これから鞠矢ちゃんに会わなければいけないし――。
――いや、待て。
――いる。鞠矢ちゃんは今ここに、いる。
ならば僕がどれだけ時間を気にしたところで、目的は既に達成されているということか。
鞠矢ちゃんに会う――、
でも、もしもここで彼女を見捨てたら、会えた後、先の工程に進めなくなる。
それはまずい。
あれだけ自信満々に言って、話さえもできないなんて、斬子に笑われるし、馬鹿にされる。
それは嫌だ。それは避けたいところだった。
これで――理由はできたか。
見捨てない理由を作り出したところで、時間はあまり残されていなかった。
僕が見たのは瓦礫の下に埋まっている、赤い『なにか』。
『なにか』の正体など、見ただけで分かるものではない。
僕は一般人だ。超能力に知識があるわけではない。
だけど、見つけたそれが地雷――、いや、地雷と言うよりは、時限爆弾、その類のものだろう、とは、分かった。
今でさえ、放心状態のままの鞠矢ちゃん――、
まったく、時限爆弾に気づいている様子はない。
言葉で伝えるには時間が足らな過ぎるし、効率が悪過ぎる。
なので僕は走る。いつ爆発するか分からない時限爆弾(……だと思う)の横を通り過ぎ、
鞠矢ちゃんに飛びかかった。
鞠矢ちゃんの頭部を、抱き寄せる――こんなこと、妹にだってしたことはない。
初めての体験で、手つきは慣れていなかったけど、細かいところに指摘を受ける気はさらさらない。強引でもなんでも、とにかく守ることだけを考えて、鞠矢ちゃんを押し倒す。
そのおかげか――鞠矢ちゃんは意識を取り戻した。
「な、なにしてんだお前!」
「なにって――」
あとの言葉が続く前に、言葉はここで途切れた――かき消された。
言う前に、潰された。
背中に伝わる衝撃と爆音――、
赤い『なにか』は、予想していた通りに爆弾だったらしい。
もしもあと少しでも動くのが遅かったら――、僕も鞠矢ちゃんも、粉々だっただろう。
危機一髪だった、と思うが、まだ安心していい状況ではない。
爆発しただけで、爆発を確認しただけで――、余波を喰らっただけなのだ。
遅れてやってくる物質の、意図しない攻撃はまだ終わっていない。
爆風によって飛んできている瓦礫や破片の雨を、感覚で認識した僕は、鞠矢ちゃんに込めている力をいっそう強くする。僕で隠すように。僕からはみ出さないように小さくして。
この時は、鞠矢ちゃんが中学生で、小柄で良かったな、と思う。
もし同年代だった場合、完全に隠すことは難しかっただろう。
降ってくる瓦礫に、はみだした部分が潰されてしまうかもしれない。
しかし、少なくともそれがないだけでも、僕の行動には意味があった、と思えた。
突っ込んでしまえば、僕ごと鞠矢ちゃんも潰されてしまうかもしれないが、瓦礫の中に、僕より大きいものはないだろう。同等か、それ以下――。
気合で耐えれば、鞠矢ちゃんだけは守れるはずだ。
大丈夫。
守れる。
僕はきちんと、兄として行動できている――。
兄貴として、男として。年上として。
格好は、つけさせてほしかった。
しかし鞠矢ちゃんは僕のその覚悟を踏みつけ、足蹴にして。
覚悟を、粉々にしてきた。
「――邪魔。あたしは誰かに守られるほど、弱くはない」
鞠矢ちゃんはもがき、もぞもぞと僕の腹のところでなにかを動かす。
――手だ。
ぐりぐりと左右半回転を繰り返し動かして、
片手を僕の抑止力から解放。そして勢い良く伸ばす。
星を掴むように、天に伸ばす手は、開いたまま――音だけが鳴り響く。
聞き覚えがある音――できれば聞きたくない、嫌悪感を呼び起こす音だった。
振り向けない僕は音だけで判断し、
鞠矢ちゃんがなにをしようとしているのか、予想をつけた。
その予想はそのまま答えに流用していいほどに、的を射ていると思う。
音的に、あれしかない――あれ意外に、この音で印象に残るものなどない。
「――吹き飛べっっ!」
叫んだ鞠矢ちゃんの言葉に同調するように、音が激しさを増す。
電撃が、
一本線ではなく拡散するように、音は分散し、全方位から降り注ぐ瓦礫を、一つ残らず撃ち落とした。いや、撃ち落としたにしては音がない――言うならば、吹き飛ばした、か。
形を残さず、この世から消し去った。
危険はもうないのか、それともまだ危険は残っているのか、判断がつかなかったので、現状のまま僕は鞠矢ちゃんに抱き着く。
ちょっとだけ力を入れてみた。
すると慌てて、
「ち、ちから入れるなばかあっ!」
と、鞠矢ちゃんは女の子っぽく弱々しい叫びをあげた。
その反応からして僕は安心を手に入れた。
ああ――助かったんだな、と思った。
安心を手に入れて気が抜けたのか、同時に力も抜けた。
嫌がり、僕の拘束から逃れようとする鞠矢ちゃんの力に対抗することができずに、僕は突き飛ばされた。
尻餅をつき、立ち上がった鞠矢ちゃんを見上げる形になる。
「――っ、……もういない、か……」
遠くを見ながら、鞠矢ちゃんが呟いた。
その方向は、アイファさんが去っていった方向だった。
今から全速力で追っていったところで、追いつけける保証はないし、無駄足になる可能性が三分の二も占めている。ここで向かうのは、あまり良い方法ではないだろう。
僕よりも、それにいち早く気付いていた鞠矢ちゃんは、追おうとする初動すらもなかった。
その場で立ち止まり、次の策でも練っているのだろうか――、いやたぶん、練っていないだろうな。なにも考えていない。彼女の脳内は、今のところ僕しか映っていないだろう。
マイナスの感情を、僕に向けている。
「な、……なん――で……」
「落ち着いて。一旦、落ち着こうか鞠矢ちゃん」
僕の方こそ落ち着け。
声が震えて、まともに声を発しているのか怪しいところだ。
しかもこんな僕がそんなセリフを言ったところで、説得力は皆無。
「…………」
語れば語るほど、僕の陣地は狭くなりそうだった。
ならば沈黙していればいいのではないか――、
しかしさすがにそれも、長くは続かないだろう。
というか僕が自主的に続けられなかった。
「――鞠矢、ちゃん?」
「う――」
歪む、歪む。
くしゃくしゃになった表情に合わせて、反応して、
目尻から水滴がこぼれ始める鞠矢ちゃん。
これには――この展開はさすがに予想できなかった。
「――う、ひぐっ……うえ、うあ、うああああああああああああんっっ!」
まるで子供のように(――まだ子供だけど)泣く鞠矢ちゃん――、大泣きだった。
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