第20話 再び災害
「……ですよね」
納得し、伸ばした手を引っ込める。
まあ、今のは少しセクハラのように思えた。反省しておこう、反省。
「それで、見えているからなんなんですか? 見えているから、問題でもあるんですか?」
「……なんか、不機嫌を言葉に込めて投げかけられた気がするなあ」
と、敏感に気づく彼女。
確かに、僕は不機嫌というか、苛立っているというか――。
――まあ、結局まとめてみれば、不機嫌なのだろうな。
これには、否定する言葉が思いつかない。
テキトーに、「違います」と言ってもいいけど、ここで勘付かれるということは、隠し切れていないということだろう。なら、隠す必要もない。
事実、少し不機嫌だ。
この状況でふざけるのは個人の自由だが、それに他人を巻き込まないでほしい。
この場合は、彼女が僕を巻き込んでいる。なかなか、抜け出せない渦だった。
「それにしても、説明して欲しそうな顔をしてるねえ、君」
彼女は僕の顔を色々な角度から見てくる。
見上げたり、見下ろしたり、横から見てみたり――と。
忙しい人だった。
「物欲しそうな顔をしてるねえ」
「いいから話を進めてください。なんにも進まないじゃないですか」
「それもそうだねえ。いつもいつも言われるのよ――、
『あんたは話が下手ね。なにを言うにも話の順番がごちゃごちゃで分かりにくいったらありゃしない。おしゃべりが苦手なわけではなくて――、そうね、あなたは構想が下手なのね』――と、
そこで私はこう返すわけ。
『あえて時系列をばらばらにして、聞き手を楽しませているんです』ってね」
……なんか回想編が始まった。
「そして私は続けるの。
『ようはパズル要素なんです。時系列をばらばらにすることで、パーツを相手に持たせておいて。最後まで話し終わった後に、聞き手の人には組み立ててもらう。どうです? ただ聞いて話を追っているよりも、面白いでしょう?』
しかし相手はこう返すわけです。『そんなのは求めていない』――と」
「…………」
「酷くない?」
「酷くない」
僕は言い切った。言い切ってやった。
「君も時系列順に追って欲しい感じの人なの? ありふれてるねえ」
「口頭で説明されるものの時系列をばらばらにされたところで、大半の人は覚えていないですよ、最初の方なんて。だからパーツを持っていたとしても組み立てる時にはどこか必ず紛失しているはずです。そんなの、メモでも取っていなくちゃ難しいですって」
「言われてみれば……確かにそうだねえ」
言われていなくても、気づいていいレベルだと思うけど。
この人はどこか抜けている。いや、全部が抜けている。すっかすかだ。
「ですから時系列順に追っていった方が分かりやすいです。
聞き手のことを思って時系列順をばらばらにしているのならば、それは余計なお世話というものです――、聞き手はそんなもの、求めていない。
まさにあなたに指摘した人が、全ての聞き手の代表と言える言葉ですよ」
「でも、ただ聞いているだけではつまらないでしょう?」
「そういう類ではないんですけどね……。面白い、面白くないではなく、理解に集中していますから。楽しませたいのならば、アクションをつけた方がいいのでは?
話の内容を――、耳ではなく目で楽しませるみたいな」
「興味深いね、もっと聞かせて欲しいな」
「いいですよ、と言いたいところですけど、
こんな状況で話せるほど僕の心は鍛えてありません」
ついつい流されそうになっていたが、なんとかブレーキを踏むことができた。
――危ない危ない。本当に危なかった。
あと少しでも続けていたら、僕も話に引き込まれてしまうところだった。
この人のペースに、飲み込まれるところだった。
「……こんな状況? ……ああ、なるほど」
ぽん、と手を叩く彼女は、状況を思い出したようだった。
「そうね、確かにこんな状況――今は、そんなことをしている場合ではないよ」
「あんたには言われたくない」
突っ込みつつ、しかしその通りなので、会話を途切れさせずに続けた。
「――で、えっと、なんでしたっけ?」
「――君、名前は?」
「え――」
唐突に当たり前のことを聞かれたので困った。戸惑った。
しかし変なことを言っているわけではないので、この場合は、反応できていない僕が常識がないみたいに映ってしまっていた。
この人のことをなめているから――だから罰でも下ったのかもしれない。
「春希、祐一郎……です」
「……ふーん。春希、春希――ふーん」
「――どうかしました?」
「いんやあ、なんでもないよ。少し聞いたことがあるだけ」
「はあ」
「それじゃあ君が答えたから次は私の番ね。
名前は――アイファ。
これだけなんだけど、長い名前の方が好みかな?」
「そんなことはないです。珍しい名前ですね――僕視点での意見ですが。
にしてもカタカナですか……外国人の方ですか?」
「この国以外の人のことを外国人と呼ぶのならば、外国人だと思うよ」
なんだか遠回しな言い方だな、この人。――アイファさん。
名前をアナグラムしてみれば、服装の色から連想されるものに近づくを越えて、そのものなってしまうな、と考えてみた。
そんな暇潰しの思考回路は捨て――これから、たっぷりと使ってしまった時間を取り戻すほどの行動力を見せないと、なにか、ヤバいのではないかと感情が騒ぎ出す。
根拠はない。勘だけだ。感覚だけだ。
非科学的な、説明ができないことではあるが。
早く――早く、ここから出るべきだ。そう思った。
「あの、アイファさん――」
「君は良い勘をしているね。しかし遅かった。手遅れなくらいに遅かった。
――でもこれで、はっきりすることがあるから、私としては困ることでもないんだけど」
敵か味方か分からないような事を言うアイファさん――、
しかし彼女は、やっぱり味方というわけではない。
同時に敵でもないような位置にいる。その言葉は必然だった、と思えた。
そして――。
扉――、唐突に音を立てて折れ曲がる。
枠からはずれ、倒れる。
強風が外から室内に流れ込んで、僕に触れて、通り過ぎていく。
変化はそれだけ――ではなかった。
扉の周りの壁が、軋み出す。
崩れる寸前の音を出し、再び、自然現象が破壊を再開させるのかと思った。
しかし次の瞬間、破壊された壁の破片が僕――、の、隣にいるアイファさんを狙っていることから、自然現象ではないと分かった。
意図的な敵意が見える――それは明らかに人工的なものだ。
そしてアイファさんは、と見てみれば――。
その破片を全て受け止め、そして一瞬の間もなく、燃やし尽くしていた。
手で触れるだけで。
それは一つのパターンでしかなく、
飛んできている、手で触れていない方の破片さえも、燃やし尽くしていた。
そうなるとなぜ触れたのかと疑問にも思うが、それは反応の早さの違いになるのだろう。
最初の方は反応が遅くなってしまい、対処した頃には手で触れるほどに近かった。
それ以外は手で触れる前に反応できた――それだけの違いでしかない。
アイファさんの中ではなんでもよく、どうでもよく、
結局、結果としては燃やし尽くすことに違いはない。
そして現実――跡形もなく、全て燃やし尽くされていた。
破片というか、もう瓦礫に分類されてしまうくらい大きかったが――、燃えて綺麗に消えるところなど、初めて見たかもしれない。
まるで特撮だ。特撮であってほしいと願うが、
しかし実際に見てしまっている僕は、よく分かる。
特撮ではなく、現実だ。
逃げるな認めろ。
認めてしまえば気持ちが楽になる。なにを、意地になっているんだ。
「そりゃあそうか」
呟き、すぐにアイファさんの後ろに隠れようとしたところで――光。
逃げに出た僕の目がたまたま後ろを確認した時に、
『なにか』が光ったものだがら、視界が潰された。
失明しているわけではないが、視界がぼんやりとしてしまっている。
治るまでは時間がかかりそうだ。
「アイファさん……」
手探りで彼女を探すが、いるはずの位置に彼女はいない。
声をかけたにもかかわらず、返事もない。
――ヤバい。なんだが、まずい気がする。
まずい状況はさっきからずっと続いてるわけだが、それよりもさらにヤバい。
すると、光に続いて音が鳴る――耳の奥が、痛みを放つ。
視覚同様、聴覚までもが満足に働けなくなった。
自分の声さえもまともに聞き取れない。
僕は、「アイファさん!」と叫んでいるつもりだが、
果たして本当にそう言っているのだろうか。
自分の声が聞こえないだけで、ここまで不安になるのか……。
やがて、声は無意識に、小さくなってくる(これは聞こえなくとも分かった)。
走る僕の頭部に当たる、小さな瓦礫――そのせいで僕はバランスを崩し、地面に倒れる。
手を使い、立とうとしたところで当たり前のことに疑問を持つ。
上は、どこだ?
横は? 下は?
視覚と聴覚がないだけで、まるで真っ暗なボックスの中に放り込まれた感覚。
そしてボックスが、くるくると回転しているような感覚。
どこがどこでなにがなにで――だんだん意識が溶けてくる。
「……ああ、ああっ!」
そして僕は、たぶん、叫んでいたと思う。
情けなく泣き喚く子供のように叫んでいたと思う。
泣いてはいなかったとは思うが、他の人が見たら、たぶんそう評価を下すと思う。
自己評価でこれだ。他人評価なんてもっと低い。
地面さえも分からない意識の中で――。
唐突に灰色の世界がお出迎えしてくれた。
見覚えがあるコンクリート。
鉄の粒――鉄の塊が、落ちている。これは、地面か。
視覚が戻っていた。
聴覚はまだだったが、いずれ戻るだろう。
視覚が戻ったことで、希望を持つことができた。
久しぶりに見た世界――目に焼き付ける。
さっき見た光景よりも、世界の破壊は酷かった。
さらに破壊されている。破壊に限度が感じられない。
そして前に、アイファさんがいないことに気づいて、すぐに後ろを振り向いた。
ここで彼女の名前を叫ばなかったのは、それどころではなかっただけだ。
見たい欲求が、叫びたい欲求に勝っただけの話で、
声など、発するはずがないと思っていた――僕は。
僕は。
しかし思わず、呟いた。
当然、アイファさんのことではない。
アイファさんの前に立ち、アイファさんとまるで敵対しているかのように立つ彼女。
高圧的な雰囲気を出していて。
金髪の、ツインテールで。
僕の幼馴染と、ややこしい関係になっている――、彼女の名前を、僕は呟いた。
「鞠矢……ちゃん」
――君は、なにをしているんだい?
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