第18話 二つの結末

 目を開けた時の光景は、意味が分からなかった。

 理解できずに容量オーバー。

 動作不良を起こし、声が出せなかった。

 その影響は体のあちこちに出ていき、僕は一歩も動けない。


 椅子に座ったまま、見つめるだけ――倒れている柱。天井の瓦礫。崩れている壁。


 雨が降っている……? 違う。

 スプリンクラーか? 思ったが、違かった。

 噴水の水が止まることなく噴射されているのか。


 水に鬱陶しさを感じながらも、周りを見る。声を出さなくとも顔は動かせる。


 ……本当に、まるで僕だけを避けたかのようにして、破壊がおこなわれていた。


 僕を避けた? そういうことではないのだろう――心当たりなどまったくない。


 だから偶然なのだろう。一生分の運の良さ――、少ない幸運をかき集めてやっと作り出せた偶然が、僕の命を救ったのだろう。

 余計なことを……と思ってしまうのは失礼だとは思うが、しかし、

 逆にこの状況に取り残される方が不幸だと思う。


 いっそのこと、嵐に巻き込んでくれれば良かったのに。

 ――まったく、動きたくない。


 意識あって死ぬくらいならば、意識ないまま死んだ方がマシだ。


 しかし、死にたくないと言ってもいいのならば、僕は言うが――死にたくない。


 妹を残したまま、死にたくはない――死ねない。


 というか、自分の言葉に統一性がないな……。


 混乱しているのだろうか。しているのだろう、もちろん。


 そう言えば、さっき揺れを感じて一度、起きたような……。それに、轟音もあった。

 しかしはっきりと覚えていないということは、僕は認識できていなかった――のか? 

 まともに認識しないままに、僕は再び、意識を失った――そして今に至ると考えると、

 なるほど。分かりやすい。


 僕は異常を感知してから、二度目の起床というわけか。


「あ、あ――」

 すると声が出てきた。

 体の硬直は、やがて無くなってくる。

 腕も足も動く。

 元々から動かせた顔は、さっきよりも活き活きと動けるようになっていた。

「――うん」


 椅子から立ち上がり、噴水広場の上で一歩、踏み出した。

 瓦礫が積もり、山となっているところを登っていき、倒れている柱の上に乗っかる。

 とりあえず高い場所から周りを見てみることにした。


 視力は悪い方ではないので、物の判別はつくとは思うが……、しかし判別できてないではないかと思ってしまうくらいに、周りには瓦礫しかなかった。

 瓦礫にしか見えない。それはおかしい。

 埋まっているのならば、分かりようもないことだが、まさか――人が、一人もいないなんて。


 助けの声はないし、そもそもで、気配がない。

 動いている、生物の気配がないのだ。


 それはもちろん、死体には反応しないということだ。

 つまり気配がないってことは、

 人がいたとしても、死んでいるということを示しているわけだが……。


 ――それっぽいなあ。


 柱から飛び降りて、広場から出る。

 ショッピングモールの中――、開店していた店は全て、閉店間際のように、閑散としていた。

 商品は崩れ、地面に散らばり、瓦礫に押し潰されて、無惨な状態だ。

 勿体ないとは思うが、だからと言って拾って持ち帰ることはしない。万引きだし。


 興味はすぐに薄れて、視線も意識も商品から逸らす。


 とりあえず外に出たい。

 破壊の影響で、本来ならば通れる場所が塞がれている、

 脱出ゲームのような状況なので、記憶は役立たずだ。


 とにかく、手当たり次第に出口に向かい、ダメならば他のルート、と行動していくしかない。

 これはゲームではないので、体力などを気にする必要は、今はないだろう。

 気にするとしたらもっと後になってからだ。今は気合だけでも乗り越えられるはず。


 第一の出口に向かって行くが、天井が崩れていて、道を塞いでいた。

 登って越えることはできそうにない。

 一応、瓦礫の中に埋まっている人がいないか声をかけてみたが、返事はなかった。

 ただの屍になっていなければいいが……。


 第二の出口に向かう。

 こちらも同じく、瓦礫が積まれていた――それに加えて、柱までもが邪魔をしていた。

 さっきよりも突破の難易度は高く見える。よし、ここのことは忘れよう。


 第三の出口に向かう途中、積極的に生存者を探してみたがしかし、いなかった。


 本当に一人もいなかった。

 ここまでくればさすがに僕でも異変を感じる――。


 だがこれは、最悪な方ではなく、最高の方ではないのか――と思う。

 いや、僕がいる時点で、最高はないだろうけど。


 つまり、誰も破壊には巻き込まれていないのではないか――ということだ。

 事前に逃げていた、破壊の途中に逃げていた、それとも破壊後に、僕が起きる前に救出されていた、でもなんでもいいが――みんな、逃げ切っているとしたら。


 そりゃいないわけだ、ここには誰も。

 僕しかいない。

 しかも僕は、一度も助けを求めてはいないので、誰も救出にはこないのではないか、と予想が立つ。救出目的ではなくとも瓦礫処理のために――、

 ついでに逃げ遅れた人の確認のために――、

 作業員は送り込まれるとは思うが、さて、いつになるのやら。


 それまで待っていてもいいが――それが最善だとは思うが、

(下手に動いて今より最悪になってしまったら目も当てられない)

 しかし、僕にも予定というものがある。

 こんな状況になって、なにを言っているんだと思うが――、だが引けない。


 ここばかりは、引けないのだ。


 なので、作業員をちんたらと待っているわけにはいかない。


 今、時刻は三時過ぎ……。

 そろそろここを出発しなくては、鞠矢ちゃんの元に行き、出会うことが難しくなってしまう。

 段々と足が速くなっていき、焦りが現れてくる。


 危険な予感がする――。

 人は、焦れば、ろくなことにならない。


 思っていてもしかし止まらない足。

 頭で分かっていても体は言うことを聞かない。


 そして辿り着いた第三の出口。

 ――正規の出口ではない、職員専用なのだろう。非常口があった。


 扉の前には瓦礫がいくつか積まれていたが、乗り越えられない高さではない。

 天井も崩れそうな状態で、維持されたままだった。今にも崩れてきそうな感じだが、不思議と固定されている。ちょっとやそっとの衝撃では、崩れてはこないだろう。


 僕が今から動いたところで、天井は崩れないだろう。瓦礫によって押し潰されることもないだろう。止まらなかった足は、結果、良い方向に向かってくれたようだった。


 ふう、と溜息を吐いて、安心に浸る。

 外のどこに繋がっている出口なのかは知らないが、ともかく外には出られるのだろう――それに間違いはない。そうと決まれば、止まっている理由はないので、踏み出そうとしたが、

 しかし今度はさっきとは逆で、足が動かなかった。


 まるで、ここはやめろと言われているかのように。

 しかし、

「…………引き返せねえよ」


 ここまできて、あと一歩で救われると言うのに、

 この最大のチャンスを棒に振ることはできない。

 確かに、罠かと思ってしまうほどに、整えられている道ではあるが……。

 誰が誰に、罠を張るのか……。


 この破壊はただの事故なのだ。

 自然現象で、誰の意図も含んでいないものなのだ。


 だから奇跡的に綺麗な道だって、ないわけではない。


 もしもここを諦めたとして、他の無事な出口を見つけたところで、恐らくは同じように悩むことだろう。そして次、次、と保留にしておいたら、いつまで経っても出口など見つけられない。


 無事な出口などない。

 危険な出口しか存在しない。

 その中で、できるだけ危険でなさそうな出口を見つけることが大事なのだ。


 そして僕は、数を見つけ悩む時間を惜しいと思っているし、予定が詰まっている。

 どうせ悩むのならば、ここでいい――決めた。


 僕はこの出口を進む。

 危険は承知で、瓦礫に足をかけて登って行く。


 小さく積まれている瓦礫の山の頂上から乗り越えようとしたところで、踏み出し、下ろした足が、下山の途中で、山の中に沈んだ。

 きちんと固まっている山ではないので、不安定なのは仕方ない。


 バランスを崩してしまい、咄嗟に山の頂上に尻餅をつく僕。


 その時、唐突に、自分の姿を前に見る。 


 足を山に取られていなかった場合の、僕が見える。


 僕は真っ直ぐ出口に進み、ドアノブに手をかける寸前で――、



 ――消えた。


 吹き飛ばされた。


 真横から壁を貫き、

 砲弾のように飛んできた赤い塊に、衝突されて。


 ――弾け飛んだ。

 

 もう一つの僕の結末だった。


 ――もしも足を取られていなかったら? 


 そんなイフを考えるだけで、背筋が凍る。

 予感は、的中していたのか……。


 自分の生存本能を褒めてから、立ち上がる。


 瓦礫に沈んだ足を引っこ抜いてから、前に進む。


 想像ではなく実際に飛んできた赤い塊は、僕の目の前に倒れていた。

 丸まっていたからボールなのかと思っていたが、

 実際、近くで見てみたら違かった。まったく違かった。


 人だ。


 そして女性だ。

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