第17話 嵐の前

 場所は変わり、駅前。

 時間は大して進まず、昼時のまま。


 大学の午後の授業は、結果、サボってしまったわけだが、今からでも遅くはない――出ればいいのではないか。思うが、しかし、ここまで来て、引き返すのはなんだか嫌だった。

 単位とか、色々とあるけど、精神的に、行くと一度は決めて、こうして来てしまった。

 その熱を冷ましたくはない。


 駅前の本屋に行こうと思ったが、昨日、行ったばかりなのでやめておいた。

 駅中のショッピングモールにでも行けばいいか……、

 一応、そこにも本屋はあるわけだし、困ることはない。 


 なぜ僕がこんなにも時間を潰すことに集中しているのかと言えば、昨日がそのまま、今日にきたように、理由はそのまま一緒だったからだ。

 つまり、僕がどれだけ気合を入れて、早く鞠矢ちゃんの元に向かおうとも、彼女の方は学校が終わっていないのだ。


 気合が空回りにしている。

 フルスイングで空振りして、肩を痛めた感じだ。


 やはり単位のために引き返せば良かったか……。

 しかし時間的にも、既に引き返せる時間ではない。

 戻る気はなかったが、まあ、ここまでくれば最後まで貫き通してやろう。

 決意のように呟きながら、ショッピングモールの中に入る。


 ショッピングモールと言っても、駅の中に入っているショッピングモールなので、他と比べたら、規模は小さいだろう。とは言え、充実はしているので、満足だった。

 他が凄いだけだ。他が凄いから、ここがしょぼく見えてしまうだけで、ここも充分に広い。


 平日の昼時なので、いるのは主婦の人ばかりだった。それと、少し遅い昼休みの仕事人たち。


 思ったよりも混雑はしていなかった。

 すいすいと人と人の隙間を抜けて、目的地に向かう。


 そして本屋に辿り着いた。――別に、本が好きで、本屋が好きなわけではなく、時間を潰すのに色々と見て回るよりも、一か所でじっくりと見ていた方が、時間が潰せると思っているからである。だから本屋でなくとも別にいいのだ。


 とは言え、本屋以外に行く場所と言っても、特に思いつかない。そんな思考回路をしているわけだから、結局、いつもいつも本屋にきてしまうわけである。

 まあ、いい。時間が潰せるのは、嘘ではないのだ。


 だけど、今から鞠矢ちゃんと会う時間まで、四時間……三時間ちょっとくらいか――ある。


 それまで時間を潰せることはできる――、たとえば棚の端から端までの本、全てを目に通すなどをすれば、時間などあっという間に過ぎるだろう。

 ただ――ただのんびりとしているのもなんだかなあ、と思ってしまう。


「…………」

 手に取った本――精神に関する本だった――を棚に戻して、考え直す。


 いつも通りだ。いつも通りは、悪くはない。

 それは慣れているということなのだから、つまり安心を得られるわけだ。

 しかし、安心は気を抜けさせる――油断させる、と言うのか。


 そうなると麻痺した感覚は、すうっと抜けてしまうのではないか。


 元々、三時間と少しの間、残せるとは思っていないから、あてにはしていないが、できれば持続したままで行きたい。怯えは、できるだけ感じないようにしたい。


「テキトーにぶらついてみるか……」

 外ではなく屋内でぶらぶらしてみることにした。


 本当に、行先にはなんの目的もなく、目についた場所からテキトーに入ってみたり、眺めたりといったことを繰り返し――それだけだった。

 それだけで、一時間は耐えられたと思うが、まだあと、二時間もある。


 さっきは文句はなかったが、こうなってくると、規模が少し小さいこのショッピングモールはなにもなさ過ぎる。日常的に必要なものは、必ず揃っている。

 だから全て、よく見る商品しか置いていない。僕の心を躍らせる珍しい商品がないのだ。


 そういうものはここにはないので、他の大きなショッピングモールに行ってください、と誰からも言われると思うが、いま他の場所に行くと、行くだけで時間がかかる。

 これから予定がある身としては、あまりここから離れたくはない……、

 近場にいたい、そんな気持ち。


 もう二周くらいしたと思うが、それじゃあ、三周目にでも突入してみようか。


 二周で発見できなかった新しいなにかを発見できるかもしれない。

 そんなことに希望を抱きながら時間を潰す僕は、なにをしているんだろう、とよく思う。


 本当に、なにをしているんだろう。


 これこそ、時間の無駄と言うのではないか?


 ――有意義じゃない。全然、有意義じゃない。


「贅沢を言うなよ……」


 そう呟く。


 すれ違った人に振り向かれるが、僕は反応を示さない。

 なので相手の方も特に気にしなかったのだろう……、それだけで、なにも始まらずに終わる。


 そして、ぼーっとしながら、

 ショッピングモールの中でも目印とも言える、一階の噴水広場に辿り着いた。


 人は……多くはないが、いる。

 噴水近くの椅子に座って、スマホをいじっている人もいれば、コンビニで買ったであろう、おにぎりを食べている人もいる。それぞれがそれぞれ、自由に過ごしている空間であった。


 ま、噴水広場だけではなく、このショッピングモール全体は別に、自由空間だしな。


 しかし、マナーなどがあるだろう。商品が置いてある場所で食事などできないだろうし――だからここは、休憩場所――、

(と言うには、オープン過ぎる気もするが。

 それに、椅子が二つしかない……、休憩できる人は、詰めて座れば六人ほどしか座れない。

 立っているのならばもっと多くの人が休憩できるだろうが)――と言える。


 なにをしてもいい空間――なにもしなくてもいい空間。


 ただぼーっとするだけなら、座らなくてもいいだろう……。

 近くの柱に背を預けて、天に向かって打ち上げられている噴水――、その水飛沫を見つめる。

 本当にぼーっと、なにも考えずに。


 とりあえず、いまは何時かな、くらいは考えてはおこう。


 ぼーっと過ごしている内に、目的を忘れては本末転倒だ。



 ……。


 …………。


 …………ん、あれ? 


 今、僕は意識を失っていたか? 

 現状、立ったままだということは、長時間、意識を失った、というわけではないのだろう。

 長時間も立ったままでいられるわけがない。

 長時間ならば、きっと倒れていただろうし。


 指先でまぶたを擦る。眠気を拭い、時間を確認。スマホで確かめようとしたが、それよりも早く、噴水広場にある時計が目に入ったので、取り出しかけていたスマホをしまう。


 どうやらほんの十分くらい、眠ってしまっていたようだ。

 しかし、十分か……よく立ったままでいられたものだな。

 自分のバランス能力に驚きを覚える。


 眠ってはいても浅い眠りで、僕も記憶にないだけで、途中、起きていたのかもしれない。


 そうなると、短時間を連続で繋ぎ合わせたようなもので――、眠っていた時間は長時間とは言えない説も出てくるが、どうでも良かった。駄目だ……、やっぱり椅子に座りたい。


 幸いにも椅子の利用者はいなかった。

 眠っている間に昼時も過ぎたのだろう――、みんな、休憩が終わったらしい。

 それと入れ替わりに休憩する僕は、みんなとずれているなあ、と思いながら――、

 たぶん、他の人に思われながら――椅子に座る。まぶたを下ろす。


 背もたれが首元まで到達していないので、枕の代わりは空気となり、支えてはくれないが、がまんしよう。起きた時、首はきっと鈍く痛いだろうが、今は今の眠気を解消したかった。


 噴水の水飛沫が、いい子守唄になっている。

 眠気を誘ういいメロディを奏でている――。


 それに身を任せて――眠る。



 そして、次に目を覚ました時――、

 そのきっかけである僕にとっての目覚ましは。


 ――轟音だった。


 ――揺れだった。


 いつの間にか僕は、破壊の嵐の中心にいた。



 中心――。


 だからこそ僕は、無傷でいられたのかもしれない。

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