第10話 義妹交渉

 そんなわけがない。

 曲がった先も今まで歩いていた道と変わらない構造だ。

 突き当たりまで行かなければ、右に曲がるか、左に曲がるか選択できない仕様になっている。

 だから途中で曲がることはできないはず……、

 それこそ、店や家に入らなければできないはずだ。


 彼女が曲がってすぐに僕も曲がった。

 時差は二秒くらいのはず――、この短時間で姿を隠すことはできないはずだけど――、

 だからこそ、今の状況が謎で埋め尽くされている。


 僕のミスか? 実は目の前にいるけど盲点になって気が付いていないとか。

 しかし自覚しているのならばすぐにでも見つけられるはずだ……。

 一向に彼女の姿は見えない。


 あんなに目立っているのに。

 あんなに自己主張が激しいのに? 

 ――どうなっている?


 これもまた、運命なのかもしれない――、こうして見失うことが僕の運命なのかもしれない。

 ここで諦めるのが、台本通りか? 

 ――ならば従うのが役者としての本業だとは思うが、しかし、今日は抗ってみよう。

 なぜって? 

 だって妹のために。違う違う、妹の立場を利用しただけで、結局は僕自身のために。


 早歩きで地面を踏み、進む。

 歩行の音の間隔が、段々と短くなっていく。


 途中にある、店の中を覗いてみたが、鞠矢ちゃんらしき人はいない。

 家に関しては、確認のしようがないので諦めた。

 もしいたとしても、仕方ないで済ませて後悔はないだろう。


 突き当りまで行ったところで、結局、彼女に出会うことはなかった。

 これは完全に見失ったな、と諦めムードだった。

 本心ではもう完全に諦めていたが――、

 表に出ている建前としては、まだ探そうとは思っていた。


 しかし建前を押すように、本音が出てきたので、

 最終的には今日は諦める、という結論に収束する。

 まあ、時間はあるし。明日また来ればいい……。


 そう思った。


「……仕方、ないもんなあ」


 そう呟いた。

 そして言い終わったと同時、


「さっきから、なんなんだよお前――」


 と、子供っぽい声が聞こえてきたので振り返ってみた。

 振り返った先にいたのは――、

 僕が思っていた声よりも全然高くて、可愛らしくてアニメ声な、鞠矢ちゃんがそこにいた。


 ―― ――


 なんなんだよお前――と言われて、僕は即答できなかった。

 その反応は、彼女を警戒させるには充分だったようだ。

 彼女は目を細めて、僕を完全に敵と判断したらしい。


 今になって敵と判断したのか……、

 ということはさっきまではまだ、敵とは思っていなかったのか。

 それは、優しいことで。


「…………」

 なにか言わないといけないのに。

 彼女の勘違いの認識(あながち勘違いでもないのだが)を、訂正させないといけないのに、

 僕は無言を貫いてしまった。


 これはまずい。


 僕でも空気くらいは読める。

 いや、空気だけは誰よりも読めると言ってもいいか。


 それは過信し過ぎかもしれないか。

 人並みには読めるだろう。

 そんな僕がまずいと感じる。なるほど――これは相当、まずい状況だ。


 僕がなにかを言う前に、彼女の方が先に口を開いた。


「さっきからずっと尾行してただろ。ずっと分かってたんだよ――、警察に通報してもよかったけど、さすがにそれはしなかったぞ! 感謝しろ、この不審者っ!」


 両手を腰にあてて、体を逸らしながら威張って言う鞠矢ちゃん。

 ……まあ、まだ中学生だし、と思えば、可愛いものであったが、

 しかし中学三年生ということを考えると、来年は高校一年生――。

 この性格は浮くのではないか? と思う。


 高圧的な雰囲気は、見た目から分かっていたことだ。

 それを考えると見た目も性格も言葉遣いも全てが繋がっていると思える。

 繋がっていて、全部が同じ。

 総合的に揺らいでない。見た目で、確かに全てを表しているな、と納得した。


「あ、えっと……」

 僕は、言葉に詰まってしまう。


 尾行していたら逆に尾行されていた、ということには驚いていない。

 予想していたわけではないけど、

 されていたと分かって納得できているから、僕の中で重要ではないのだ。


「ハロー」

「誰が外国人だ! 金髪だけど、日本人だよ日本人!」


 鞠矢ちゃんはツインテールを掴んで振ってくる。自己主張はやはり激しい。


 別に、『ハロー』と言ったのは外国人だと思って言ったわけではなく、

 ジョークとして堅苦しいあいさつを崩して言っただけなのだが。

 彼女にはジョークとして受け取ってもらえなかったようだ。


 頬を膨らませる鞠矢ちゃんは、年相応とは思えなかった。

 実年齢よりも若く見える。

 この言葉も大人に言えば嬉しがるのに、子供に言うと罵倒だと思われるらしい。

 しかも女性――わがままばかりだ。


 周りもそれを学習し、

 年については禁句になったわけなので、もう頭を悩ますことはないわけだが。

 僕も彼女に対して抱いた印象は、言わないでおいた。言う必要ないし。


「あー、分かってるよ、日本人だってことは。ちょっとしたジョークのつもり」


「ならいい……。まったく、『ハロー』とか、紛らわしいこと言うなよな」


 腕を組みながら、うんうんと頷いていた。

 ……女子にしてはたくましいな、この子。


 女子と言うよりは、小学校高学年の男の子みたいな感じだ。言ったら殺されそうだが。


 どう生活したらこんな性格に育つのか、謎だった。

 日記でも書いていてくれたら、ぜひ見せてもらいたいものだった。


 斬子が言うには、去年再婚したとの話だったので、

 斬子と出会ってから培われた性格ではないのだろう。

 それ以前から、形作られていた。


 この子は、強い。

 社会の荒波にも負けないだろう強さを持っている。――ほんと、羨ましいねえ。


 そんな僕の羨望の眼差しは、彼女には変態的な視線と感じ取られたらしい。

 僕への警戒が強まる。身構えて、いつでも逃げることができる体勢をキープし、停止。


 なんだか僕まで身構えなくてはいけない雰囲気だった。

 とりあえず両手を構えてみるが、へなへなで腰の入っていない、情けない構えだった。

 誰も倒せないよ――、野良猫にさえ負けそうだ。


 怪我をさせるための構えではないので、力が入ってはダメだ。

 なので情けない、誰も倒せないだろうこの構えは正解だ。

 正解に近いのではなく、もろに正解。


「……なんであたしを尾行してたんだ。なんの目的なんだよ」


 なぜ、ここまで警戒されているのか――、いや、そりゃ警戒するか。

 当たり前の反応であるし。


 僕は鞠矢ちゃんのことを知っているが、彼女は僕を知らない。

 彼女からすれば僕のことは、自分の後をつけてくる見知らぬ男の人に映っているだろう。

 しかも、味方が誰もいない状況なら、必要以上に警戒するのは当たり前なのだ。


 これなら本当の犯罪に巻き込まれそうになったとしても、一人で解決できそうだな、と親のような目線で安心を得た。

 それはともかく、僕は敵ではない、ということを分からせなくてはいけない――のだが、


「――近寄るな! あたしとは距離を取って話せ」


 と、拒否された。


 徹底するなあ。

 まあ、距離を取っても話すことはできるから、大した障害にはならないけど。


「僕は敵じゃないよ。君に用があって来たんだ。

 本当はすぐにでも声をかけようと思ったんだけど、きっかけがなくてね……」


「犯罪を起こそうとする人は決まってそう言うよ」


 決まってそう言うのか……。妙に自信満々に言うな……しかも説得力がある。

 何度も体験したことでもあるのだろうか。


 初対面でそこまで聞くほどに、コミュケーションが高い僕ではないので、踏み込んで聞くことはしなかった。


「信じて、とは言わないよ。

 危険だと思ったら逃げてくれればいい。ただ、聞きたいことがあって、ね」


「聞きたいこと……」

「そう、君に危害を加える気はない」


「どーだかね」

「…………」

 相当、嫌われているらしい。

 僕には珍しく、ショックを受けた。


 けど――まあいいや、とすぐに忘れて行動を開始。

 距離はあったが、これまた、まあいいやと思い、そこから一歩も動かずに、第一声を彼女の姉の名前にして、会話を始めた。


 が、しかしそれがいけなかった。

 まるで溜め込んでいたものを爆発させるスイッチのように機能してしまっていた。


 ここで斬子ではなく、遥の名にしておけば、また違った結果になっていたと思うが……、

 思っても仕方ない。


 状況が動き、取り返しがつかないところへ、転がっていく。


「斬子……、――ああ、君のお姉さんから紹介されて――」


「――やめろ!」


 その声は、響いた。

 近くの家の窓から「うるせー」と、文句を叫ばれそうな不安もあったが、それは杞憂に終わって良かった。だが、僕の次の言葉が出ない。言葉を失ってしまった。


 見失ってしまった。まったくもって、見つけられない。


「……その名前は出さないで。思い出したくもないから」

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