第9話 妹主義者

 ちょうど良い時間になったのではないか、と思ったので、

 立ち読みしていた雑誌、

(僕に似合わずファッション雑誌だ。たまには見た方がいいだろう――ためになるし)

 を棚に戻して、本屋を出た。


 なにも買わずに長い時間もいたから、店員さんに目をつけられたかもしれなかった。


 まあ、今後あの本屋に行ったとしても、すぐに商品を決めるだろうし、関係ないか。

 だが暇潰しにはよく利用できる場所なので、惜しい存在でもあった。

 ……期間を空けて行けば大丈夫か。

 店員さんもシフトの関係でぐるぐると回っているだろう。今日と同じ人とは限らない。


 久しぶりと言えるほど久しぶりではなかったが、僕の感覚的には久しぶりに――、外の空気を吸った。そして浴びた。直射日光が強く、まぶたを下ろす。

 僕が吸血鬼だった場合は今頃、灰になっているだろう――。

 吸血鬼でなくとも、僕はもう既に廃になっているが。


 ともかく、それでは行こうか。


 向かう先は忘れてなどいない――花中だ。

 駅前から花中に行くことはないので、道に少しの不安を抱いていたものだが、途中で知っている道に出たら、あとは体が覚えているらしく、とんとん拍子に花中へ足が向かっていく。


 懐かしいと思ってしまう。

 あの信号――よく無視したなあ、とか。

 家でたまたま見つけた過去のアルバムを見ているような感覚を楽しみながら、移動時間を消化できた。


 そして建物が見えてくる。

 校舎は変わらず――、リフォームはされていなかった。


 僕が通っていた時のままで、そこにしっかりと建っている。

 思わず中に入って登校したい気分になったが、思いとどまる。

 僕はもう部外者だ――、


 卒業生という立場ではあるが、だからと言って、勝手に入っていいわけではない。

 入ったら現役女子中学生に不審者扱いされそうなので、

 校門前で、今日の目的である子を待つことにした。


 ちらほらと下校している生徒が目立つが、目的の子は姿を現さない。

 容姿は目立つと斬子が言っていたので見逃すはずはないが――。


 部活は引退とした、とは言え、受験生だ。

 なにかと学校に残っていなければいけない用事でもあるのかもしれない。

 それを覚悟して、夜まで待つ覚悟であった。


 壁に背を預けて、スマホを開く。

 校門に意識を向けながら、メールボックスを開く――斬子からきたメール……、添付されていた画像をタッチし、拡大。画像には少女が映っていた。


 おぉ……全然、似ていない……。

 初見なので思わず本音が出てしまった。

 しかし、たとえ二度目だとしても、

 初見の時と変わらず思ってしまうし、言ってしまうとは思うけど。


 金髪で、ツインテール。

 ツンデレという愛称がここまで似合う少女もそうそういないだろう。

 アニメや漫画の世界では当たり前にいて、もう必要ないとリストラされそうなキャラではあるが、こうして現実で見てみると、誰よりも自分を表に出している。


 ――圧倒的な存在感だった。


「…………」


 画像でこれだけ見惚れてしまうということは、実際に見てしまったら、愛してしまうのではないか? いやいや、それはないか。妹の方が存在感は全然強い――あとキャラも。


 いつものように心の中で妹にフォローをしておいた。

 どんな絶世の美女が現れようとも、僕の中の順位は変わらず、一位は妹のなのだ。

 しかし絶世の美女が現れたとしても、その人は絶世の美女なんかではない。

 僕にとって絶世の美女は一人だけで、これは誰もが予想できることであるが、妹なのだ。


 一位は妹。

 それ以外は最下位だ。


 僕の知り合いはもう少し、ランクは上にくるけど、最下位となにも変わらないだろう。

 知り合いの彼女たちには悪いけど、

 まあ、直接言うわけではないのでいいか。フォローはしないでおいた。


 にしても……、さっきの斬子の言葉には素直に驚いた。

 長年、友人として付き合っている斬子に、妹がいたなんて知りもしなかった。


 軽くショックを受けた僕だ。

 こんなことも知らなかったのか……、僕は一体、斬子の何を見てきたのだろうか――と。


 だが斬子は、すぐに僕を慰めてくれた。

 というよりは勘違いを訂正してくれた。


『妹と言っても義妹よ――。

 去年、お父さんが再婚したばかりでね。

 新しい母親のおまけみたいについてきたのが、義妹の鞠矢なのよ』


『……再婚したことすら知らなかったんだけど』


『わざわざ言うことでもないでしょうよ、別に。

 いや、もちろんあんたの両親には言ったわよ? 

 昔からお父さん、一人で私を育てることに色々と気を遣ってくれた人たちだし。

 良い人だしね。だからあんたにも伝わってるはずなのよ。

 で、あんたのことだから、私のことなんかに興味がないのかなー、って。

 ――思っただけよっ!』


『……なんか、怒ってる?』


『いいえ。ノー。いな


『三回も言ったことが、逆に怒っていることを浮き彫りにさせてるんだけど』


 とまあ、これがお昼時、終盤の会話で、ここから先は特に会話という会話はなく、食器を片づけて終わっただけなのだった。

 斬子が突然、不機嫌になったのは、

 やっぱり僕があまり彼女に興味を示していなかったのが原因かな。


 そうだろうとは思うけど、気を遣ったところで、斬子はそれを無理やりだ、と気がつくだろうし。それに、僕が妹にしか興味がないことも知っているし。

 僕が興味を示すことで逆に、斬子を、さらに不機嫌にさせてしまうかもしれない。


 だから現段階での状況は、最善とも言えるのだ。

 もっとダメージを少なくすることはできたかもしれないが、

 僕の頭ではこれ以上、好転させることは難しい。現状維持で満足だ。


 とりあえず、あとでスイーツでも奢って、ご機嫌取りでもしようか、

 と脳内メモ帳に記しておいた。


 はい、斬子との回想が終了したわけだけど、結局、義妹がいることしか分からなかったな……。どんな性格か、とかは言っていなかったし。

 というか、その子が遥を知っているかどうかも、まだ分からないのだ。聞いてみて、初めて分かることだ。そうなると、妹のことを聞きにきている僕としては、この子の答え次第で、無駄な行動かどうかが決まるわけだ。


 ゼロか十か……、そんな状態にいる僕。


 いや、十とは限らないから、

 有利不利で言えば、圧倒的に不利の方に天秤は傾いているわけだったが。


 まあ、斬子が言っていた通りに、

 見た目で大体が分かるのは、その通りだと認めざるを得ない。

 姿が内面を物語っている。見た目で判断することはいけないことだと誰かが言っていたような記憶があるが……、確か小学生の時の、お姉さん先生だと思う。


 お姉さんの言葉にダウト! まあ、間違いではないんだけど。


 斬子の妹である鞠矢ちゃん(自分で言って鳥肌が立つが、これ以外の呼び名が決まらないので、これで突き進むことにする)は、見た目で全てを分からせるような力があったのだ。

 僕とは別の世界にいるようで――僕だけではなく、一般人とは違う、一つ上の階級に住んでいるような風格を纏っている。


 近寄り難い雰囲気で、話しかけることも気軽にさせてくれないようなプレッシャーを放ち、本能的に、別格だということを、無理やりに分からせてくる。

 はあ……、まったく損な人生を生きているな、と同情してしまったが、

 僕に言われたくはないだろう。


 僕もそう思う。なので口を閉ざす。チャックはないので、重力に身を任せる。


 画像とにらめっこも、そろそろ疲れてきた。

 偽物を見て情報を読み取るのも、さすがに限界がある。

 それでも彼女の情報は、圧倒的に多かったけどさ。

 あとは本物を見てから考えようと、スマホの画面を暗くしたところで、


「…………いた」


 僕は見つけた。画像と同じ、まったく同じ――鞠矢ちゃんだった。


 友達は誰一人として、連れておらず、一人で帰宅している途中だった。

 別に友達がいないわけではないのだろう。

 部活に入っていたのだから、それなりにチームメイトとしての友情は育んでいるはずだし。


 だからただ単純に、一人なのかもしれない。

 それにしても、寄り道しないで真っ直ぐ帰るとは、思春期にしては、おとなしめの子なのかも……。まあ、一度帰宅してから、一日の第二ラウンドが始まるのかもしれなかったが。


 とりあえず、こうしてじっと見つめているだけでは、展開は進まないので、追いかけることにした。小走りで近づく。距離はあと少しだ――、少し速めに足を動かせば、彼女に触れ、声をかけることができるけど、だが僕は、そこで彼女に干渉することはしなかった。


 しなかったと言うと聞こえはいいが、正確には、【できなかった】と言うべきだ。


 僕は、女子中学生に声をかけられなかった。

 しかし自信満々に声をかけることができると言うのもどうかと思うので、かけることができなかった僕を責めるのも、ほどほどにしてほしい。


 心が弱い僕である。

 ――さすがにこれには、『どの口が言う!』と、

 大非難を喰らいそうなものだったけど。


 僕は彼女から一歩引く。

 そして物陰に隠れながら、追いかけることにした。


 つまりは尾行だ。

 ――なぜそんなことをしたのか? との質問には答えられない。

 理由はないのだ。あるとすれば、話しかけるきっかけがなく、

 どうにかきっかけを見つけ出すために尾行をしているのが理由と言えば理由か。


 孤高の存在――。

 彼女にはそんな称号がお似合いだった。

 本人は恐らく、嫌になる称号だろうが。


 しかしそう思ってしまったら、簡単には覆らないイメージである。

 汚されていない白紙の上に、ぶちまけられた濃い色――、やはりどれだけ色を落としたところで、どれだけ上書きをしたところで、初めの色は残ってしまう。――強く、強く。


 イメージもそれと同じ状態だった。

 孤高が強く残ってしまっているので、これから先、どんなイメージが上書きされようとも、孤高は決して消えないだろう。

 隙あらば前にぐいぐい出てくるような存在になりそうだ。

 今のところ僕の意識には、ずっとそれが居座っている。


 拭えそうにないので拭うことは諦めた。

 イメージには自由勝手に暴れてもらおう。


 抱いたイメージは、僕の中で放し飼いにしておいた。――そして尾行は継続中。


 鞠矢ちゃんは斬子の家ではなく、駅前に向かっていた。

 僕が来た道、そのまま引き返している。

 同じ景色を見ているので、つまらないと思ってしまうが――おいおい、お前が見るものは彼女だろう、と心に言い聞かせておいた。そのおかげで、退屈はしない。


 駅前に用があるのだろう……。

 そうなると、人が多い駅前で、彼女を尾行するのは、少しというか、かなり難しい。

 なので駅前に着く前に、こちらの用事を完了させたいところだったが、

 すぐにそれができれば苦労はしない。


 言い聞かせる。

 話しかけるだけだ――簡単だろう?


「…………」

 しかし足は、彼女との距離を一定に保ったまま、詰めようとしない。


 そのままの状態で、駅前近くに着いてしまう。


 細い道だったが、人がいないわけではない道だ。

 車道も一方通行だが、きちんとある。

 尾行は見つかりやすいかもしれないが、同じくらい、相手を見失いにくい――。

 デメリットとメリットが、いい具合に均等になっているようなシチュエーションだ。


 そんな状況で、ばれるかもしれないとは思いながらも、抑えられなかった。


 僕は、「はぁ」と溜息を吐いた。


 考えてみれば、無理して今日、声をかけなければいけないわけではない。

 クラスメイトともまともな精神状態で話すことができない僕に、初対面で、しかも女子中学生に話しかけろとか、難易度が高過ぎるだろう。

 どこのクソゲーだ、まったく。


 なので明日でもいいかな、と思ってしまうが、

「考えが甘い」と誰かに言われそうだ。誰? ――ああ、斬子か。 


 明日でいいやと引き延ばして結局、一か月後とかになりそうだ。

 それに、覚悟を決めても、

 後日になってみたら会えない、なんて状態になっているかもしれない。

 運命という歯車に操作されて――。そうなると今が最大のチャンスだろう。


 声をかけたら不審者扱いされそうだ――それだけで終わればいいが、警察を呼ばれるかもしれない。そうならなければいいなあ、と思いながら、覚悟を決めた。


 ――今、僕は、話しかけようと思う。


 彼女の元へ早歩きで向かっていく。

 彼女は曲がり角を曲がった。

 それについて行き、同じように曲がって彼女を見失わないようにしたけど――、


「――ん?」


 しかし――、見失った。


 僕は鞠矢ちゃんを、見失った。

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