第8話 幼馴染の妹

「斬子の知り合いなのか?」

「まあ、知り合いよりは上の関係性ね」


 それなりには親しい仲の感じがした。

 なのに斬子の表情は晴れていない。


 悩み事が解消していないような、曇った顔だった。

 それを見て、心がずきんとする。


 無理強いをする気はないので、

「無理しなくていいよ」と言おうとしたところで、

 斬子の精神が腰を落とし、どっしりと構えた。


 つまり――覚悟を決めたのだった。


「その子は遥ちゃんと同じ中学三年生。

 部活は女子バスケ部――だけど、もう引退しているはずだから、遅くまで学校にいるとは限らないわね――、

 名前は秋月あきづき鞠矢まりや

 容姿は、言えばすぐに分かるはず。一応、画像を送るけど――」


「ちょ、ちょっと待ってくれっ!」


 そこで僕は、斬子の滝のように流れ出る言葉を遮断する。

 気になるところがあったのだ。


 もう一度、脳内で斬子の言葉を再生させて、確認する。最終チェックをする。


 やはり――、気になるところは同じ。引っ掛かりは、同じところだ。


 ――秋月? 

 秋月ってことは、斬子と血を繋ぐなにか、になるはずだけど――。


「ああ――そうね、言ってなかったわね。

 ――秋月鞠矢は、私の妹よ」


 へえ、と平然とした様子で僕は言ったけど。


 ――


 ―― ――


 お昼を食べ終わってから、午後の授業――。


 僕が受ける授業は一つだけだったので、今日は早めに終わった。

 なのでいつもよりは多めに時間が取れることになった。

 この時間を使って斬子が教えてくれた子に会いに行こうと思ったけど、

 その子はまだ、授業中のはずなので、行ったところですぐ会えるわけではない。


 早めに終わったのに結局、することがなくて、時間を持て余している感じだった。

 これなら授業を受けていれば良かったのではないか? と思うがしかし、

 受けるとなると、それはそれで嫌になってうんざりするよなあ、と思う。

 わがままだなあ、自分。


 なんだかんだと言いながらも既に、花中に向かっている最中である。

 だが、さすがに時間が早過ぎる――まだ六時間目が始まって、すぐなのではないか。


 いま行ったところで、彼女が帰る頃までは、待っているしかない――、

 なので近くの本屋にでも行こうと、進路を少しずらした。


 駅前に行こうと辺りを見回した。

 どこの道から行けばいいのかを知るために、注意深く見たからこそ、気づけたのかもしれない――え、いま、妹の姿が見えたような気がしたけど……?


 後ろ姿だったけど、絶対だと言い切れるくらいには、妹の背中だった。

 僕がどれだけ見たと思っている――あいつの背中を。

 背中だけではなく全身を、余すところなく見ているつもりだが、これを打ち明けると気持ち悪いと言われそうなので、自分の中に隠して墓まで持っていこうと決めた。


 見てしまったら、そりゃ追いかけるだろう。

 なんと言われようとも、僕は追いかける。


 というか、今は学校の時間のはずだけど――、

 あいつ、なにをしているのだろうか。しかも、こんなところで。


 ここは別に、学校から近いわけではないので、すっと行ってすっと帰ってくるようなことができる距離ではない。先生もさすがに気づくだろう。

 生徒一人が行方不明! なんて言われて、騒ぎになっていなければいいが。


 妹は抜け出したのではなく、最初から学校にいかなかった――ということもあり得るけど。

 いや、そっちの方があり得そうだ。

 まあ、同じくらい『抜け出した』についてもあり得ると思うけどね。


 結局、全部なのだった。


 学校をサボってまで一体、なにをしているのだろうか。

 ここまでくると妹の隠し事がすごく気になってきた。

 たとえ妹の知られたくないことでも、知りたくなってきた。


 さすがに嫌われることと天秤にかけた場合は、即刻、諦めると自信を持って言えるが。

 いや、土下座でもなんでもして、妹に頼み込むかもしれない。僕だぜ? するだろう。


 そして僕は動く――、妹の姿を見た場所まで走って向かう。

 そこは駅前に行くための近道だった。

 ただ道の状態は悪く、汚い道だった。


 具体的に言えば、飲食店のゴミ置き場になっているらしい――。

 ここを通って行くとは……、妹は精神的に強いのかもしれない。


 僕でさえ少し、「うっ」となってしまうところだったのに。

 しかし思ったのは最初だけで、時間が経てば、なんとも思わなくなってきた。

 やはり、慣れは最強だ。初心者でいる内は諦めずに努力をすることを推奨しよう。


 駅までの近道だし、僕としては妹も探せるしで、一石二鳥だった。

 デメリットは特にないのですぐさま進んでいく。

 進むにつれて、直射日光が当たる場所が少なくなってくる。

 まあ、建物が密集しているし、細い道なので仕方のないことではあるが。


 そして辺りも暗くなってくる。

 が、別に真夜中ほどではないので、困ることはない。


「おーい、遥ー」


 強弱の中間くらいの声で呼んでみた。


 声は遠くに飛んでいっているだろうが、

 遠くにいけばいくほど、声は弱くなっていくので、妹に届いているのか心配だった。


 心配は当たり――、妹からの返事はなかった。

 それは届いていなくて返事がないのか、

 それとも届いてしかし、返事がないのか。

 それの違いで考えも変わってくる。


 返事が出来ない状況なのかもしれないし、

 返事をすることを拒絶しているのかもしれないし。


 そもそも、前提として、声が届いていないのかもしれない。


 その中だったら、届いていない方がいいなあ、と思う。

 それが一番、現実的にありそうだし。


 もう一回だけ、呼んでもよかったが、呼ぶ前に道を抜けてしまった。

 着いた場所は駅前だ――、人もたくさんいる。

 ここで妹の名前を呼ぶのは、さすがに恥ずかしい。

 確かに、ここに出てしまったら、僕の声は届かないだろう。


 きょろきょろと首を動かし妹を探すが、人が邪魔して満足に探せない。

 この人混みのせいで、探す気力の全てを持っていかれた。

 最終的に、まあいいか、と、結論に至る。


 妹については、これから出会う斬子の妹――、

 彼女の話を聞けば分かるかもしれないのだ。


 いま、無理をしても仕方ない。

 できる範囲で努力をするべきだ。


 自分の力を越えるようなパフォーマンスはできないのだから……。

 できたとしても、代償は大きそうだ。


 そして、僕は目的の本屋へ向かう。


 服の袖が少し焦げていることに気づいたけど、特に気にしなかった。

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