第7話 いもうトーク その2

「――あんた、なにも分かっていないわね」


「…………」

 僕は無言を返事とした。


「女の子に隠し事がないなんて、本気で思っているわけ? そんなわけないでしょうが。

 隠し事の一つや二つ――いや、もっともっと多くあるのよ。

 それも、異性に知られたくないこととか、身内だからこそ知られたくないこととか――。

 そういうことを理解してあげないと、嫌われるわよ、あんた」


 僕、そこまで悪いことを言ったわけではないのに。しかし斬子は睨みつけてくる。


 女の子には隠し事がある――、それは別に、女の子に限った話ではないかもな。

 僕だって、一応、隠していることは、あるし。

 いや、隠しているというよりは、言う必要がないから言わないだけ……、

 それに分類されるものだとは思うけど。


「……気をつけるよ」

「気をつけなさい」


 妹に嫌われるのはさすがに嫌なので、斬子の忠告を素直に心に刻んでおいた。


「遥ちゃんを悩ませるものを隠し事と仮定したら――色々と繋がってくるでしょう?」


「隠し事を理解してあげろ、と言うくせに、斬子は隠し事を暴くことに協力してくれるんだな」


「嫌々だけどね」

「わざわざ言わなくてもよかったんじゃないかな。それ」


 僕の指摘に少しむっとしたのか、目を細めて僕を見てくる斬子。


 だが、すぐに表情を戻す。

 反射的な行動だったらしい……。それもどうかと思うけど。


「仕方ないじゃないの。今は、あんたに協力しているんだから」

「妹よりも、僕の味方をしてくれるってこと?」


「そうよ。でも、遥ちゃんに頼まれたら、私は遥ちゃん側につくけどね」


「それでもいいよ。

 僕としては、一瞬でもいいから協力してくれるって事実が嬉しいから」


 僕が言うと、斬子は溜息をついてから、

「……嘘よ」と言う。


「祐一郎の方が先なんだから、最後まで責任を持つわ。

 まあ、もしも遥ちゃんに頼まれた場合、あんたが裏で動いていることを勘付かれないためにも頷きはするけどね。……二重スパイのようなものかしらね」


「……もしかして、楽しんでる?」

「退屈ではないわね」


 答えを濁された。

 しかし――まあいいかと思って追及はしなかった。


 退屈でないなら、それ以上は願わないだろうから。


「で、隠し事をしている、と仮定するけど――これはもちろん、真実は違うかもしれないから、それも頭の片隅にでもしっかりと残しておくのよ――。

 となると、遥ちゃんに聞いたところで、答えてはくれないわよね……。

 言いたくないから、知られたくないからこそ、隠すものなんだし」


「日常会話で探っていくのは?」

「できるのならばやってみれば?」


 なんか、テキトーに言われた気がする。

 僕、喋らない方がいいのではないか。


「――日常会話でさり気なく……って思ったけど、あんたじゃ無理よね」


 これには少し心外だ。

 勝手に決めつけられるのは、思っているよりもむっとする。


「だって、カマをかけるとか――あんたにできる?」


「できそうには……ないね」

「でしょう?」


 斬子の言う通りだった。

 言う通り過ぎて、言葉がない。


「だから本人に直接コンタクトを取って、

 隠し事を探るってことはしない方がいいかもね――。

 下手に探って勘付かれても嫌でしょう?」


「だったら、僕はどうすればいいんだ? なにもしない――ってことなのか?」


「違うわよ。本人に探りを入れてはダメって言っただけよ。

 ――それって逆に言えば、本人以外にコンタクトを取ればいいってことじゃない?」


「あ……」


 なるほど、と声が出た。

 とは言え、セリフは心の中で。声として出たのは一文字だけだ。


「本当に、いま言われて初めて気づいた、みたいな反応ね……。

 少し考えれば出そうな案だけど――」


 斬子が呆れたように言う。


 確かに、少し考えれば出そうなものだけど、出ない時は全然、出ない――まったく出ない。

 僕の思考、範囲外にある案だったのだ。

 奇跡でも起きない限り、自発的には思いつかなかっただろう。


 やはり人に相談するのは――悩みが解消する方に進展しやすい。

 元々、斬子に相談する気はなかったけど、

 流れ的に悩みを打ち明けなくてはいけなかったとは言え、言って良かったと思う。


 言わなかったら、ずっと、もやもやとしたままだったのだ。

 どうせ自発的には動かない僕である。――背中を押された感じだった。


 これで思考が広がる――。

 妹以外にコンタクトを取る、という行動をすればいいのではないか、との案も出たことだし。

 早速、動きたいところだったが、そんな僕の思考を読んだのか、斬子が言う。


「あんた……。やった、みたいな顔してるけど――誰に聞けばいいとか、思いついているの?」


「……母親とか?」

「なんで同じ立場の人に聞くのよ。ここは家族以外でしょうがっ」


 いきなり怒られた。

 僕の考えていたことは的はずれだったらしい。ゼロ点ではない――論外だ。


「じゃあ……でも――」


 しかし、家族以外の人に聞くのも――その人物が妹のことを知らなくてはいけないことになるし、それも詳しくないといけないし。

 そうなると、相手は絞られてくるが、その人物はいま僕の目の前に座っている。

 僕の相談に乗ってくれている――、


 斬子なのだった。


「今、聞ける人は私しかいない、とでも思っているんでしょう?」


「げっ」

「いや、そういうわざとらしいリアクションはいらないから」


 珍しくリアクションを取ってみたが、斬子には不評だったらしい。

 ……不評が分かっただけでも収穫だった。


「言っておくけど、私に聞いても分からないわよ? 

 遥ちゃんのこと、あまり見ないし。あんたの口からの情報でしか想像できないからね」


 にしては的確なアドバイスだったような……。しかし、アドバイスだけだったのかもしれない。いざ悩み事の根本的な解決をしようとすると、戦力にはならないのかもしれない。


 サポートに徹している――、縁の下の力持ち、のような存在なのだろう。


 さて――、となると斬子以外に僕が知る、妹に詳しい人物など、いない、けど――。


「…………」

 互いに沈黙してしまい、遂には案に詰まったか、と思ったところで。


 斬子が口を開いた。


「そう言えば、遥ちゃんって、あの中学だったわよね……」


 あの中学……と正確な名前を出さない斬子だが、別に隠す必要はない。

 なので言ってしまうと、

 僕と斬子が、かつて通っていた中学――花園はなぞの中学校のことだ。


 まるで女子中かと思ってしまうような名前だが、普通に共学だ。

 僕が通っていたのだから、万が一にも女子中の可能性はないだろうけど。


 僕がもしも女子だったとしても、他にも男子がいたから、

 これで女子中の可能性はゼロになったわけだ。


 噂によれば、年々、男子の数が減ってきている、との話を聞く。

 女子が多くなって、比率が女子の方に傾いているらしい――。

 これはもしかしたら、近々、女子中になる可能性もあるのかもしれない。

 まあ、既に卒業してしまっている僕には関係のないことだが。


 そんな花園中学――、

(近隣では花中と呼ばれている。たまに『ぞの学』とか言う奴もいたが、流行らなかった)

 に、妹が通っていることを思い出した斬子は、うーん、と考える。


 幼馴染だからこそ、斬子は妹のことを、それなりに知っているのだ。

 どこ情報なのかは知らないが、妹が花園中学に通っていることを知っていたし。


 ……僕が教えたんだっけ? あまり覚えていないけど、知っているということは、僕が教えたか、それとも自力で知ったか――なのだろう。

 妹から直接、聞いたのかもしれないし。

 斬子と妹、仲が良い印象はないけど。


 まあそれは、ただ僕がいる時には二人があまり会話をしないだけで、

 僕がいない時にこっそりと会っているのかもしれない。結構、仲が良いのかもしれない。


 しかしそうなると、なんで僕には隠しているんだ、という話になり、少し傷つくのだが。


 女には女の世界があるんだなあ、と自己完結することで、治癒したけど、間に合うかな。


 心の傷には絆創膏は貼れないので、治している感がないのが物足りないけど――いいや。


 意識を現実に戻してみると、斬子はまだ考えていた。

 いや、僕の思考の感覚が長い時間だっただけで、現実世界では一瞬だっただけかもしれない。

 だったら斬子の考えている時間は、通常通りなのだ。


「……たぶんだけど、遥ちゃんをよく知っているかもしれない子――いるんだけどさ」

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