一章/いもうとらぶる

第3話 兄と妹

 最近、妹の様子がおかしいと感じるようになった。

 様子がおかしい――とは言え、妹は中学三年生だ。

 思春期とか色々と、成長過程に必ずあるだろう精神的な不安――、

 問題でもなんでもいいが、そういうものが出ているだけなのかもしれない。


 だから本人に直接、聞くことはしないが、気になって仕方がない。

 家にいる時は思いのほか、普通だ。別段、変わったことがあるわけではないが――、

 そうなるとなにを見ておかしいと感じてしまうのか、という話になってしまうだろう。


 変わったとは言っても大きく変化したわけではない。

 少しずつ、少しずつ――長い時間をかけてゆっくりと妹は変化していたのだ。


 小さな変化をゆっくりと。


 よく気づけたな――よく違和感を持てたな、僕。――そう思う。


 妹とはよく話す。仲は良い方だろう。思春期にしては、会話は多い方だ。


 だから毎日の観察で分かったこととして――コミュケーションには問題はない、はずだろう。

 僕の基準で言えばだけどね――なのでおかしいと感じてしまうのは妹の行動だ。


 ここ最近、よく用事をすっぽかすようになった。

 家族で出かけても途中でいなくなったりするし。

 酷い時には連絡もなく、何日間もどこかに行っていたりする。


 そういう時の事後の対応として、妹は親に事情を話しているが、だけど僕はその時に説明している事情……、理由というのが、前々から考えていた嘘だと分かってしまうのだ。


 なにを隠そうとしているのか、想像できない――。

 妹の性格は分かっているので、夜に行くような、危ない店には行っていないとは思うが……。

 妹にそこまでの度胸があるとは思えないし。


 無理やり、になると、事情はまた変わってくるだろうけど――いや、結局、変わらないか。

 あの妹を無理やり制御できる人間がいるとは思えない。わがままの化身なのだ、妹は。


 自分勝手で、自己満足的で。

 唯我独尊で、自画自賛で。

 とにかく自分に自信を持つ人格だ。

 それは、まあ僕みたいな、妹とは反対な人格をしていれば立派なものだと思ってしまうが。


 比較してみれば妹の人格は褒められたものだろう。実際、別に悪いことではないし。


 空気が読めないことも多々あるが、直せる範囲だ。


 まあ――たまに行き過ぎるところがあるのが駄目なところか。


 自信を持ち過ぎて、自分以外を見下しているのはさすがに止めないとな。


 それでは孤立する――、

 と何度も言っているけど、当然のように親切なアドバイスは無視される。

 いや、無視はされていないか。きちんと聞いてはくれているようで、

 でも聞いて、考えて、それから拒否をしているのだ。……質が悪い。


 まだ、無視してくれた方がいいものを……。

 ダメージは、結構、大きいのだ。


 ……まあ、色々と言われて苛立ってしまうのは僕も通った道なので、気持ちは分かるけど。

 しかしなにも言わないのも、それはそれで、薄情ではないか? 

 だからさじ加減が難しいのだった。


 これだから中学生は苦手なのだ。

 他人は全般、苦手だけどさ――。


 しかし妹は家族だ。

 ずっと一緒に過ごしてきたのだ。苦手だから、で放ってはおけない。


 妹なのだ。

 兄が面倒を見るのが当たり前だろう。

 僕だけ、その義務を放棄するのは駄目だ。


 とりあえず、なにか悩み事でもあるのだろうか? 

 たぶん、聞いたところで話してはくれないだろうけど、一応、聞いてみるとしようか。


 さり気なく、すれ違った時にでもぼそりと。

 期待はせずに、ダメ元で。


 ―― ――


 そして、夜。

 夕食を食べ終わって、風呂に入り終わっても、妹は帰ってこなかった。

 今は夜の九時を過ぎている。

 まだ人によっては帰りが遅い時間ではないのだけど、

 僕の家の感覚的には、充分に遅い時間だった。


 母親は妹が帰ってこないことに心配が半分、怒り半分――、父親も似たようなものだった。


 ここで僕が二人の前に姿を現せば、なんとなく、妹に向くはずだろう文句がこちらにきそうな気がした。なので喉が渇いていたけど、今はがまんした。

 真夜中にでも、両親が眠った頃に飲みにくればいいか……。

 思い、自分の部屋に戻った。


 まだ眠る時間ではないので、読みかけの本をベッドに寝転びながら読むことにした。


 時計は見なかった。

 物語の中に、すっ、と入り込めるようにするためだったが――、それのせい、と言ってしまうと悪いイメージがついてしまうが、悪いことではない。

 暇を潰す時にはもってこいの方法なのだ。

 気づけば――三時間も経っていたらしい。


 十二時を少し過ぎている。

 もう明日になってしまったのか――正確には今日だが。


 今日も大学があるので、そろそろ眠った方がいいとは思うけど……、

 しかしその前に、喉の渇きも限界に達していたので、水を飲むことにした。


 部屋を出て、一階に下りる。

 両親は眠っているだろう。

 さすがにこの時間まで妹を待ってはいないか。両親だって明日、仕事だし。


 にしても、まだ帰ってきていないのか……。

 夜遊びくらい、中学三年生くらいならするとは思っていたが、

 まさか日をまたぐとは思っていなかったので、驚きだった。


 このままだと朝帰りもあり得るのではないか。

 それとも、帰ってこないつもりなのだろうか? 

 友達の家に泊まっている……? それならそれで、安心だけど。


 その場合、連絡を入れろよと言いたいものだったが。

 まあ、妹の件については、両親が指導するだろう。

 僕が説教をするほどのことではない。


 というか、僕に説教なんてできないだろう。

 言ったところで、言い負かされる。

 そう、パワーバランスは、僕が完全に浮いている方なのだった。


 そこで、忘れそうになっていたことを思い出す。

 水だ。僕は水を飲みにきたのだった。


 暗闇の中、手を振って、障害物を確かめる。

 道を確保し、進んで行く。

 たとえ自分の家でも暗闇の中を記憶と感覚だけで進むのはなかなかに難易度が高い。

 なので少し面倒だが、ゆっくりと進むしかないのだった。


 すいすい進んで行くと、弁慶の泣き所をぶつけるから――、

 それは何回も体験していることである。なので説得力は最大だ。


 シンクまで行って、蛇口から出した水を飲む。

 お茶でもよかったが、冷蔵庫の中だ――、わざわざ取り出すほどではない。

 コップ一杯だけ飲んで、自分の部屋に戻るか、と思ったところで――、

 僕は微かな物音を聞き取る。


 主張はおとなしめだった。

 まるで気づかれないように、意図的に音を小さくしている感じだった。

 泥棒――いや、ないか。この時代に民家に泥棒が入ることなど、滅多にないだろう。

 ゼロとは言えないあたり、セキリュティ面ではまだ信用に欠けるところだ。


 あちらが物音を立てないようにするので、こちらも物音を立てないようにしてしまう。


 別に、そんなことをする必要はないのだが。

 ここは逆に、物音を立てて相手を脅かす方がいいのだろうが。

 しかし、空気感というものがある。

 その場にいる者にしか分からないものだ。


 分かりやすく言えば、

 スポーツのあの、コートの中にいる人間にしか分からない場の空気――そんな感じだ。


 今のこの状況も似たようなもの。

 ここで物音を立てるのは、やってはいけないことだろう。

 この狭い世界でのルールの中では禁止されている行動のはず。

 いつの間にかプレイヤーになっていた僕である。

 だが、なっていたのならば、降りるわけにはいかない。

 面白そうなので、という理由だが。


 ゆっくりとシンクから移動し、部屋の出口へ向かう。

 開けっ放しの扉の前まで行き、物陰から廊下を伺う。


 ぎしぎしと足音の代わりに床の音を鳴らす。

 下から上に視線を移していくと――顔まできたところで、誰かなのか、分かった。


 まあ、分かっていたけど。予想はしていたし。

 というかこいつしかいないだろう。


 ――妹だった。


 春希はるきはるかである。

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