第2話 砂漠の街「トゥームストーン」その2

 その老婆は、酷く貧相だった。

 痩せこけた頬に、今にも折れそうな手足。白い頭髪はあちこちが抜け落ち、風よけで羽織っている布も、使い古した雑巾のように痛んでいる。

 誰が見ても浮浪者の老婆は、怒声を浴びながらもなお、声の主に縋りついていた。


「汚ねぇババアだな、こっち寄るんじゃねぇよ!」


 老婆に向ける視線は、汚物を見るそれ。

 反対に、怒声の主の男は、この荒野のただ中にあって身なりが良く、身につけているウエスタンハットからブーツに至るまで汚れがほとんど見られない。荒事に慣れていないのは一目でわかるが、老婆にとって見れば身なりが良いのは即ち、腕が立つため裕福であるということなのだろう。


「お願いだよぉ、息子の……息子を弔うだけなんだよぉ」


「ちっ、知るかよ。てめぇの言う村なんかもう無ぇだろうが。耄碌してんじゃねぇよ」


 老婆の懇願など、どうでもいいと言わんばかりに男は吐き捨てる。   

 男の言葉は事実だった。

 広大な大地を開拓するために人が集まり村や町が作られるも、盗賊や自然災害、住人のいざこざで廃村になるケースは後を経たない。

 老婆の言う村も、その何れかに当てはまって廃村となった村なのだろう。


「あるんだよ、確かに。墓だって――うちの旦那もそこで眠ってるんだ」


 だが、そうした村は得てして盗賊などの流れ者の住処になりやすい。そのため、好き好んで廃村に行く人間はおらず、命知らずか馬鹿のどちらかが気まぐれに訪れるくらいしかなかった。


 人の住む場所には保安官という治安維持を目的とした市設組織があるものの、彼らが守るのは自分たちの住む村や町の秩序であり、既に放棄された場所は管轄外だった。


 ましてや、老婆が縋り付いたのは、そうした保安官でもない市政の人間だ。大方、暇つぶしに宿場町を歩いていたら老婆に捕まったのだろう。


「依頼する金もねぇのか、ババア」


 ここウエイストランドでは、何をするにも金がいる。

 雑多な人類種が住まう人種のるつぼでは、唯一信頼できる共通の価値観が〝金〟だからだ。金をかけたくないのなら、全て自分の力だけで何とかするしかない。それが、ウエイストランドの常識だった。

 男は一見、冷たいようにも見えるが、その言葉は誰もが持つ共通の認識であった。


「行くだけでいいんだ、頼むよお役人さん! 何でもするから!」


 だからこそ、この場で老婆の味方をするのは誰一人としていなかった。


「しつこいってんだよ!」

 

 ――たったひとりを覗いては。

 

「ぎゃっ……!?」


 男が虫を振り払うかのように、老婆を蹴飛ばす。

 あわやそのまま倒れるかと思われた老婆を助けたのは、


「大丈夫か、婆さん」


 宿から様子を見ていたウィルだった。

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