第3話 砂漠の街「トゥームストーン」その3

 老婆の軽さに、ウィルは思わず瞠目した。

 同世代においてももう少し体重はある。手足の細さはそのまま、彼女が芳しくない栄養状態にあることを明確に物語っていたわけだ。


「なんだ、小僧。お前がそのババアの依頼を受けるってのか?」


 話が早いなとウィルは思ったが、何のことはない。男は面倒くささ故に誰かに老婆を押しつけたくて仕方がないだけだろう。


 ウィルが何者であろうと関係ない。

 面倒な老婆から距離を置ければそれでいい。

 男の露骨にしかめた顔が言外にそう言っていた。


「ああ、金には困ってるんでね」


 ウィルの言葉を男は鼻で笑い、


「今にも死にそうなババアと、金の無いガキか……良かったなバアさん、お似合いじゃねぇか」


 人混みへと消えていった。


「あ、ああ……」


 肩を落とす老婆。

 彼女が身につけている衣服はあちこちが痛んでいる。

 貧乏であるが故かとウィルは思っていたが、どうやらそうでもないらしい。


「ごめんねぇ、坊や。あたしゃもう大丈夫だから、あんたは無理せんでいいよ」


 よっこらしょと老婆はふらつきながらも立ち上がろうとする。

 大方、こんなやり取りを何度もしてきたのだろう。

 老婆の声には失望はあれど落胆の色は無かった。


 宿場町で声をかけ続けていれば、いつかは誰かが請け負ってくれる。

 そんな淡い希望を老婆は持ち続けているに違いない。

 事実それは間違いないだろうが、そんな変人に出会うより先に老婆自身が壊れてしまうであろうことは容易に想像できた。

 だから――


「無理なんかしちゃいねぇさ、婆さん。これでもちったぁ名前の知れた流れ者だ。頼ってくれていい」


 問題ないとウィルは老婆に告げる。

 その言葉ははったりではなかった。ウィル自身、自分の腕がどの程度かは知っている。路傍の盗賊程度では遅れを取る可能性は、ゼロに等しい。


「でもあんたひとりじゃあ……」


 しかし老婆にとってみれば、ウィルは孫にも等しい年代である。自身が望んだ依頼とはいえ、気が引けているであろうことは、ウィルにも理解できた。


 ウィルにしてみれば、老婆の報酬に目がくらんだ訳ではなく、良かれと思い手を差し伸べただけだが、こうなってしまっては老婆が首を縦に振るのは難しいように思えた。


 老婆が固辞するのであればそれまでではあるのだが、ここでウィルが引けば、老婆は自分が死ぬまで同じ事を繰り返しそうである。

 そうなっては、些かばかり目覚めが悪い。


「何とかなる。だいじょ――」


「じゃ、アタシも協力してやるよ。なら良いだろ?」


 大丈夫だ。そう続けようとしたウィルの言葉を遮るように、自信に満ちあふれた女の声がふたりの耳朶を打った。


 ぬっと、大きな影がウィルと老婆を覆う。

 見上げればそこには、2メートルはあろうかという巨躯に、これまた豊満な乳房があった。


「お前は……」


 日に焼けた褐色の肌を見せつけるように、身につけている衣服は水着もかくやという布きれ一枚。下腹部には自分で短くしたであろうホットパンツが、自慢のヒップをこれでもかとアピールしている。

 そこだけ見れば人間だが、彼女の脚は膝より更に下が逆間接のような形になっていた。人間で言うところの足の根に当たる部分であるが、それが彼女が人間以外の人類種であることを明確に示していた。


「よ、アタシのこと、覚えてたか?」


 ニカっと太陽のような笑みを浮かべる女は、ボサボサの髪を気にするまでもなく、少しツンと上を向いた鼻を指でこすった。


 ――オーク族。


 それは大陸に住まう人類種の内のひとつ。人間以外では最も数の多い人類種で、近しい生物は豚とされているものの、詳しいことまではわかっていない。ただ、人類の進化の過程のどこかで枝分かれした、人類のひとつだった。


「当たり前だ。一年ぶりくらいか」


 ウィルはその知古の女へ小さな笑みを向ける。


「生きていたみたいで何よりだ、カルミラ」


 オーク族の女――カルミラは「当然だろ」と、その大きな胸を張った。

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