第1話 砂漠の街「トゥームストーン」その1
荒野のただ中にあるその街は、宿場町らしく人で溢れていた。
周囲が高い木製の塀で囲われ、街を示す看板も定期的に補修されているのか、街の名前をハッキリと読み取ることができた。
ようこそ、トゥームストーンへ!
カートゥーンな文字が出迎えてくれる。
「やっと着いた……」
青年――ウィル・アントムは酷く疲れた声音で独りごちた。
賞金首の盗賊たちを倒してしばらく。
彼らを倒して欲しいとの依頼を報告するためにトゥームストーンを探して歩き回り、二日かけてようやく辿り着いたのだった。
「まずは仕事の報告をして金を手に入れないとな」
ぐぅ、ぎゅるるるる。
ここ二日ほど休む暇無く空腹を訴え続けている勤勉な自分の胃袋にも、そろそろ休憩を与えてやりたい。
目的地は街の中央にある巨大な建物だ。
街の中ではあちこちから食堂の良い匂いが漂い、無意識に吸い寄せられそうな体を何とか意志の力で押さえ込む。
「よう少年、腹の虫が鳴いているようだが、どうだ? 何か食べていくか? うちは美味いぜぇ?」
人が多いということは、その分、商売人も多い。
歩いているだけで、そこかしこから声をかけられる。
「金が無いから無理だ」
ウィルは断りの常套句でそれらをいなしていく。
身長の低い自分が子供扱いされるのも、金が無いと断るのも慣れたもの。
街中を見れば、人類種の中でも比較的身長の低い〝人間〟だが、ウィルはとりわけ身長が低い。
人混みの中をぬって歩くには適しているが、とうに成人しているというのに子供扱いされるのは、やはりどこか釈然としない。
「っと、ここだな。さっさと換金して飯だ飯」
目指していた建物は、さながら教会のようだった。
高くそそり立つ一本の塔と、それを囲むようにして円形状に宿が建てられている。
宿には大小いくつもの入り口があり、それぞれ大きさが違っている。
これは人類種に合わせたもので、人間以外の人類種が入りやすいように工夫されたものだった。
宿の中は飲食店も兼ねていて、中からは活気溢れる声が外にまで聞こえてくる。
ウィルはその中で〝人間用〟と書かれた入り口のスイングドアを開け、宿へと入った。
「――――――」
刹那、賑やかだった店内が静まりかえる。
先ほどまで騒いでいた男たちは、突然入ってきたウィルへ一斉に視線を集中させた。
余所者を値踏みする視線は、彼らが多少なりとも腕に覚えのある人間である証左でもある。
(……面倒だな、これは)
なまじ実力があるだけに、彼らは自分が下と見た者には容赦が無い。
身長もなく、童顔。ただみすぼらしいだけの人間など、彼らにとっては実力の伴っていないガキとしか写らないであろう。
案の定、沈黙を破るように放たれたのは、
「なんだ小僧。ここはガキの来ていい場所じゃねぇぞ。回れ右してママのとこへでも帰んな」
よく言った! と誰かが言い、店内がどっと沸く。
あちこちから酒のお代わりがコールされ、店員が慌ただしく動き始める。
ニタニタと笑う男達を無視し、ウィルは宿のカウンターへと向かう。
カウンターには三箇所の受付があり、それぞれ飲食の注文や仕事の斡旋などと担当がわかれている。いずれも人間の女性が担当しているが、彼女達は客たちに少し辟易しているようにも見えた。
「お、無視かよ。おーい、姉ちゃん。そいつの相手してやってくれや。ガキから男にしてやってくれや、ははっ!」
男はそう言って、酒を一気に煽って「お代わり!」と店員に気分良くジョッキを渡していた。
ウィルは嘆息混じりに仕事斡旋の受付で、
「悪いな、邪魔をして。ウィル・アントムだ。報酬を受け取りたいんだが」
と言い、ポンチョの中から袋を取り出した。
「はあ、報酬ですか。一体何の?」
「ここから二十キロくらい西に行ったところで盗賊の被害が出ていた。七日前に隣町で仕事を受けて、ここに報告しに来た」
慣れた手つきでウィルは袋から銅製の丸いシンボルを取り出す。
「このコンドルのシンボルが証拠になると思うが……」
「これは、あの盗賊団の――!?」
驚く受付嬢に、内心、奴らが有名で良かったとウィルは胸をなで下ろした。
「本来なら首やら死体やらを持ってきた方がいいんだろうが、五人もいると重くてな。場所なら覚えてるから、確認してくれてもいい」
受付嬢は驚いた様子で、「ちょ、ちょっと待ってください、確認してきます!」と裏へ引っ込むと、慌てた様子ですぐに受付へ戻ってきた。
「お、お待たせしました! 確かに引き受けていただいていました。死体を確認したいところですが」
「二日前だったから、もう残っていないかもしれない。あの辺りは野生動物も多いから、今頃動物たちの胃袋の中かもしれない」
「うーん、白骨でも残っていれば、犬型の人類種で判断できるのですが……うちにも数名いますので、彼らに依頼してみます」
「なら、任せた。しばらくここに居座るつもりだから、満足するまで確認してくれ。ただ」
「ただ……?」
きょとんとする受付嬢に、ウィルは自分の腹に手をやり、
「少しだけ前金を貰えるか? 二日間何も食べてないんだ」
そうだそうだと言わんばかりに、腹の虫が鳴いた。
「くすっ、わかりました。では、少しばかりご用意させていただきます。少しお待ちください」
「ああ」
やっと飯にありつける。
ウィルが安堵したその時だった。
「うるせぇぞ、ババア!」
宿の外から、そんな怒号が飛び込んできたのは。
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