ウエイストランド7 ~荒野の異種族~

阿佐木 れい

プロローグ

 荒野にひとり、男が倒れていた。


 まだ二十歳に差し掛かったかどうかであろうか。

 本来であれば、心身共に一番活気と野心に溢れているであろう年頃の男はしかし、倒れたままピクリとも動かなかった。


 男が身につけているつばの広い帽子とポンチョは砂埃にまみれて土色と化し、ブーツの底の溝に至っては砂粒が入り込んでいる。

 右手で握りしめている袋は、中に何も入っていませんよと言わんばかりにぺしゃんこ。

 帽子から覗くくすんだ金髪の奥には、獲物を待ち伏せる肉食獣の如き眼光があった。


 生気はある。

 しかし男は、誰がどう見ても行き倒れだった。


 ぴゅーろろろ


 空を飛ぶ鳥が、さっさとくたばれと鳴く。


 ぐるるるる……


 鳥の声に誘われるように、獣たちが姿を現す。

 彼らの視線はもちろん、倒れている男である。


 ぐぅ、と男のお腹が鳴く。


「腹減った……」


 漏れた言葉に覇気は無い。

 しかしどこか、慣れたような印象すら受ける。

 まるでいつもそうだと言わんばかりの。


「――いい加減、寝てるのも飽きたな」


 先ほどまで倒れていたとは思えない所作で、男は起き上がる。

 立ち上がると子供と見間違えるほどの小柄な身長だったが、その面は不釣り合いなほどに精悍だった。


 男は左のマガジンストックから漆黒のリボルバーを手に取り、


「あんまり無駄使いしたくねぇけど」


 一発、空に向かって引き金を引いた。

 撃鉄と共に木霊する銃声。

 それは獣を追い払い、空飛ぶ鳥を慌てさせ、


「てめぇ、おっ死んでなかったのかよ」


 そして、招きたかった奴らを呼び寄せるには十分な砲声だった。

 岩陰から現れたのは五人。


 人間、オーク、トカゲ人……人類種と呼ばれる各種族たちの一党だった。

 斧や混紡、はたまた自身の爪など、各々が得意とする獲物を持ち、ニタニタと笑みを浮かべている。


「残り五発、ちょうどいい人数じゃないか」


 男は、童貞と呼ばれても意に介していなかった。むしろ楽しむように笑みを浮かべ、風に飛ばされぬよう帽子を右手で押さえた。

 左手は銃へ。指は引き金へ。

 漆黒のボディに、金の鷹のレリーフが施された銃を手に、男は言う。


「悪いけど、飯代になってくれ」


「この数相手にか? 笑わせてくれるぜ!」


 盗賊が動こうとするその刹那、荒野に銃声が五発、轟いた――。

 

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