第35話 久我山茜 その9
『よっよっ、そこでなにをしてるんだい、青鬼!』
『和実様を追ってたんだよっ、ここの穴から、中に入るのを、見たんだよ、おっ!』
『そうかいそうかいっ、それじゃあ中に入れば、助けられるってことなんだなっ!』
『そういうことだよ赤鬼っ、そういうことだけど、どうするんだい主様っ!』
いきなり話を振られた。びくりと体を震わせていると、赤鬼と青鬼は、二人して、
「ええー」みたいな顔を作り出す。いや、その変なラップみたいな言葉遣い、しないからね?
『ノリが悪いぜ、主様』
『そうそう、そこは乗ってくれないと。主様のお母さんは、やってくれるのに』
「お母さん、あんなことしてるんだね……」
あの人、わたしに見せる顔と周りに見せている顔が違い過ぎる。
どうして、わたしの時はあんなにぴりぴりしているのだろう?
いや、さっきは全然違うお母さんだったけど。
もうばれたのだから、今度からはもっと柔らかくなってくれればいいのだけど――。
「それは、今はいいわよ! それで、和実はここの中に入って行ったのね?」
『入って行ったというよりは、投げ込まれた感じだったね。まるで、ゴミを捨てるみたいにね』
青鬼がそう言う。
ずっと見ていたらしいのだけど、なら、途中で助けてくれればよかったのに……。
わたしがそう言うと、
『オレ単体じゃ、全然、力はないんだよ。主様が力を与えてくれないと』
「ああ、そういえばそうだったね――」
さっきだって、赤鬼に霊力を分けていたし。
青鬼には、霊力を与えてなかったかもしれない。
それなら、仕方ないか。
「この中……」
この中に、和実がいる。
穴を覗いてみれば、深く、暗く、先が見えない。
下が一体どうなっているのか、まったく分からない。
下にクッションになりそうなものがあればいいのだけど、期待はできそうにない。
『安心するんだぜ、いぇい。いざとなったら、オレたちがクッションになってやるからよ』
『そうそう。主様を守るのが、式神の役目なんだからな――』
「二人共……」
感動した。不覚にも、してしまった。
赤鬼、青鬼を、見て、抱きしめる。
二人を自分の胸に押し付け、ぐりぐりと、愛情を表現した。
「ありがとね、二人共」
『うぐぐ、主様、うれしいが、ちょいきつい』
『だ、弾力が……』
二人の声に構わず、わたしは無我夢中で抱きしめる。そして、数十秒後。
「行くよ、二人共」
そう声をかけた。式神二匹は、ぐるぐると目を回していた。
――どうしたんだろう? と心配になってくる。
でも、大丈夫、と示してくるので、大丈夫なのだろうと思って、構わず行動開始。
「――っ、は」
穴に入る。浮遊感を体全身で感じ、着地までは、十秒もしなかった。
およそで五秒ほど――感覚的には、もっと長く感じられた。
がしゃん、と着地したわたしは、怪我という怪我はしなかった。
クッションがあったからだ。
そのクッションがなんだったのかは、上からの目視では分からなかった。
しかし、着地して、あらためて見てみると、すぐになんだったのかが分かる。
――和実だ。
数千と存在している、動かない和実の体だった。
『な、なんじゃこりゃあ!?』
赤鬼が、そう叫ぶ。わたしは、声が出なかった。
『全部、和実嬢ちゃんじゃねえか! ……あいつ、大量生産タイプだったのか――』
式神の二匹は、和実がロボットだと言うことを知っているので、あっさりと、『大量生産』という言葉が出てきたのだろう。頭が、柔らかい。いや、今のわたしが、現実を受け止められず、頭が固くなってしまっているのかもしれないが。
大量生産――和実のナンバーから、それは予想できたものかもしれないけど。
こうして見てみると、ぞっとする。全部が和実。和実ではない体は、ない。
手も足も体も顔も。髪の一本一本、全部一緒。匂いだって、全部。和実のものだった。
ここに、和実――わたしと今まで一緒に過ごしてきた、和実がいる。
『この中から、見つけ出すのか……』
青鬼が、駄目だ、と言いそうな雰囲気を醸し出していた。
状況を分析してみれば、誰だって、無理だと思うだろう。
数千の中から、目的のものを見つけ出す――。
簡単にできることではない。
『あ、でも、ナンバーが彫られているのだったら――』
『それでも、大変は大変だろうがよ』
赤鬼は、青鬼の意見を却下した。
というより、ケチをつけた感じだった。
『だが、まあ、時間はかかるが正確っちゃあ、正確だよな』
いずれは見つかる方法だ。
最初かもしれないし、最後かもしれない。
一発目かもしれないし、千発目かもしれない。
それは、運だ。技術なんて関係ない。ただの運。
わたしは、一歩踏み出した。
『主様……?』
式神二匹が、後ろから声をかけてくる。心配そうな声が、可愛いと思えてしまった。
「大丈夫」
わたしは言う。二人を安心させるように、できるだけ落ち着いた、優しい声で。
「きっと、見つけ出すからね」
そう言って、和実の山に手を伸ばした。
―― ――
覚えているかな? 和実。
初めて出会った時のことを。
入学式の日、わたしは片っ端から、クラスのみんなに声をかけた。
あいさつをして、自己紹介をして、とりあえずの笑顔で、みんなに向かって行ったのだ。
そしたらみんなの方も、無理して作った笑いをして、わたしに合わせてきた。
なんだか、仮面を被っているみたいで、不気味だったとその時は思った。
今はもう、みんな良い人だって分かっているし、打ち解けているから大丈夫だけど、当時は恐かった。みんな、ある意味では嘘をついている。
仲良くしようねー、とか言っているけど、心の底では、わたしのことを気持ち悪いとか、なんだこいつ、とか。思っているんじゃないかって、恐かった。
でも、和実だけは違かったよね……。
わたしが声をかけたら、まるで教科書通りとでも言うように、感情のない声と表情で、淡々とやるべきことをこなしていた、そんな感じだった。
わたしには、そう見えたんだよ。
その時の和実は、なにも偽っていなくて、仮面なんて被っていなかった。
クラスの中で唯一、真実を語っていた。
和実――和実はね、誰よりも感情を表に出していたんだよ?
無感情なんて、そんなことないよ。和実は和実。そこに間違いなんてないんだから――。
だから、分かるよ。
どこいるかなんて、分かるよ。
笑っているんでしょう?
喜んでくれているんでしょう?
――和実。
「和実」
「――茜」
和実の山の中、伸ばす手があった。
それを掴んで引っ張り上げる。――和実だった。
わたしとずっと一緒だった、和実だった。
「見ーつけた」
「…………ふ、ふふふっ」
和実は、笑った。今までにないくらい、笑顔で。今までにないような声を上げて。
楽しそうに、楽しそうに。そして、わたしの胸に飛び込んできた。
そんな和実をぎゅっと抱きしめる。もう離さないと、言うことはせずに。態度で示す。
もう離さない――絶対に。
それから、自分の顎をわたしの肩に乗せる和実は、耳元で、囁くようにして、言った。
「――見つかっちゃった」
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