第23話 菅原和実 その2

「そう言えば――」

 考える振りをする先輩。いや、本当に分かっていないから、実際に考えているのか。


「少し席をはずす、としか言っていなかったね。

 でも、予想はつく。樹理が出かけるところってのは、霊界くらいだしね」


「ビンゴ」

 ばきゅーん、と指で拳銃の形を作り、先輩を撃ってみた。振りだけど。


「そして、恐らく今は、大ピンチなのではないでしょうか。

 予定通りなら、今は彼女――ゴーストバスターに襲われていることでしょうしね」


「ふーん」

「あれ? 案外、冷静なんですね、先輩」


「焦っても仕方ないしね」

「撤回します。冷たいんですね、先輩」


「君に言われたくないね。人間ではないのだろう? あれだね、君は、ロボットなのだろう?」


 あっさりと見破られた事実。しかし、最初の予定では、もう既にばれているものだと思っていたので、特に、感じることはなかった。とにかく、一応は、聞いておく。


「…………力を、使ったんですか?」

 先輩は、うん、と頷く。

「暴走に怯えて、使わないんじゃないですか?」


「怯えている、か。心外だけど、まあ、確かにそうだね」

 先輩は、一呼吸。


「確かに、暴走は恐いけど、ここなら安心して、使える。

 まあ、全部を大胆に使えるほどではないけど、世界を見渡すことくらいはできるものだし。

 君一人に絞れば、情報を漁ることくらいはできるしね。神様ってのは、万能なんだよ」


 威張るように言う先輩。それよりも、気になることがあった。


「ここでなら……?」

「それは、プライバシーに関わるから言えないね」


 ちっ。ワタシは、舌打ちをした。


 これには、自分でもびっくりした。舌打ち――つまりは怒りだ。

 茜に抱く優しい、無感情に近い怒りとはまた違う。感情と言えるものに近い、怒りだ。


「珍しいね。無感情が売りの和実ちゃん」

「うるさいですね。馬鹿にしてますか?」


「なら、親切に、こう言った方がいいのかな?」

 にやにや、先輩は笑う。

 たとえ感情があったとしても、ワタシにはできないだろう笑い方をして、言う。



「――試作初号機、typeB、

 version2.27――『No.753(なごみ)』ちゃん」



 最後に、人間っぽく、『ちゃん』と、おまけをつけられた。

 なるほど――全て、手の平の上、というわけか。


「…………」

 いい感じにエンジンがかかってきたのか、先輩の口は、よく動く。

 反対に、ワタシの口は、なにかがつっかえてしまったかのように、動かなかった。


「君を作ったのは――『ドロップ・カンパニー』か。有名では、ないよねえ」


 宙に、くるくると、指で円を描く先輩。

 ワタシの情報を引き出しているようだ。ワタシだけではなく、ワタシが生まれた、場所まで。


「最近では、オカルトにも手を出しているとか――」


「そこまでです、先輩。いえ――堕神」

「それ、別に名称じゃないんだけどね」


「なんでもいいですよ。コードネームとでも思っていてください」


 それから、先輩の返しの言葉を待たずに、ワタシは続ける。


「ワタシの家のことを探られると、困ります。そろそろ控えていただきたいですね」


「そうかい――」

 先輩のにやにや顔は、不動だった。

 変わらずそこに、存在し続けている。

「ところで、質問――君は、なんのために作られたのだろうね?」


「決まっています」


 決まっている。そう、決まっている。

 最初から最後まで一貫して、揺るがないメインテーマなのだった。


「あなたを、捕まえるためですよ」


「ふうん」

 力を使ったのならば、もう知っているくせに……。

 しかし、先輩は、そうなんだ、とでも言いたそうな、初見の顔をした。


「――嫌な人生だ」


「あなたが言いますか。ずっと、孤独だったあなたが」


「別に、嫌ではなかったしね。途中から樹理もいたし」

「ワタシもですよ。嫌ではない」


 そうか……、と先輩は頷いた。


「君が幸せなら、それでいいのだけどね」


「なにか、言いたそうですね」

「目的を達成すれば、君はどうなるんだい?」


「それは――」

 それは、どうなるのだろうか。


 先輩を欺くために、人の振りをした。人を学んだ。ない感情――つけられない感情を、自己的に構築するために、高校に通った。

 それには、目的がここにあったという要素もちょうど重なって、とのこともあったが。


 感情の構築は、言ってしまえば、おまけ程度にしか過ぎなかった。

 最悪、なかったところで、問題はない。

(多少の難はあったかもしれないが、それならそれで、対策はあったようだし)


 先輩の近くに、最強――とまでは言い過ぎか。

 言っても、二位。そんな幽霊である葉宮樹理がいた。


 彼女がいたせいで、先輩には、近づけることはできても、しかし、捕まえることはできなかった。だからこその、作戦。

 こうして葉宮樹理を部室から引き剥がし、ワタシと先輩、二人きりにする。

 一年もかけた作戦が、今、叶う時だった。


 しかし――叶えば、ワタシは、どうなるのだろう?


 用済みだ。いらない子になる。

 廃棄――されるのだろうか? それはない、とは言い切れない。


 使い道などないだろう。あったとしても、この高校に通う必要はなくなる。


 それは――――それは、それは、それは。


「――あ、」


 ワタシは、きっと、家に戻される。

 あの人の隣に置かれることだろう。他にも、ワタシのようなものがあるとしても、ワタシだけが自由になれることはない。自由じゃない――不自由。

 拘束されている生活。その生活が意味していることを、ワタシは、知ってしまう。


「茜……。茜に、会えない――の?」


「…………」

「会えない、あの子に、会えない……嫌、嫌よ、いやいやいやイヤっっ!」


「落ち着きなよ」

「落ち着けるわけないでしょう!」


 ワタシは、声を荒げた。――荒げ、た?


 手を動かし、顔の皮膚を触ってみる。撫で回し、形を確認する。

 ――歪んでいる。崩れている。綺麗でも汚くもなく、恐らくは万人受けするだろう意図を含んで作られた顔が、揺らいでいた。

 使わないだろう筋肉を動かして作り出された表情に、プログラムの方も、戸惑っているらしい。困惑が脳を埋め尽くしていた。


「感情がないなんて言葉は――撤回するよ。君は、きちんとした人間じゃないか」

「人間……」


「そうだよ。一人の人間のために、そこまで感情を作れる。立派な、人間じゃないか。

 茜が見たら、喜ぶだろうね」


 先輩の言葉と同時に、茜の顔が思い浮かぶ。


 まだ、決まったわけじゃない。あの人のことだから、ワタシには、まだ学校に通っていいよ、と言うかもしれない。限りなく小さい希望でも、希望は希望だ。捨てたものではない。


 でも――別れることになったら、ワタシは、壊れてしまうだろう。


 けれど、ロボット。

 人間扱いはされずに、そのままゴミ箱に捨てられる。


 そんな存在。それが、ワタシなのだった。


「ここで提案だ」


 先輩が、指を一本立てて、言う。


「僕だって、捕まりたくはないからね。それに、争いたくもない。

 目的を達成させてしまえば、君は茜には会えなくなってしまうかもしれない。

 だったら――引いてくれないかな、和実」


「ワタシが、命令に逆らえると思っているんですか?」


 たとえばの話。


「マウスが言うことを聞かない。そんなパソコンがあると思いますか?」


「思うね」

 先輩は言う。これまた、テキトーだろう。

「君なら、可能性はあるよ」


 茜のおかげで構築されていた、感情。

 それは意外にも、ワタシのプログラムさえも覆すようなものだったらしい。


 今のワタシなら、逆らえる。命令に逆らうことができる。かもしれない、の可能性だ。

 できない、の問題は解決できた。しかし――やる、か、どうか。


 それが問題だった。


「生みの親を、裏切れと?」

「友達を、裏切ると?」


 目が合う。逸らせない。



 なんて人だ――ああ、なんて選択を選ばせる人なんだ、この人はっ!!

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