ツタの家

春眠ねむる

ツタの家

 これは、私がまだ小学校低学年のころに体験した話だ。

 

 

 人口七万人ほどの都市、それが私の住む世界だった。遊園地もなければ動物園もない、遊ぶ場所といえば小さな公園か隣の市と隔てるように流れる川ぐらいで、幼い頃は友人らと集まり川で水遊びをしたり公園で鬼ごっこをしたりした記憶が今も微かに脳裏に残っている。

 そんな幼少期、一時期ではあるが友人らとハマっていたことがあった。


 それは、探検だ。友人のうちの一人、サッカーが好きだったから仮にツバサと書くが、ツバサの家の近所にある畑横の小道があったのだが小道は川への道に繋がっていて、川で遊ぶ際の近道に使っていたのだが、その小道横に一軒の家があった。人が住んでいない、外壁に蔦が巻きついた廃墟。私達はその家をツタの家、と呼んでいて、ツタの家は子供の好奇心を刺激するにはぴったりだった。

 

「ツタの家に入ってみよう」


 それを最初に言ったのがツバサだったのか、それとも別の誰かだったかは記憶にない。ただその言葉に私達は賛同した。川遊びも公園も飽き飽きしていて、人の住んでいない家に入る、という親にバレたらきっと怒られるであろうそれが、ひどく魅力的だったのだ。


 決行日、学校終わりに集まったのは男女数名。ツバサと、ツバサの友人のサトシ。私と私の友人だったキヨちゃんの四人は覚えているのだが他に居たのか四人だけだったのかは定かではない。あの日は確かよく晴れた夏の日だった。


「どうやって入るの? ツタの家、崖下じゃん。危なくない?」

「いけるって、この前ちょっと降りてみたけど普通に階段三段か四段だから危なくないよ」

 ツバサの家の前に集まった私達、私の言葉にツバサは笑ってそう言った。小道から少し降りたところに家はあったのだが階段などはなく子供からすれば崖の下、入るといえどやはり怖かったのだ。が、そんな私を笑うツバサに私も安心して頷く。もちろん、両親には秘密だった。

「私、懐中電灯持ってきた!」

「俺はインスタントカメラ!」

「キヨちゃんもサトシも準備完璧じゃん。私お菓子と絆創膏……」

 それぞれ荷物の入ったカバンを見せ合いながら歩いて小道へと向かう。冒険みたいでワクワクしたし楽しかった。ツバサの家から小道までは歩いて五分も掛からなくて、畑が無人なことを確認してからツタの家のあるところまで足早に向かう、もし見られたら怒られてしまうと思ったから。


「えー、ほんとに降りれる?」

「私、ちょっと怖い」

「余裕余裕、こううまいこと、飛べば、いける!」

 階段三段か四段分とはいえやはり私やキヨちゃんからしたら結構なもので、目の前にするとやはり足が竦む。そんな私達を他所にツバサはそう言ってひょいと飛び降りてしまった。サトシもツバサを追うように飛び降り、下で私達を見上げる。ちょうど家の玄関部分だっただろうか。

「行こう」

「え、キヨちゃん待っ、もうー!」

 キヨちゃんが私の手を引くようにしてそのまま飛び降りた。突然のことで足がもつれそうになったが幸い怪我なく下に降りることができて、そんな私を男子二人が笑う。


「ほら、ここちょっと開いてるんだよ。俺らなら通れるだろ」

 ツバサが扉を指さす。確かに玄関扉に鍵はされてなくて、隙間の空いた扉は子供ならば通り抜けれそうなものだった。ツバサを先頭にサトシ、私、キヨちゃんの順番で扉の隙間を潜る。今でも覚えている、埃と土の匂い。


 家の中は、荒れていた。屋根の一部が抜けていて雨ざらしになった家内は床板は腐っていたし冷蔵庫などの電化製品はなかった。家主は引っ越してそのまま家が放置された、というところだろうか。ツバサとサトシは奥へ奥へと行ってしまうから私とキヨちゃんはその背を追って家の中を歩く。一階建ての小さな家はそれほど広くもなく、特に面白みもなかった。

「なんか、思ったより普通」

「うん、なんかもっとあるのかと思ったよな」

「確かに。なんにもないね」

 私以外の三人が口々にそう言う。外から見れば魅力的だったのに入ってしまえばなんてことはない、私達はがっかりしていた。

「帰ってゲームでもするか」

 ツバサの言葉に私達は頷いた。もうツタの家への興味は失せていた。ツバサを先頭に玄関へと戻る、この時のことを私は今でも覚えてる。はっきりと、私以外が覚えているのか私以外気づいたのかは分からない。三人とももう疎遠になってしまっていて聞くこともできない。


 視線を感じた。確かに、それは誰かの視線だった。玄関扉へと向かう私達の背後、部屋の奥から何かが私達を見ていた気がした。ただ、振り返って確かめる勇気は私にはなかった。そのまま扉の隙間を擦り抜け、私達はツバサの家に戻って、もう二度とツタの家に入ることも、話題にすることもなかった。


 なぜ、今更こんなことを思い出して書いているのかというと、夢を見たからだ。幼少期の夢、みんなであの家に入る夢。

「帰ってゲームでもするか」

 ツバサの言葉もあの時と同じだ。同じだけど、そのツバサの声と重なるみたいに声が聞こえる。

 待って、帰らないで、と。女の人の声なことに間違いない。私の声でもキヨちゃんの声でもない。誰かの声。いつもそこで目を覚ますのだが、同じ夢を私は何度も見ている。誰かの声がして、視線を感じて、でも振り返らずに家を出る。

 でも、振り返りたくなる。振り返ったらどうなるのか、そんなことを思ってしまう。もし、振り返ったら。



 あのツタの家は、とうの昔に取り壊されて無くなってしまった。

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