~転生後 クラリス③~

 優秀な腕=ヤスシを得たクラリスは、計画の具体化を加速させる事に成功する。


「料理人はアーキモト家のお力で腕が確かな元シェフを確保させて頂きましたが……、メニューは如何致しましょうか?」


 ヤスシがクラリスの命を受け手配したのは、現役を引退していた初老の料理人であった。腕は確かで名のある商家などを渡り歩いていたが、堅実で寡黙、華やかさに欠ける部分もあり貴族の受けさほど良くなかった。


「おりょうりはしょーばいのいちぶ、なのでちっ!」


「……なるほど。料理人はあくまで料理のプロであって、ビジネスのプロではないという事ですね。料理ありきではなく、立地・客層を考え、それに合った価格と味を設定するべきであると。」


 客の目を引く華やか料理、味で押していく料理ではなく、予算や要望に応じたメニュー対応が出来る人材、というのがクラリスの要望であり、その点でこの料理人は適任であった。そして、孫程の年齢であるクラリスの要望=我が侭を聞いてしまう程度にょぅ――子供好きであるというところもまた重要な資質である。


「出店場所はおおよそ決まっておりますが……、店舗の規模・内装などはどのように致しましょうか?」


「それもしょーばいをべーすにきめる、でち!しょばだいとどのくらいおかねをおとさせるかをみくらべるでち!」


「……なるほど。つまり家賃と目指すべき売上、客単価、満席率、回転率などを見比べて適切な規模を設定する、という事ですね。」


 ヤスシは助言に従って、コンセプトからビジネス規模を概算し、それに見合った場所を確保する。居抜きで費用を抑える事も考えたが、クラリスの要望に応えるには相応の自由度・改装が必要となると判断し新設を選択する。


「ちかくはくるくる、まんなかでつるまちぇ、いすわるのはおくにおしこむでちゅ!」


「……なるほど。厨房近くカウンターは高回転率の一人客エリア、奥に集団用宴席を設け、間は小グループ向けテーブルを配置するという事ですね。」


 入口が見える位置にカウンターを配置し、全体把握と客の動線制御をし易くすることで、効率的なオペレーションと回転率の向上が見込める形である。


「みせのおかおは、おなかといっしょがよいでち!」


「……なるほど。外観は提供するサービスを的確に示している必要がある、という事ですね。」


ファサードは店の顔であり、お客はまず外観で入るかを判断する。従って提供するサービス内容を適切に提示することがミスマッチを防ぎ、客の誘引を促進することとなる。そこで示すべき情報は商品・価格・店内環境といったものとなる。

 居抜きの方が安く上がるが、クラリスの要求に応える為にかかる改装費用などを考慮すると新規に建てる方が早いと判断したヤスシは手早く手配を済ませる。


「さいしょのおりょーりはむりょーでよいのでちゅ!そるとらっぷなのでちゅ!」


「……なるほど。塩味が効いた味付けの濃いお通しを提供しドリンクの注文をただす、という事ですね。返報性を考えればそれは無料でも問題ないと。」


「だきあわせのおりょーりはゆっくりねらいをすますのがいいでちっ!」、


「……なるほど。料理との組み合わせ販売で安くしつつ、ドリンクが無くなるタイミングを見計らう事で2杯目を誘引する、という事ですね。」


 調理に時間が掛かるであろう、と推測されるようなものと敢えて組み合わせる、或いはそれを示唆する煽り――事前情報を与える事で不満を緩和させる事も併せて検討する。


「ふたつめのあめはいっこめよりはおいちくないのでちっ!」


「……なるほど。効能というのは徐々に低減していくので、それに見合うコストもまた然りと。1杯目を高く、2杯目以降は徐々に安くしていくことで最大限の消費を促す効果が見込めるという事ですね。オペレーションは中々難しいですが、相応の人材を集めればできなくは無さそうですね。」


「かさましで、てまをはぶくのもありでちっ!」


「……なるほど。量を増やすのは一見お得に見えますが、原価の増加分はたかが知れているので、手間、つまり人件費を省く効果の方が大きいと。」


 所謂「メガジョッキ」というやり口も示唆するクラリス。ヤスシはそういった助言を一つ一つ消化しつつ、自らのアイディアを加えながらメニューを決定していった。


「おりょーりじゃなくてぐるーぷにあわせるでちっ!」


「……なるほど。同じ料理まとめて作るのではなく、卓毎に作るのが回転効率的に考えてもベターである、という事ですね。」


「おきゃくにえんたびゅーするでちっ!えらんだりゆーがみずからをしばるでちっ!」


「……なるほど。選ばれた理由を聞き、言葉に出させる事で客自身を縛る、という事ですね。」


来店客に「どうしてウチの店に来てくれたのですか?」という質問をして言葉にさせる事で、コミットメント・一貫性によりリピーター客を獲得し易くなる。また、同時に改善点などを吸い上げ店舗・メニュー改善へと繋げれば参画意識も得られて更に効果が増す事になる。


「うりあげ、こすう、りえきでめぬーをねりなおすでちっ!」


「……なるほど。分析を通じてより利益のでるプライシングや商品開発・統廃合、プロモーションや在庫管理を行う、という事ですね。」


クラリスは基本的には自ら商品考案するのではなく、アイディア・観点とともにABC分析といったようなビジネスツールなどをヤスシへと伝授していった。そして、ヤスシから他の学生・スタッフたち伝播していき、自走可能な組織となる事を期待していた。その目論見は見事成功し、優秀な学生がビジネスを学ぶことで更に成長、それを見初めた商工関係者がこぞって採用に走る。評判が評判を呼ぶ構図が出来上がった事で、アーキモト家の新商売は大きな成功を収める事となった。

ヤスシも卒業を迎えるにあたり多数のオファーを受けていたが、全てを断りクラリス専属の秘書となる事を選んだ。

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