転生後 クラリス

~転生後 クラリス①~

 彼女――クラリス・アーキモトには最初で最大の危機が訪れていた。前世の記憶をもってしても容易には克服し得ない、そんな難関である。


「よもやこんな事が起こりうるとは……。予想外の事態です。」


 成人を迎え幾年。齢を重ねてきた自分が年端もいかない年齢に逆戻りし、しかもその年月の重みを感じながら行動しなければならない事態に陥るとは。そう思いつつも、生きていくためには今置かれている環境への適応が必須。これは適者生存という世の理に照らし合わせても避けられぬ道と言えるだろう。そう自分に言い聞かせ、彼女は決断する。だが、それにはどうしても自己暗示が必要。私は幼女、幼女、よう女、ようじょ、ょぅι゛ょ……。ういーん、ういーん。


「おにいたま。わたち、おといれいきたいの……。」


 無邪気な幼女に初めて芽生えた、『恥じらい』とともに告げられたその言葉に、兄は萌えというものを時代に先駆けて学び、それを家族と共有する事になるのだが、それは本編とは一切かかわりのない歴史の転換点のため割愛する。


「僕はその時新たな時代の幕開けを告げる運命のノック音を聞いたんだ……。」


 当時を思い起こしながら、後に兄はそう述懐したとか、しないとか。


 こうして、危機とともに自覚された『クラリス』の今世であったが、その境遇は比較的恵まれていると言えるものであった。知らずにいれば躊躇いなくできたであろう行動に、強靭な精神力と暗示が必要となる事を除けば。

 クラリスの生家である『アーキモト』家は大陸西部に位置する大王国において大きな影響力を有する大商家の一つである。そして、その地位と財力は前世の知識という武器を手にする事で、更なる発展を遂げる事となる。優しい父母、兄弟たちに囲まれて何不自由もなく暮らせていることもあり、『強くてニューゲーム』に相応しい待遇と言えるだろう。

 そんな恵まれた彼女は、最も厄介な敵である『羞恥心』を打倒すべく様々なアイディアを比較検討した末、『キャラ付け』という手法へと行きつくこととなる。自分とは違う他者へとなりきり、それを『演じる』ことにより、こみ上げる恥じらいを和らげるという作戦である。そして、その『自分』に以前の自分とは大きく異なった『自分』を選ぶ事で狙った効果を高めようというようとした。その結果――。


「これはうれるの、です!わたちはてんちゃいなので、まちがいありまちぇん!」


 尊大な幼女という、これもまた時代を先取りした属性を獲得するに至った。ただ、実際には若干の躊躇いが残っており、かつそれは家族に悟られているという、本人が知ったら悶絶し、穴に入って出てこなくなるのではないというのが現実であった。

無理に歳相応に振る舞っているその姿がとても健気で可愛らしい――。そして、その姿を見て皆『萌えて』いるため、敢えて本人に告げる事はしない。というのがクラリスを除いたアーキモト家全員の総意である。

 そして、同時にその秘められ、隠された知性が本物であることもまた、家族全員が知るところとなっていた。最初は『萌え』のためにクラリスの我が侭を叶える形で奇抜な開発品をリリースしていたが、それが実際に効力を発揮し、また売れる商品であることを知ると、積極的に彼女の意見を取り入れるようになった。『萌えを愉しむ』というのも重要な要素のため、そこが削がれない範囲での引き出し方であり続けはしたが。

 こうして、商品の充実と精神的な潤いを得たアーキモト家は次々のヒット製品を生み出していき、大王国での地位を盤石なものとしていったのである。

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