~転生後 ジル⑦~

 ……やられたっ!

 地獄行きを賭けて推理するくらいに濃密な10分間?が戦闘開始から経った頃、大きくしなる尻尾の軌道を読み切れず躱すのに失敗した僕は、勢いよく祭壇へと叩きつけられた。生物とは思えない強度と硬さ――鉄パイプでフルスイングをされたかのような衝撃を受け、激痛とともに息が止まりそうになる。補助魔法が無ければ即死だった!

 

「ぐっ、がっぁ!け、剣がっ……!」


 全身と同時に魔剣も砕かれていた。全身がボロボロになっているのに加え、ガスさんから譲れて以来生死を共にしてきた相棒も失った僕は、絶望に押しつぶされそうになる。

……ま、まだだ。まだ他の皆もいる!な、何か手は……!?

 重たい体を引きずりながら、砂塵ほどの希望でも見逃すまいと周囲を探ると、祭壇へと半分ほど埋没している刀身が目に入った。


「ど、どうにかこれで……!」


 激痛に耐えながらどうにか柄へと縋り付き、引き抜こうとするがびくともしない。それでも手放さずに力を入れ続ける。


「頼むっ!力を貸してくれ……っ!」


「ほうっ。中々面白い事になっているようじゃな。」


 戦場に似つかない幼い声に驚きを覚えたと同時に周囲の気配、自分の感覚が無くなっていく。視線を声の方へと寄せると、そこには宙に浮かぶ一人の幼女の姿があった。巫女のような装束の後ろで風もないのに長い黒髪がなびいている。感覚が無い中でも感じられる異様な雰囲気、あり敷いて言えばあのぬいぐるみもどきにも似た……?


「ふむ。そなたは転生者じゃな?儂はこの剣――聖剣の精霊?妖精さん?みたいなものじゃ。

噴飯ものではあるが、ぬいぐるみもどきと同類というのも間違っておらん。一言では言い表せない深い理由があってこの役を押し付け――、いや、引き受けた”神”じゃよ。」


 どうやら本当にぬいぐるみもどきと同種のもの、という事のようだ。とすると、この空間は……。


「安心せい。そなたはまだ死んじゃおらんよ。儂の力で時間を止めているだけじゃ。まあ、このままだとあ奴のもとにとんぼ返りするのも時間の問題じゃろうが。

 さて、先ほど言った通り、今の儂はこの剣の妖精さん、使い手を選ぶ権限を持っておる。」


「ならっ!僕に力を貸してくれっ!このままだと皆がっ!」


 どうやら、この幼女に認められれば剣を引き抜く事が可能となる、というシステムのようだ。聖剣に精霊や神が宿る、使い手を選ぶ、というのはよくある演出だ。自分が勇者だとは思えないが、これは折角得られた交渉の機会。これを逃せば全滅は免れないだろう。一時でもいいので、力を貸して貰えるよう説得しなくては!


「そうじゃな。自覚しているようじゃが、そなたは勇者という器では無いな。そこまでの才能も感じられんし……、娘子を大量にはべらせているのもけしからん。リア充爆発しろ!という奴じゃ。まあ、別に望んでという訳でもないようじゃがな。普通なら手助けをしてやろうとは思わんの。じゃが……。」


 酷評され、絶望に沈みかけたところで、声のトーンが変化する。


「こんなところでリタイヤ、というのは流石に面白みに欠けるかの。まだ始まっておらんし。

 仕方ないのう。幸薄そうな奴じゃが、暇つぶしに演出を手伝ってやるとしようかの。」


 この際暇つぶしだろうと、演出だろうと構わない。生き残るためには彼女の力が必要。だから……!


「よかろう。では儂を抜いて使うがよい。こういっては何じゃが、儂はチート武器じゃからの。あの程度の魔物なら、そなたでも十分対抗可能じゃ。それと、安心せい。今回だけ、何てケチな事は言わん。暫くの間は、他の転生者たちとの差を縮めてゲームバランスを保つ手伝いをしてやろう。」


 そこで急に感覚が復活する。同時に復帰した痛みに耐えながら、再度柄に手を添え、そのまま宙へと掲げる!


「抜け、たっ!!」


 今度はほぼ抵抗ないままに、秘されていた刀身が姿を現し、輝きを放つ。照明が設置されていたとはいえ薄暗かった地下が眩いばかりの光で満たされる。それと同時に全身を蝕んでいた痛みが消え、活力が溢れ出てきた。


「これも定番の演出という奴じゃな。やはり、主役には相応しい登場の仕方があるものじゃ。」


 ……これならば!

 厨二病を患ったかのような高揚感を覚えつつ、手にした聖剣の切っ先をキマイラへと向けて構える。今の自分ならば、かつて夢見ていた英雄――勇者にもなれるだろうか?


「ジル(さん)!」


 吹き飛ばされた時と同じように皆の声、今度は安堵と不安の混じった声があがる。それと同時に、キマイラのヘイトもこちらに集まったようで、3つの頭とともに強烈な敵意と殺気が向けられた。ただ、直ぐには襲いかかって来ず、警戒しているようだ。


「ふむ。あ奴とは昔さんざん遊んでやったからの。あの生意気な魔道士に付き合ってやって。」


 とはいえ、睨み合いも長くは続かず、キマイラは鮮烈な咆哮をあげると、竜の口から黒紫のガスを吐き出して、僕へ浴びせてきた。


「……毒か!」


「安心せい。武器だけれどもステータス異常耐性もばっちりじゃ。至れり尽くせりじゃろ?」


 聖剣から漏れ出ずる光の粒子に触れると、黒紫は僕へとたどり着く事なく色を失い霧散して消えていく。その様子に苛立ちを募らせたキマイラは、再度咆哮をあげ、今度は自ら襲いかかったきた。


「気にせず振るうがよい。今じゃ!」


 無心で刀身を振りおろすと、直接触れていない部分にも刃が届き、魔剣の時とは比べものにならない程手応えが感じられなかったが、いともあっさりキマイラの皮膚を切り裂いた!

 戦いが始まって初めてつけられた傷に数刻の間茫然自失の体をしていたキマイラだったが、直ぐに憎悪が勝ったのか、更に凶悪な顔へと変貌を遂げ、僕を睨みつける。


「……!」


 山羊の顔が何事かを叫ぶと同時に、僕に対して不可視の衝撃が放たれた!だが、それも……。


「”闇気弾”、という奴じゃな。この程度ではそよ風のようなもの。」


 聖剣の幼女が言う通り、光に触れた途端にその勢いは削がれ、鎧の表面をなぞるだけで霧散して消える。大方の攻撃は光に阻まれると踏んだ僕は、再度聖剣を上段に構え、そのままキマイラへと突っ込んだ。迎撃のため振るわれた尻尾を青い人型ロボットばりのスライディングで躱し、低い位置でお返しとばかりに聖剣を横なぎにする。


「どうだ!!」


 脚を切り裂かれたキマイラが体勢を崩して膝をつく。これは好機……!


「皆!畳みかけるぞ!」


 僕の声を聞くまでもなく、ベテラン冒険者である皆は千載一遇のチャンスを逃すまいと各人持てる最大威力の攻撃をキマイラへとぶつける。


「くらうのですよ!」

「こ、これならどうですか!」


 動きを止めたキマイラに対して、クロエの全力ドラゴンブレス、エヴリーヌの雷光が放たれる。脚を動かし避けようとするも聖剣によりつけられた傷が深く、思うように動けないキマイラはそれらの直撃をうけ、苦悶の声をあげる。


「これで外したら、エルフの名折れね!」


 そこへ、セリーヌが放った矢がすかさず飛来し、山羊の頭蓋を貫いた!残った2つの頭は苦悶の声をあげ、のたうち回る。僕は聖剣を大上段に構え、駆け出した。キマイラは苦悶の声をあげながらも迎撃せんと体勢を整えようとしたが……。


「させません!」

「……させない!」


 そこへすかさず殺到したステファニーの細剣とリリアーヌの拳によって、残る2つの頭も潰され、キマイラは棒立ちとなる。隙だらけとなったところに、僕は力一杯に聖剣を振り下ろした。


「……ふむ。まあ、凡庸な使い手ではこんなもんかの?この程度では、この先勝ち残れんじゃろうが……。まあ、儂が鍛え直してやるかの?」


 胴体を半ば両断されたキマイラは、苦悶の顔に僕と聖剣への怨嗟を浮かべつつ、長きに渡ったその生に終止符を打つ事となった。

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