~転生後 ジル④~

『長らくお世話になりました。街に出て冒険者になりたいと思いますので、探さないで下さい。

頂いたご恩を、いずれお返しできるよう努力します。』

 そんな感じの置手紙を残し、僕は村を後にした。

 父母や兄弟たちは字が読めないだろうから、恐らく村長さんにそのまま見せられる事となるだろう。その前提で感謝の言葉を連ねておいた。

 陽が昇る前に村を出た僕は、森に隠しておいた道具類を回収すると、そのまま街の方向へと歩を進めた。

 村への数少ない訪問者(徴税官、等)の出入りを注意深く観察し、他情報と合わせて街の方向や距離はおおよそ把握できていたため、食糧調達など、かなり苦労はしたものの、どうにか街まで辿り着く事に成功した。そこまでは順調だったのだが……。


「登録できない、ですか?」


「帝国の方針もあり、開拓のため人手不足ではあるものの、まともな武器も持たない年少者をギルドの冒険者として認めるのはちょっと……。ごめんなさいね。」


 冒険者ギルドも無事発見し、意気揚々と冒険者としての最初の一歩を踏み出そうとしたのだが、装備・年齢的なところで待ったが掛かった。

確かに、まともに活動できそうも無い人間をギルド員として、直ぐに問題(本人の死亡含め)を起こされては困る、というのは理解できるが……。


「そこをどうにかできませんか?

先急いで魔物退治だとかの依頼を受けたりはしません。無理のない範囲で仕事をこなすようにします。

 読み書きも出来ますし、それでも、どうにかやっていける、いや、してみますので!」


「そういわれましてもね……。」


 食い下がる僕に、困惑した顔を見せる受付のお姉さん。

無理を言って困らせている事は自覚しているが、僕としてもここまで来て引き下がる訳にもいかない。

 僕とお姉さんの押し問答が暫しの間続いたところに、ベテラン冒険者の仲裁が入った。

 幅広の使い込まれた大剣を背負った、30前後位と思しき男性。がっちりとした体格の持ち主で、装備からすると戦士だろうと思われる。強面顔だが、目は優しく笑っている。


「おう、どうした?何かトラブルか?」


「……ええ、実は――。」


 事情を一通り聞き終えたその人は、数秒黙って思案を巡らせたあと、僕に対して笑いかけてきた。


「ふむ。坊主?無理言って受付を困らせるのは宜しく無いな!

 だが、お前さんの事情も分かる。おめおめと村へ帰りたくも無いだろうし、冒険者になれないとなると、街で生活するのも厳しかろう。変に身を崩されるのも寝覚めが悪い。」


「譲ちゃん。とりあえず、坊主が独り立ちできるまでサポートする人間がいれば、登録は構わないだろう?

 こうして係ったのも何かの縁だ。俺がひと肌脱いでやろう!」


「……ええ!!ありがとうございます!

 Bランクであるガスさん達に面倒を見て頂けるのであれば、私たちとしても安心できます。」


 ベテラン冒険者=ガスさんの提案に、笑顔を向け乗っかる受付のお姉さん。

僕としても渡りに船、乏しい冒険者としての心得などを学ぶ機会が得られた形。この機会を逃さずとばかり、大きな声で被せる。


「是非、お願いしますっ!!!」


 こうして、どうにか冒険者としての第一歩を踏み出す事に成功した僕は、ガスさんとその仲間たちに引き連れられて、最初の冒険へと繰り出す事となった。

 

受付のお姉さんの言葉の中に『ランク』とものが出てきたが、この世界の冒険者はギルドにより格付けが為されている。まあ、冒険もののRPG等でよくある設定だ。冒険者の技量と依頼の難度とを上手くマッチングさせるための仕掛けだと言える。『上を目指す』という観点で、モチベーションを高める効果も狙っているかもしれないが。

 ランクはEから始まり、D、Cと上がっていき、最上位はAとされている。一応、Sというランクも存在するようだが、それは余程の功績を挙げた、一部の英雄たちに付与される名誉的な意味合いが強く、実質的な能力としてはAランクに準じるようだ。まあ、突然変異的な実力者がいないとは限らないが。僕は当然ランクEにて登録された。

 助け船を出してくれたガスさんは4人でグループを作っており、全員がBランク。

戦士であるガスさんに加え、僧侶のヘクターさん、魔法使いのアナさん、そして盗賊であるルイーズさんという構成。かなりの実力者揃いで、ベテランパーティーと呼ばれるに相応しい陣容だ。皆おおらかな人たちで、突然加わった僕に対しても親切に接してくれた。


「そうだな。この、街近くの洞窟に住み着いた魔物退治あたりにしてみるか。

それほど強い魔物も目撃されていないようだし、坊主に経験を積ませるには丁度良い塩梅だろう。」


 ガスさんの計らいで、僕の最初の冒険は魔物退治、それも街近くで比較的安全な依頼となった。


「こいつを使うといい。俺のお古だが、まだまだ使える。

 長さ的としては、この位の方が洞窟では使い易いだろう。お前さんの体格的にもな。」


 自身は愛用の魔剣を使用からと言って、使いこまれた小鉄剣を譲ってくれた。


「街から近いとはいえ、数日は掛かる。その間によく手に馴染ませておくんだな!」


 そう言われた僕は、その日からずっと素振りを繰り返した。

 ガスさんだけでなく、ルイーズさんも時より僕の様子を見ては、振り方のアドバイスをくれた。また、機会を見てはヘクターさん、アナさんには魔法に関して質問を繰り返した。お二人が嫌な顔ひとつせずに答えてくれたため、多少なりとも知見を蓄える事に成功した。

 そんな充実した生活をしていたため、数日はあっという間に過ぎ去り、目的の洞窟へと辿り付いた。


「うん。確かに、足跡とかからすると、大した魔物はいなさそうね。

 これなら大丈夫でしょう。」


 ルイーズさんの偵察により中の危険度を推し量った結果、問題無しとの判断で、僕を含めた5人で洞窟へと潜る事となった。


「ジル。ここからが冒険の本番だ。大した魔物はいないようだが、油断はだけはするなよ!

 俺らもサポートはするが、無茶をすればどうなるか分からん。

 冒険者は臆病なくらいがちょうどいい。まずは自分の身を守る事、そして無事に帰る事だけを考えるんだ!」


「はい!分かりました!」


 僕の返事に大きく頷いたガスさんの合図で、中へと歩を進めるメンバー。ルイーズさんを先頭に、ガスさん、アナさん、僕、そしてヘクターさんと続く。


 魔物退治は順調に進んだ。前情報通り、大した魔物は生息していなかったため、ガスさんたちは意図も容易く蹴散らしていく。

途中、僕でも相手が出来そうな小物が出てきた際には、相手をさせて貰った。村で動物相手の狩りはしていたが、魔物の相手は中々難しい。形状も人型で道具を持っていたり、或は4足動物のようだが、強力な爪を持っていたりと、多種多様なため、対処法もそれに合わせて千差万別となる。


「ふむ。まあまあだな。

 その歳にしては中々の動きだ。これなら、冒険者としてやっていけそうだな。安心したぞ!」


 皆について行くのがやっとな僕であったが、とりあえず及第点は貰えたようだ。

 その後も順調に魔物たちを駆逐していた僕たちだったのだが……。


「妙だな……。この辺りだけ魔物が少ない、か?」


「……うん、そうね。魔物たちの痕跡がこの辺りだけ極端に少ない。

まるで、何かを避けているような。」


 かなり奥の方まで進んだところで、急に魔物たちが殆ど姿を現さなくなっていた。

 ガスさんの発した疑問に、ルイーズさんが答える。


「そうね~。中から何か嫌な気配、というか魔力を感じるわね~。」


「私も同感です。これは悪しき輩の放つ気配でしょう。」


 そう言って、アナさんヘクターさんは奥を指さす。僕には何も分からないが、お二人には魔物の気配が感じ取れているようだ。


「ふむ。

 ジル!とりあえず、お前さんはそこの影で隠れていろ!俺たちだけで、奥を探ってくる!

 幸いな事に、この辺りには他の魔物たちも近寄らんようだから、あまりここから離れないようにしろ!

 そうだな。半刻経っても俺らが戻らない場合は、お前さんは街へ戻り、ギルドにいきさつを伝えてくれ!頼んだぞ!」


 そう言い残し、4人は奥へと歩を進めていった。そして、暫くすると大きな爆音のようなものが断続的に鳴り響いた。遠くではあるものの、激戦が繰り広げられている事がここからも感じ取れる。

 僕が行っても足手まといにしかならない事は自覚しているため、その場に息を潜めて、ガスさんたちの勝利を祈り続けた。


 約束の半刻が過ぎた頃。暫くの間続いた戦いの物音も、ちょっと前から聞こえなくなっていた。戦いそのものは終わった、という事だろう。ただ、ガスさんたちは戻ってきていない。

 街へ戻れ、という指示ではあったものの、僕はどうしても結果を確認したくなった。勿論、危険な行為だという事は分かっている。奥にいた何者かがガスさんたち勝利していた場合、僕がそいつに見つかれば瞬殺を免れられないだろう。それでも、お世話になった人たちが大怪我をして動けない、というような状態で、もし助けられる可能性があるのなら、と考えるといても立ってもいられなかった。

 慎重に息を潜めて足を進める。暫く進むと、血の匂い、焦げた匂いが強まって来る。どうか無事でいて欲しい。そう願ったものの、それが叶えられる事は無かった。

 行く先に不自然な明かりが見えた事から、更に慎重に進んで奥を覗き込む。そこには凄惨な光景が広がっていた。

 そこはそれなりに開けた空間で、壁には奇妙な文字が描かれていた。文字が薄く光っているため、それに照らされて、内部の様子がよく見えた。よく見えてしまったんだ……。

 そこには5つの死骸が転がっていた。ちょっと前まで一緒に笑い、戦っていた人たちが、もの言わぬ骸となり果てている。中には腕が千切れ飛んでいたり、半身が焼け焦げいたりするものも。生きた人間は見当たらなかった。

 知人の無残な死姿に、涙と吐き気がこみ上げてきたが、それをどうにかこらえる。

 魔物に目を移す。姿としては、RPGでよく見かける『ザ・悪魔』という感じで、苦し気な表情を浮かべて息絶えていた。

結果としては、相討ちであった、という事になるのだろう。ガスさんたちは、強力な悪魔をどうにか討ち取ったが、自分たちも力尽きてしまった、と。

 暫くの間、言葉もなく呆然と立ちすくんでいた僕だったが、ふと目をやった先に奇妙な光景を見つけた。ガスさんの魔剣が、本人からちょっと離れたところに不自然に突き立てられていたのだ。そして、その横には血の跡がついた鞘が無造作に転がっている。

 ガスさんの死体もよく見ると、変な格好をしていた。片手は魔剣を指さし、もう片手はサムズアップをしている、そんな風に見えるのだ。


「ガスさん……。貴方って人は……。」


 恐らく、僕が奥の様子を見に来た時を想定して、自分の魔剣を託した――、これを使ってどうにか生き抜けというメッセージを残したのだろう。勝手な想像に過ぎないが、僕はそう確信した。


「ありがとうございます!必ず生きて街まで辿りつき、人を連れてきますね!」


 僕は魔剣と鞘を手に取ると、足早に、それでいて用心深く来た路を引き返していった。途中、魔物と出くわす事もあったが、魔剣の力も借り、どうにか切り抜けて、入口、そして街まで帰り着く事に成功した。


「同行されていたガスさんたちの死亡と、高位魔族の痕跡、亡骸を確認しました。

ジルさんの手に負えなかった事は明白ですし、見殺しにした等の責に問われる事はありませんのでご安心下さい。

 その魔剣に関しましては……、引き取り手もおりませんのでジルさんがお持ちになっていて構いません。ガスさんも最期にジルさんへ託そうと思われていたようですし。」


 街へ戻り、ギルドへ駆け込んだ僕は、事の顛末を受付のお姉さんや上層部の人たちに伝えた。

 その結果、直ぐ様に調査隊が編成され、洞窟へと送り出される事となった。そして、僕の報告に関して、相違ない事が確認された事から、先程の説明へ繋がる。


「それと、一応パーティーメンバーを組んでいたという事もありますので、魔物退治の報酬もジルさんにお渡ししておきます。

 ガスさんの遺志を無駄にしないよう、有意義にお使い下さい。」


「……分かりました。勿論です。お世話になりました。」


 こうして、僕の最初の冒険は、残念な結果に終わった。

転生してもRPGの主人公たちのようにはいかない。これが現実なのだと、思い知ったという事になる。

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