お凌ぎ

【カレーの冷めない距離】

 こんなに懐くとは思わなかった。


 僕の人柄とか男気とか見てくれの良さというよりは、料理のせいなんだろう。

 すごくおいしそうに食べていたから。


 今週は都梨子とりこの家で匿うという話だったのに、ルナはわざわざ一人で僕の家まで訪ねてきてくれたのだ。しかも、月餅のお土産まで持って。


「まぁ、上がりなよ」

「…………」


 相変わらず無言を貫くルナだけど、嬉しそうに靴を脱いで部屋の中に入ってくる。

 それから少し鼻をひくひくとさせ、何とも言えない笑顔を浮かべた。


 だろうね。

 部屋の中いっぱいにスパイスの香りが広がっているし。 


「今日はカレーを作ったんだよね。飯の時間には早いけど、食べるかい?」


 ちょっとびっくりしたような表情を見せたと思ったら、すぐに足元から天井へと視線を往復させてしだした。心の内でもの凄く葛藤しているのがわかる。そんな仕草を横目に、僕はさっさとカレーを食べる支度を始めた。


 そんなつもりで来た事じゃないのは分かってる。

 図々しいと思われるのが嫌なのも分かっている。


 でもカレーの誘惑に勝てる人間はそうそういない。


「カレーって、つい作り過ぎちゃうんだよね。口に合えばいいんだけど……辛いのは大丈夫かい?」

「…………」


 無言で頷くルナ。お腹がグーと鳴る音が『いただきます』の代わりだった――。

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