Recapture Operation

 琥珀が囚われている画像を見た数時間後、僕は新宿の歌舞伎町に立っていた。ルナのスマホから発せられた数字は、いわゆる場所の座標だったのだ。何度か実戦でも使っていたので、解読に時間はかからなかった。

 新宿へと向かう途中、僕は目黒さんへ事情を説明し応援を要請した。徒歩と電車では時間がかかるということで、近くの派出所からパトカーを手配してもらい、それを借りて高速を走らせた。

 歌舞伎町へ到着し、細かな座標の位置を確認していると、シャッターの閉まったガールズバーの前にルナが居た。シャッターを開けて入るべきか、他の入り口を探しているのか、その場でチョロチョロと右往左往していた。


「ルナっ!」

「…………!」

「ここなのか?」


 何が「ここなのか?」とまで問う必要は無かった。ルナもコクンと頷いて、シャッターの方を指差した。そこへ、警視庁の応援部隊がバラバラと到着した。サイレンは鳴らさず、警官ではなく特殊訓練を受けた数名が僕の前で立ち止まり、軽く一礼して指示を待っていた。しばらくして、目黒さんと都梨子とりこも合流した。


「琥珀がこの中で監禁されているようです」

「転送された画像は見た。本人は抵抗する力もないだろう。あとは彼女を捕らえた奴らの情報が欲しいところだが……」

「せめて、中に何人いるか、把握したいですね」

都梨子とりこ、まずはルナを現場から避難させてくれ。中の連中が外で暴れ出す可能性もある」

「わかったわ! さっ、ルナちゃん。こっちへ行きましょう」

「……………」


 都梨子とりこに引かれるままルナが現場から離れようとしたその時、ポケットに入れて持ってきた彼女のスマホから「待って!」と声がした。本人が目の前にいるので、ひとまずは返そうと取り出したら、画面にいくつかの囲い線が描かれていた。さらに、複数の丸い点が不規則に配置され青く光っていた。


「ルナ……これは、現場の見取り図かい?」

「…………」

「この青い点は、中にいる奴らの数と位置ってことでいいね?」

「…………」

「そのうち一つは、琥珀かい?」

「…………!」


 ルナは全ての問いに頷いた。

 精査なんてもう要らない。ルナが「そうだ」と言うならなのだ。僕は数秒で画面の見取り図を記憶し、スマホを目黒さんへ渡した。


「僕のサポートに二人付けて下さい。裏口から入ります。発砲音が聞こえたら、ここのシャッターをこじ開けて突入して下さい。一人残らず確保しましょう」

「二人でいいのか?」

「十分です」

「わかった。クリリン、デッパ。お前らが関川をサポートしろ」

「「はいっ!」」


 僕はニカっと笑って目黒さんを見た。仲間をニックネームで呼ぶのは相変わらずだった。クリリンは坊主、デッパは……見たまんまか。でも、二人とも頼もしい面構えだった。


「では、行きますっ!」

「久しぶりで腕もなまってるはずだ。気をつけろよ」

「この二人がサポートしてくれるから大丈夫ですよ」


 別れ際、スッと都梨子とりことルナに目を向けた。二人の表情には、不安しか映っていなかった。だから僕は「終わったら、また好きなもん作ってあげるからな」と言って、その場から離れた――。


 ルナに料理を任せて三十分ほどが経った。

 ダイニングテーブルには、豚肉のオイスターソース炒めとキャベツの千切り、そして白いご飯に味噌汁が並んだ。シンプルだけど匂いは抜群。何よりも、ルナが作ったというプライスレスなメニューだ。既に「美味い」の言葉は確定していた。

 ここには拘りのスパイスなんか要らない……まずは味噌汁から手を付けて、一口飲んでみた。うん、これはお湯を入れるだけのインスタントだ。

 次はキャベツの千切りに箸をつける。しんなりと柔らかく、均一に千切りされた仕上がりは、さすがのびゅんびゅんチョッパーだと言えよう。みじん切りしかできないかと思っていたのだが、千切りもできるようだった。僕は「うんうん」と頷いて、しょりしょりとキャベツを食べた。

 そしてメインのオイスター炒めに箸を伸ばす。豚肉を炒め、万能なオイスターソースで味付けをするだけの工程だけど、ソースの加減がポイントとなる。多過ぎず少な過ぎず、絶妙な分量ほど豚肉の旨味が存分に引き出される。


「おっ! いい感じっ! 味付けもバッチリじゃないか!」

「…………!」

「文句なしに美味しいよ。さぁ、ルナも食べよう」


 特別に料理が上手いわけでもない、料理の知識すら浅い彼女が、ここまで立派なものを作れるなんて、本当に驚きだった。何よりも、僕のために作ってくれたということが最高のご馳走だった。僕の感想に安心したルナも、座り直して食べ始めた。いつもだったら何かしらの会話を交えて食べていたけど、今は黙々と二人のご飯タイムに浸っていた――。


 琥珀は順調に確保することができた。

 クリリンとデッパのおかげで、彼女を拉致した連中も全員殺さずに逮捕することもできた。発砲はデッパが合図の一発を撃ったのみで、あとはルナのスマホに表示された見取り図の記憶を頼りに、拉致した連中を接近戦で倒しながら彼女の囚われている部屋まで進んだ。

 琥珀は意識が朦朧だった。左腕には注射を打たれた痕が幾つも残っていて、厳しい拷問があったことを示していた。何を吐かせるつもりだったのだろうか……まぁ琥珀なら何を吐いても金になるから、敵も必死だったのだろう。

 現状を把握したクリリンが「オールクリア。マルタイ確保。救護班を頼む」と、外で待機している仲間に連絡し、持っていたナイフで縄を切った。弾みでグラリと横に倒れかかる琥珀を、僕は慌てて支えた。


「琥珀……」

「あ、あんた……ルナに……会えたんだね」

「もう喋るな、話は後にしよう」

「ルナを……頼ん……だ……よ」

「おいっ! 琥――」


 意識を落とした琥珀が余計に重く感じた。そこへ救護班が駆けつけ、バイタルチェックや応急処置を素早く終えてから、担架へ乗せて運び去って行った。僕はクリリンとデッパを従えて、残党がいないか確認しながらガールズバーを出た。


「フタヒロさん!」

「…………!」


 都梨子とりことルナが駆け寄ってきた。無事の帰還を喜んでくれたのは嬉しいけど、ここからが本番だった。僕はしがみついていたルナを引きはがして、少し怒り気味に「どうして出て行ったんだ?」と詰った。


「…………」

「心配したんだぞ」

「フタヒロさん、見つかったんだし、もういいじゃないですか」

「わかってる! だけどさぁっ……んぐ!?」


 都梨子とりこがいきなり抱き着いて僕の唇を塞いだ。待て待て待てっ! ルナの目の前で何をやっているんだ!? クリリンやデッパまで見てるじゃないか。


「ぷはっ! っておい、都梨子とりこ!」

「ねっ! 一件落着ですよ。琥珀まで確保できたんですから」

「…………」


 琥珀の名が出ると、ルナは思いついたように待機中の救急車を見た。担架に乗せられた彼女が、ちょうど車内へと入っていくところだった。本来なら行かせてはならないけど、次に二人が会えるのはわからなかったので、僕は「ルナ、行っていいよ」と言って背中を押した。


「……、……媽ー媽マーマ!」


 初めて聞くルナの生声……それはLUNAが発していた知的で大人びたものではなく、感極まった少女が親を慕う魂の叫びだった。僕はようやく、ルナと琥珀が本当の母娘だったんだなと確信した――。


 ルナの作った料理を完食した後は、いつものデザートタイムだ。普段なら事前に用意したものを出したりするのだが、今回は突然の訪問だったので即興で簡単なものを作ることにした。

 冷蔵庫からヨーグルトを取り出し、デザートボウルに移してから軽くカルダモンを適量振りかける……これで終わりだ。スパイスの女王と呼ばれる香り高い成分がヨーグルトの酸味と相まって、胃の中をスッキリさせてくれる薬餌やくじへと昇華する。そこにカットパインを少し付け合わせれば、もう最高のデザートだ。


「ルナ……お母さんが目を覚ましたそうだ」

「…………」

「ルナの付き添いが効果あったみたいだね」

「…………」


 救急治療室へ運ばれた琥珀は、なんとか一命をとりとめた。しばらくは昏睡状態にあったけど、実の娘がずっと付き添っていたおかげか、次第に数値は正常へと戻り、蒼白だった顔色も血の気がさし始めていた。

 そして今日、ルナがキッチンで料理をしている間に「目が覚めた」と都梨子とりこからの報告があった。作っている最中に教えてあげようかとも思ったけど、すごく真剣な表情で料理に臨んでいたので食べてからにしようと決めていた。


「これ食べたら、病院に行こう。きっと喜ぶぞ!」

「…………!」


 ルナは涙が垂れるのを堪えながら大きくうなずいた――。

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