別腹

【とっておきのデザートをキミに】

 こんにちは。

 さようなら。

 僕たちはどちらに転ぶのだろう?


 あれからずっと考えていた。

 ルナが作ってくれた料理はすごく美味しかった。僕のためを思って作ってくれたのがちゃんと伝わってきた。では、僕が彼女のためにできることは何か? 


 ――「ルナを……頼ん……だ……よ」


 囚われていた琥珀が解放された時、僕に耳打ちした言葉が浮かんだ。容体は回復したとはいえ、彼女は世界的にも有名な指名手配犯だ。今回の逮捕で、しばらくはルナに母親としての姿を見せることはできないだろう。

 大人びたところもあるし、LUNAという頼もしいシステムもあるから、一人でも生きていけるとは思うけど、それでもまだ彼女は未成年だ。それなりに自立できるまでは、もう少し僕が面倒を見てあげた方が良いとは思っている。


『ただいま』と『おかえり』を言える場所を作ること。

『いただきます』と『ごちそうさま』がある食卓と料理を作ること。


 それくらいなら僕にもできる。それこそが大切なんだと、今は思う。

 都梨子とりこだって、きっと理解してくれるはずだ。


 そんなことを考えながら、僕はデザートの仕上げに取りかかっていた。

 今日は何かの記念日というわけでもないけど、今まで僕の料理を食べ続けてくれたお礼として、とびっきりのデザートを食べてもらおうと思っていた。

 そして、これを機にルナの気持ちを確かめたい。琥珀の消息を掴めて一安心となった彼女は、今後どうするのか……仮にでも母親の出所ができる日を独りで待つか、僕や都梨子とりこと一緒に待つか。いずれにせよ、ここを転機に僕たちが走ってきた人生のレールは大きく変わろうとしている。

 結果次第では、最後を締めくくるデザートになるかもしれない。だから、カロリーなんて気にしない、とにかく甘くて、優しい味のする、ほっぺたが落ちそうになる、そんなとびっきりのデザートを用意した。


 ――シナモンとクローブが香る特製ティラミス。


 エスプレッソに浸したビスケットに、バニラエッセンスを効かせたマスカルポーネチーズクリームを重ね、仕上げにココアパウダーを振り撒いていく。パウダーに粉末のシナモンとクローブを混ぜるのがポイントだ。材料のバランスが悪そうにも思えるけど、なかなかどうして、意外と香りたちは喧嘩しない。


 デザートのことは、ルナには内緒だ。誰にでもサプライズを仕掛けたくなるのは僕の悪い癖。でも、喜んでくれるはずと信じている。


 さて、これで準備は完了。

 エプロンを外して、小さな皿にきれいに盛り付ける。ちょうど、玄関から「ただいまー!」と都梨子とりこの声が聞こえた。見舞いを兼ねて、琥珀の事情聴取をしていたルナたちが帰ってきたところだ。


「わぁ! いい香りですね!」

「…………!」

「今日は気合を入れてデザートを作ってみたんだ。一緒に食べよう!」


 思った通り。ルナはビックリした顔で特製ティラミスを見つめている。


「今日は特別な日にしよう。それには、デザートがぴったりだと思わない?」

「えぇ? 何の日にするんですか? 怪しいなぁ。フタヒロさん、やっぱり何か隠してませんか?」

「おいおい、勘弁してくれよ。琥珀とは無関係だって分かったじゃないか」

「別にルナちゃんのパパが誰かなんて考えてないですよー。ねぇ、ルナちゃん」

「…………」

「参ったなぁ」

「うふふ。でも、記念日っていいですね。そしたらルナちゃんの――」

 

 こんにちは。

 さようなら。


 まぁどちらにせよ一生の別れではないのだ。

 その結末はデザートの後のお楽しみ。

 今は一緒に、この甘くて美味しいティラミスをたっぷり堪能しよう。


 待ちきれないように、僕たちのお腹がぐぅと鳴った――。

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