The Culprit is...
マリアは僕のプロポーズに困惑していた。それはそうだろう、恋人気分で付き合っていたとはいえ、恋人らしいむちゃくちゃな儀式は済ませていないし、キスだって先日の空港で初めてしたくらいだ。しかも、その後のドタバタで僕たちの距離は少しずつ遠くなっているのが現状だ。
「フタヒロ? それは……どういうこと?」
「この言葉を待ってたんだろ? ずっと……ジェーンが亡くなってからずっとだ」
「な、何を言ってるのよ。そんなわけないじゃない!」
マリアの表情が強張っていく……突然わけのわからないプロポーズをしているのは自覚している。でもこれは、僕の出した答えであり賭けでもあった。先日、イッサさんに占ってもらった内容は「ジェーンを殺したのはマリアなのか?」だったから。
ずっとシロであって欲しいと祈っていたけど、シロと思えば思うほど少しずつクロが混じりグレーへと変化していく……第六感のレベルだが、マリアは僕にとってそういう存在になっていた。このままでは
そして、答えは【
僕は怒りを抑え、冷静に努めながらブランコに座るマリアを見上げた。さすがに彼女も、このプロポーズは本音じゃないことを悟ったようだ。サッと表情を変えて、僕を責め立てた。
「何よ急に? こんな気持ちでフタヒロのプロポーズを受け入れることなんか……できるわけないじゃない!」
「じゃあ、結婚は諦めるかい?」
「諦めるもなにも! どうしたのよ? そんな急に二択を迫られても、すぐには答えられないわ!」
ブランコから立ち上がって僕を見下ろすマリア。その目には、困惑と怒りが入り混じっていた。彼女が本当にシロだったら当然の反応だけど……クロと断定している僕には、怒りよりも困惑の色の方が強く反応しているように見えた。僕は機転を利かせて用意していたセリフを取り止め、話し方に緩急をつけて反応を探ることにした。
「ごめんよ。ちょっと僕も焦っていたみたいだ。でも、僕は今でもマリアのことを大切な家族だと思っている。もちろん、これから先もだ」
「フタヒロ……」
「結婚すれば、ずっと日本で暮らすことができる。永住権みたいな拠り所が欲しかったんじゃないかと思っていたんだけど……違うかな?」
「そ、それは……欲しいけど……」
「前に付き合っていたホテルの料理人の彼は、残念ながら結婚に興味が無かった。だから……」
「だから?」
「…………」
「フタヒロ?」
「ジェーンには消えてもらいたかった」
マリアは「ぷっ」と吹き出して大笑いした。大胆だけど的を得ていた推理ではないかと自画自賛していたのに……笑われるとは心外だった。
「ちょっと、探偵さん! 探偵もののドラマ見過ぎじゃないの?」
「え? やっぱり? あはは……そうだよねぇ。ちょっと想像が過ぎたかな」
「もう、やめてよね。さっきまで私とジェーンの子供の頃の話を聞いてたでしょう。消えて欲しいなんて思ったことなんか無いわよ」
「だ、だよね……ごめん。言い過ぎたよ。ほんと、ごめん!」
「フタヒロ、おかしいよ? 何があったの?」
話が逸れ始めてきたせいか、マリアの表情に余裕が出てきた。普通なら相手にもされないくらい馬鹿げたことだけど、僕にはイッサさんの占い結果がある。さて、そろそろ仕上げといこう……。
「でもね、どうしても納得できないことがあるんだよ。エレインとイッサっていう占い師を覚えているかい? ジェーンの友達で、マリアも一緒に占ってもらったことがあるはずなんだけどさ」
「誰それ……あ、待って。思い出したわ、あの二人ね。それがどうかしたの?」
さすがに「誰それ?」としらを切り通すことはできないと判断したようだ。マリアの目に動揺の色が浮かんでいる。二人の占い師を知っているからこその反応だ。
「僕も占ってもらったんだけどさ。【はい】だったんだよ……結果がね」
「ふっ、フタヒロ!? 何を言ってるのよ。【はい】って何? だいたい占いって当てにならないものじゃないの? 私がジェーンを殺すわけ……あっ!」
かかった!
僕はまだ占いの結果に対する質問の内容を言っていない。ジェーンに消えてもらいったかったかどうかという具体性に欠けた質問では、殺しのシナリオまで行き着くには遠過ぎる。しっかしまぁ、【はい】の誘導だけでこうなるなんて……イッサさんの占いって、やっぱり怖い。
「僕は、マリアがジェーンを殺したかどうかなんて占ってもらってないけど?」
「ち、ちがっ……違うの! あれは、そんなつもりじゃ……」
「マリア!」
僕は、後ずさりして逃げ出そうとするマリアの手首を掴んだ。僕よりも小柄な女性が引っ張る力などたかが知れているが、人としての本能で抗うせいか僕の方が引きずられそうになる。それでも僕は、両手に力を込めて逃がさなかった。
「マリア! いい子だから……くっ、落ち着いてくれ」
「違うの! ジェーンが悪いんだから! 私は何もしてないっ!」
「関川先輩! 大丈夫ですか!? マリアも落ち着いて!」
もしもの時の援護で、公園の奥へ待機させていた
取調室は閉鎖的なので好きじゃない。取調べをする側も受ける側も、なんとなく息苦しさを感じてしまう。それがプレッシャーとなり自白へ繋がることもあるとされているが、逆に両者とも気が滅入って話したかったことも話せなくなっているんじゃないかと思うこともある。どちらかと言えば、僕は後者に捉える気持ちが強かった。なので、マリアとの面会は目黒さんの計らいでとある部屋を使わせてもらった。
探偵になる前の僕は、警視庁公安課の「外事第二課 課長代理」とは別に「特命企画室 室長」という肩書きを持っていた。聞こえはミステリアスだけど、かいつまんで言えば何でも屋みたいなものだった。人員の足りないところへ応援に出向いたり、公安部から隠密行動が発令されたらその手伝いをしたりと、痒いところへ手を伸ばすような役割の仕事と言えばわかりやすいだろうか。そんな「特命企画室」の専用部屋が昔のまま残されていた。
「湯呑みを入れる場所まで変わってないのには驚いたよ。あの頃のまま変わらずに残しておいてあると、また戻ってきたくなるなぁ」
「いつでも戻ってきていいんですよ。そのために、時々ここを掃除しているんですから。とても居心地が良いので、たまに一人で捜査のことを考えたい時に使わせてもらってますけど」
「この件が終わったら、考えてみるよ。ありがとう、
「変なコトしたら、現行犯逮捕ですからね。うふふ」
そう言って
シーンと静まり返る
公安部からの潜入捜査や警備部からの災害救助応援みたいな華々しいお手伝いもあれば、体育祭やスポーツ大会の裏方みたいなお手伝いもあった。どれもこれも良い経験だった。結局、その経験を今の探偵業では活かしきれてないけれど。
ゆっくりと台帳をめくり目を細めていると、不意に懐のスマホが鳴り出した。発信者は
「どうしたかな? 迷子にでもな……」
「関川先輩!」
珍しく
「マリアが……」
「マリアが? マリアがどうしたって!?」
「き、来て下さい! 特命の部屋から出てもらえ……ダメ! 落ち着いてマリア!」
僕は急いで部屋から出た。
左を向けば行き止まりの壁。右を向いて廊下の先に目をやると、そこには
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