Burn my Boats

 僕は秋葉原に来ていた。

 都梨子とりこ情報によれば、エレインとイッサさんは秋葉原のガシャポンにハマり、他の予定を変更してガシャポンばかりをしているということだった。その場所へ行くのは初めてだが、ガシャポンは僕も嫌いなじゃい。久しぶりに大人買いというか、万単位のお金を使って回してみようかとワクワクしていた。

 ガシャポンの機械ばかりがズラリと設置された『ガシャポンの館』の入り口を見回していると、館の奥から聞き覚えのある声がした。


「オーマイガー! また梅干しぃ!」

「あははは。エレインもりないなぁ。これで、同じの五つ目じゃない?」

「天むすぅ! 天むすよ! 出るまで止めないわ!」

「熱くなっちゃダメだよ。ここは落ち着いて、ガシャポンの流れを読むんだ」

「流れ?」

「そう、流れだよ。いったん離れて、誰かに回させるのさ。あとはエレインお得意の勘を働かせて、ここだっていうタイミングで自分が回せばいい」

「むぅぅ。わかったわ」


 ちょっと二人の会話に入りづらい空気が立ち込めていたけど、僕は思い切って間に入ってみた。素知らぬフリを装って「すいませんね。ちょっと僕にもやらせて下さいよ」と言いながら、強引に割り込んで『おにぎりのぬいぐるみ』ガシャに三百円を入れて回した。


「お、これは……」

「天むす? 天むすじゃない? あぁぁっ! イッサのバカぁ! なんでいったん休めなんて言ったのよ!?」

「あははは! 当たるも八卦ってやつだね」

「んもぅ! ……って、あれ? あなた、どこかで会ったことあるかしら?」

「お久しぶりです。電話した関川です」


 エレインは少し間を置いて「あ、あー! ハーイ! 久しぶりね!」と言ってから、周りをはばからず僕に抱きついてきた。さすがはハグの国アメリカ……く、苦しいです。イッサさんは紳士的に「久しぶりだね。元気かい?」と大人な対応で握手してきた。

 二年もつと風貌や様子も変化するものだが、エレインとイッサさんに関しては変化するところが全くなかった。さすがに服装は赤いスーツと作務衣の恰好ではなかったけど、日本に観光へ来てますっていう感じの雰囲気でもなかった。一言で表すと彼らはなのだ。


「覚えててくれて光栄です」

「もちろんよ。ジェーンの彼氏って言えば、夜も眠らせないミスターレッドブルでしょう。私のイッサも見習って欲しいくらいよ」

「おいおい、眠らせてくれないのはエレインの方だろう」


 僕とジェーンが二人に初めて会った時は彼氏と彼女のような関係だったけど、その後は結婚してアメリカで暮らしていた。ハワイで挙式をした後、日本を離れたノリでそのままアメリカへ住み着き、トレーラーハウスで各地を転々としているらしい。相変わらずぶっ飛んだ二人だ。ちょっと羨ましいくらいだよ。

 生計はアメリカ全土を放浪しながら、気儘きままな占い稼業で成り立たせていると言っていた。さすがはと評判の占い師、でもエレインはマネージャーに専念して、肝心の占いはイッサさんの『賢者の手』にゆだねているらしかった。

 ガシャポンの館から離れ、近くのメイドカフェで寛ぎながら今の現状と過去の話に咲かせていると、ついつい時間を忘れて本題へと移るタイミングを逃してしまう。しかし、エレインの鋭い勘は健在だった。事前の電話連絡では、日本に来ているなら会わないかと言っただけなのに、彼女は僕が二人の前に現れた理由をわかっているような感じだった。


「警察の女の子に言われたんでしょう?」

「やっぱり、わかりますか? 昔から何でもお見通しでしたよね」

「まぁね。あの子もしつこかったわ。アメリカまで来て、私とイッサの前で何でもいいから覚えていることを話してって訴えてたもの」

「えっ? そうなんですか? いや、申し訳ない。部下に代わって、僕も謝ります」

「でも、もう辞めたんでしょ? 警察」

「はぁ……まぁ、色々とありまして」

「あの子から事情は聞いてるわ。ジェーンのことで頭がいっぱいなんでしょ?」


 都梨子とりこがアメリカまで行って調査しているとは知らなかった。エレインやイッサさんも、どこまで事情を知っているかはわからないけど、ジェーンが殺され僕が犯人を追いかけているのは知っているようだった。僕は「そうですね」とシンプルに応えながら、テーブルに出された『伝説のくまたんパフェ』の生クリームにスプーンを入れて食べ始めた。


「実は僕も反省していたんだよ。占いで【いいえ】なんて出したばっかりに……」

「いや、でもあれは占いの結果がそうなっただけですから。イッサさんも言ってるじゃないですか、当たるも八卦ですよ。イッサさんの占いを信じてないわけじゃないですけど、あの時は気の持ちようでどうにでもなるって思ってましたから」

「そう言ってくれると、余計に心が痛むよ」

「あ、いや。すいません、そういうつもりじゃあ……」

「いーの、いーの! イッサの占いは絶対なんだから、これは運命よ。あなたには悪いけど、私たちもコレが商売だから……全部は無理でも少しは割り切って欲しいわ」

「もちろんです。それはそれ、僕も警察の……いや、今は探偵ですが、気持ちに左右されずに判断するのは心得てます」


 スクープされたのチョコレートアイスに、お菓子のトッピングで可愛い「くまたん」が描かれているパフェ。そのキュートな表情も、時間と共に溶けて食べごろになっていた。強いメンタルを保つ心得だけでなく、パフェの食べ方も心得ているつもりの僕は、冷静に「くまたん」のアイスをすくいながら、これからの話をどう続けていこうか考えた。


「二つ……お願いがあって、今日は来ました」

「二つ? ジェーンのことで?」

「いえ、厳密に言うと、どちらも直接ジェーンに関わることではありません。全く関係ないと言ったら噓になりますけど」

「あまり、遠回しな言い方はしないでくれ。僕とエレインは、シンプルなのが好きなんだ。トリコさんだっけ? あの時に来た警察の子はストレートで良かったよ」

「でも、友達のジェーンのために、私もイッサも話すことは無いって言っちゃったけどね。彼女も悪い子じゃないでしょうけど、私たちは警察をあまり信じてないのよ」


 僕も当時は警察でしたけど? という突っ込みは野暮だろう。

 チョコレートアイスと生クリームが終わりかけたところで、奥からコーンフレークが顔を覗かせてきた。とりあえず、その奥にある生クリーム第二階層へスプーンを突っ込み、グルリとかき混ぜてコーンフレークを柔らかくしようと試みた。ここは、間髪入れずに僕の願いを切り出す方が良さそうだ。


「一つは、イッサさんを主役にした小説を書かせて欲しいのです」

「えっ?」

「イッサの……?」


 初めて会った時から、イッサさんの占いには感銘を受けていた。今までにない手法で二択に終止符を打つ『賢者の手』は、僕の創作魂を大いにきつけていたのだ。ジェーンのことがあっても無くても、いつかは彼を主人公にした小説を書いてみたい。趣味の域を超えるものを掴むなら、イッサさんの『手』が一番だと信じていた。

 大まかな構成を二人に述べて、面白い仕上がりにすることを誓った。もちろんタイトルは『賢者の手』だ。主人公のイッサを盛り立てるヒロインには、エレインの登場も欠かせない。一応、ラストの雰囲気もできあがっていたので、僕の描いている思いのたけを存分に語った。当たり前だけど、二人は目が点になり何も応えられなくなっていた。


「お願いします!」

「あ……いや、まぁ……面白そうな案だけど……それは構わないけど……本当に、それがお願いの一つなのかい?」

「はい」

「ねぇ、イッサ。彼はバカなの?」

「バカかもしれないね。でも、大バカだ。嫌いじゃないし、むしろ好きだね」

「まぁ、イッサも大バカだしね。あははは! 私も好きよ、そういう人」

「じゃあ、よろしく頼むよ。ある程度できあがったら読ませてくれるかな」

「もちろんです! ありがとうございます!」


 よし! 一つはクリアだ。

 僕はホッと一息いて、柔らかくなり始めたコーンフレークを口にした。甘さを補給したところで、次のお願いに移った。


「もう一つは、あの時に感じた違和感の理由を知りたいのです」

「違和感?」

「あの時って……どういうことよ?」


 初めてジェーンと館へ訪れて、イッサさんに占ってもらう前にエレインと話した時に感じたアレ……ジェーンとマリアの仲を占ったと言って「とても仲の良い姉妹」と答えていた割には、どことなく表情が曇っていた。僕は、じっくりと言葉を選びながらエレインに滔々とうとうと話し、その理由を聞き出そうとした。しかし、返ってきた答えは期待をしていたものでは無かった。


「ごめんなさいね。そんな昔の話、もう忘れたわ」

「え?」

「協力したくないとか、そういうのじゃなくて。本当に覚えてないのよ」

「まぁ、二年も経てば人の記憶なんて薄れていくものじゃないかな。関川君にとっては絶対に忘れたくない事件だろうけど、僕たちには遠いお伽話みたいなものでしかない。申し訳ないけど、そういう風にしか答えられないな」

「そう……ですか。まぁ、そうですよね。その通りです! すいませんでした」


 パフェの底にエスプレッソゼリーが潜んでいたのを見逃していた。もう少し早く気づいていれば、生クリームを残しておいて一緒に合わせたのに……溶けたアイスの名残りだけでは、甘味のあるブレンドが作れない。仕方なくエスプレッソゼリーのみを口に入れて転がしたが、案の定ほろ苦さばかりが舌を刺激した。


「ねぇ、イッサ。このパフェおかわりしてもいい?」

「いいけど……そんなに美味しかったのかい? つぶらな瞳のカピバラパフェ」

「もう少し、ここでお話ししたそうな感じよ。彼ったら」

「なるほどね。それじゃあ、僕はお腹が空いてきたからカレーライスでも食べようかな。ひよこたんカレーって、唐揚げも付いてるんだね。何気にブラックなユーモアがあるところがいい」


 二人は何気ない素振りで新たに追加注文をしているが、僕の心の中は穏やかではなかった。またしてもエレインに見透かされてしまった……昔の記憶を掘り起こすことができなければ、イッサさんの力に頼るしかない。むしろ、その方が手っ取り早いと言えるだろう。

 ここまできたら、なりふり構わず頼み込むしかない。ここでの全てのお会計を僕が払うのは勿論のこと、二人がハマっているガシャポンも好きなだけ投資してあげようじゃないか。


「イッサさん!」

「ん? なんだい、あらたまって」

「占ってくれませんか?」


 僕の真剣な眼差しに、エレインが「ふふふ、そうこなくっちゃね」と笑った。イッサさんも姿勢を正して「じゃあ、何を占うかい?」と目を光らせた。ここへ来る前から考えておいた二択だ……なら、この答えを持って帰るしかない。


「それは……」


 もう止めることはできない。僕は占って欲しい内容を突き付けた――。




【参考文献】

『賢者の手』 著者:関川二尋

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881897405

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