第10話

アイドルフェス?」

「はい。2ヶ月後に例のテーマパークに設営される屋外ライブ場でフェスが開催されるんです!」

 自己紹介も終わり,扇形だった皆んなの配置も自然と丸くなっていた。だからだろうか,困惑したメンバーの顔がよりはっきりと見えた。どこから取り出したのか,チラシ片手に興奮気味に身を乗り出す大伴を制しながら、他のメンバーの様子を伺うと一様にハテナを浮かべていた。どうやら誰にも伝えていなかったようだ。その意図を問うために視線で催促する。

「プーさんはもうグループの一員じゃないですか!だから全員が揃ったタイミングで話をしようと思いまして」

「それってどれくらいの規模でやるの?」

 大伴の手にあったチラシをヒョイと取り上げながら、石作が問いかける。大伴はその問いに対するはっきりとした答えを持っていないのか、小首を傾げる。

「あの場所でやるくらいだから、結構大きいんじゃない?」

「そ、そんな場所でライブなんて、私無理です・・・」

「大丈夫だって、ミサちん。有名になれるチャンスだよ!」

「あのさー、やるのはいいんだけど・・・エントリーとかは間に合うの?」

「あ、裏面に書いてあるよ、リーダー。ええっと・・・、って明日までじゃん!」

「マジで?チョーやばいじゃん。・・・ちょっと、友奈」

「相談が遅れてごめんなさい!・・・でも、今このタイミングで伝えるのが一番いいかなって思ったから・・・」

 言い訳がましく弁明する大伴をよそに、石上はチラシから視線を外し俺の方を見る。

「な、何でしょうか・・・」

 年下の女の子相手に完全に気後れする俺だった。一度、ゴミを見るような視線を向けられると本能がその恐怖を覚えているようだった。

「あんた、決めて」

 今度は何を言われるかとビクビクしていると、思いがけない言葉を投げかけられ、思考がフリーズする。

「・・・は?」

「これからアタシ達のプロデューサーになるんなら、あんたが決めて」

 その言葉にメンバー全員の顔がこちらに向けられる。特に大伴からは熱いほどの期待が込められた視線を浴びせられていた。

「俺、お前らの活動内容に口出しするつもりはないって言ったはずだけど・・・」

「そんなのあんたが勝手に言ってるだけでしょ。これから一緒に活動していくなら、こういう大事な決断もあんた込みでやんの」

 なるほど・・・、一理ある。共に決断することで連帯感と責任感を生み出すということか。

「意図は掴めた。でも、俺が独断していいことじゃないだろ」

「自分で決めたならあんたはあたし達のために全力で頑張らざるを得ないでしょ」

 さすがリーダー、よく考えてる。先に不安要素を潰しておくという訳か。ただの女子高生だと思っていたが、人を束ねる立場にいるだけはある。

「他のメンバーの意思はいいのかよ・・・」

「私は良いですよ、プーさんが決めちゃって。ねえ、みんな?」

 一斉に頷く一同。そこまで信用されても困る・・・。

「はぁ・・・。分かったよ」

 じゃあ、と一区切りつけて、俺は謳うように宣言した。

「出よう。フェスに」



 改めて、アイドルフェスに出場する運びとなったので、俺のプロデューサーとしての初仕事はフェスへの参加申し込みだった(この役回り的にマネージャーと行った方が語義的には正しそうだ)。ホームページからの応募が必要だったため神岡さんのパソコンを拝借して手続きを進めた。パソコンなんて生まれてこの方触った記憶がないのでタイピングもおぼつかなく、右クリックと左クリックの違いどころか検索アプリもわからなかったため、忸怩たる思いではあったが神岡さんに教えを乞うて、艱難辛苦の果てに何とか期日前に申し込みを終えられた。

 彼女達といえば話を終えた後、早速フェスに向けての練習に励んでいた。今回のライブは既にハコが決まっており、スタッフ等の手配や準備は全て主催側で手筈されているので、いつもより練習に打ち込む時間を確保できるはずだ。初めて彼女達のパフォーマンスを見た、あのライブ以上のクオリティになると思うと、一ファンして今から待ち遠しいのだが、そうは言っても二ヶ月後。どんな心持ちでいても六十日という時間は早く過ぎることはない。その時間の中でできることと言えば、プロデューサー兼マネージャーである俺が最大限のサポートをすることだけだ。

「おい、プー。茶ぁ飲むか?」

「あ、頂きます」

 仕事も片付いて、店長との約束までの時間をライブハウスの応接室で潰すことにした。

「で、どうよ、調子は」

 二人分の湯呑みを無造作に置き、隣にドカッと座り込む。

「なんで隣に座んすか・・・。暑苦しい」

「まあまあ、固いこと言うなって。・・・あの子らと話したんだろ?」

「えぇ、少しですけどね」

「そうかそうか・・・。で、どの子が良かったんだ?」

「はぁ?なんの話っすか・・・」

「あの子ら、みんな可愛いだろ?流石に僕は手を出せないが、お前はどうなのよ?」

「別に・・・。どうもこうもありませんよ」

「なぁに真面目ぶってるんだよ!お前くらいの年頃なら美少女とあんなことやそんなことがしたくてたまらないはずだろ!」

「別に・・・」

「枯れてんなぁ、お前は。学生時代とかどうだったんだよ?」

「あー、学生時代とかもう記憶にないっすよ。そんな昔のこと」

「まだ数年前だろ。おっさんか」

 学生時代というなら、まさにこんなくだらない話で盛り上がるノリこそが学生っぽいが・・・。

「神岡さんこそ、どうだったんですか。モテたんですか?」

「僕はあれだね、男友達とつるんでばっかだったから、女絡みの話は梨の礫」

「意外っすね。なんか頭の軽そうな人にモテそうなイメージですけど」

「お、おう。いきなり毒吐いてきたな・・・。学生時代は今ほどチャラチャラしてなかったしな。楽器はやってたけど」

「へー。この店持ったのも、そういう理由で?」

「まぁな。俺の地元は田舎だったから、練習場所を探すのに苦労しててな。大人になったら、同じような境遇の奴らのための場所を提供してやりたくて」

 普段は飄々として人を食ったような態度をとってるくせに、たまにマジっぽいことを言うから、困る。

「プーはさ、なんかしたいこととかねぇの?」

「・・・特には。今を生きるだけで精一杯ですよ」

「まあ、それもしゃあないよな・・・。けどあんまり他の人のために人生を使うなよ」

「・・・」

「お前にはお前の人生があるし、もちろんあの子達にもそれぞれの人生がある。・・・店長さんにも、な」

「・・・ですか」

「ああ。だから、拾ってもらった恩を一生抱える必要はないし、お前が返し終わったと思えたタイミングで巣立つのもいいんじゃねえの」

「・・・俺の人生、か。考えたこともねえなぁ」

「二十歳そこそこじゃ、まぁ無理もないか。僕だって二十歳んときはフラフラしてたし、それを思えばお前の方がよっぽど立派だよ」

「どうなんでしょう。思いっきりレールからはみ出てる気もしますけど」

「同病相憐むじゃないけど、結局は成るようにしか成らんからな。肝要なのはそこにお前の意思が介在しているかどうかだ」

「俺の意思・・・」

「ああ。どんな結果になるにしろ、自分が決めたとなれば諦めもつくし慰めにもなんだろ」

「そりゃまた、随分と後ろ向きな・・・」

「暗闇の中じゃ前も後ろも関係ないからな。進んでいるかどうかだけが重要なんだよ」

 人生が一寸先も暗闇ならば、どこを向いてたって一緒か。

「説教くさいことはここまでにして・・・で、好みの子はいたのか?」

「まだその話ですか。別にどうだっていいでしょ」

「いいや、だめだね!お前からその話題を聞き出すまでは帰さん!」

 この人のめんどくさいノリだけはどうも慣れない。決して嫌いになるわけではないが、好きにはなれそうもない。

「はぁ。好みってわけじゃないですけど、気になる奴ならいないでも・・・」

「おお!やっぱ最初に出会った友奈ちゃんか?それともリーダーの美香ちゃんか?」

「いや・・・、倉持っすかね、強いてあげるなら」

「ほう?意外なチョイスだな。大人しめの子がタイプか」

「タイプってわけじゃなくて・・・、気になるってだけっすよ。いや、引っかかると言った方が正しいかもしんないっすけど」

「ん?なんかあんのか?大人びてて良い子だと思ってたけど」

「俺も似たような印象ですけど・・・、なんか、一歩引いてるって感じがして」

「そこは、あれだろ。最年長の余裕ってやつだろ」

「ですかね・・・。何なら、冷めてるとすら言えそうでしたけどね」

「そりゃあ穿った見方なんじゃねえの?あの子なりに頑張ってるだろうし」

「・・・ですね。俺の性格が悪いだけでしょう」

「ま、何であれ、あの子たちの力になってやってくれや。困ったことがあればいつだって手を貸すし」

「はい。頼りにしてます」

「おう。じゃあ、そろそろお開きにするか。店長によろしくな」

 神岡さんに別れを告げ、店を後にした。

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