第9話
この場に来ている時点で大伴か石上からある程度は事情を聞かされているはずなので、ある種儀礼的なやりとりが行われた。事前に話を通してくれていたおかげで他のメンバーからは初対面の時の石上ほどの拒否反応は見られず、話もスムーズに進み、これからの方針について話し合うことにした。
「とりあえず、期間と目標を定めよう」
「目標は分かりますけど・・・、期間も決めるんですか?」
「ああ。いつまでに何を成し遂げるか、それを踏まえて逆算していく形で方針を決める」
漫然と『頑張る』と言っても、目的地が分からなくてはやる気も次第に失せていく。ゴールが設定されていないマラソンほど辛いものはない。そのために、走る距離を決めてその距離に合ったトレーニングを積み重ねる。
「そうだな・・・。石上、何か目標はあるか?」
リーダーとしてこのグループに対してどんな展望を持っているかを確かめようと話を振ると、恥ずかしげに顔を背ける。
「・・・今は活動を続けていくことで精一杯だから、目標とかは特に・・・」
他のメンバーを見ても、その意見に同調しているようで頷きを返す。
やはり人手不足が問題か・・・。ここを解決しない限り永遠に尾を引き、有名になればなるほどメンバーたちの負担も増えていく。まさしく猫の手でも借りたい状況だったのだろう。
「・・・じゃあ、倉持。何かやりたいこととかあるか?ここでライブがしたい、とかそんな感じのやつ」
遠慮がちな茶髪少女、倉持
「あたしはこのグループで活動できたら、それだけで満足なので」
実に淡白。その淡白さゆえに拒絶の色さえ見えた。
「・・・そっか」
あれれー?おかしいぞー?俺,居る意味なくない?とりつく島も無ければ、梯子も外され宙ぶらりん。まさしく店長が言ってた事態に陥った。メンバー間の仲を深めたいという大伴の真意は今の空気感から何となく理解できたが、しかし、そのために有名になるというのは少し違うように思えた。
今の彼女らの状況は部活動に近いのだ。活動規模で言えばサークルと称した方が適切なのかもしれないが,勝ち負けや優劣よりも仲間と作り上げる楽しさが活動理念として優っている状況だ。彼女たちの頭の中には承認欲求や金儲けを目指すものはなく、ただ仲間と活動できればいい。勝つことではなく負けないことを考える、保守的思考が見てとれた。この手のタイプを相手に交渉するのは非常に難しい。保守主義の原則に則り、現状の活動に対するマイナス面を挙げていけば良いのだが、俺自身が彼女たちの内情を詳しく把握していないというのとそこまで追及して良いものか判じかねているという、二つの障害が立ちはだかっている。感情的な話になるが、彼女たちの活動に対して否定的なことを言いたくない。たとえ仕事とは言え、その手法を採れば間違いなくレッドカードを突きつけられる。俺が退場するだけならまだしも、俺をこの場に連れてきた大伴や石上が矢面に立たされるのは好ましくない。ならば、効果は薄くとも俺が入ることにおけるメリットを提示することでこの場を収めることにした。
「大伴と石上には既に伝えたが、基本的に裏方の仕事をさせてもらうつもりだ。パフォーマンスに口を出すつもりもないし、ただの道具として扱うつもりでいい。それで構わないなら、ぜひ手伝わせてくれ」
数瞬か、或いは数分か。耳が痛いほどの静寂があった。その静寂を破ったのは意外な人物だった。
「・・・アタシからも、お願い」
「石上・・・」
「アタシの力不足でみんなに大変な思いをさせちゃっているのは事実だし、今のグループを続けるためにも手伝ってくれる人がいるなら、手伝ってもらった方がいいと思う・・・」
「私からも、お願いします!」
石上に続いて、大伴からも援護が入る。女の子に頭を下げさせてしまっているうちは男として落第だな・・・。
「・・・わ、私は賛成ですっ・・・」
静観を貫いていたもう一人のメンバー、
「私も賛成〜。店長さんのとこの人なら信用してもいいと思うし、人手があると助かるし」
石作も店長の存在を認知しているのか?そんな疑問が顔に出ていたのか、大伴が耳打ちした。
「めいちゃんの実家の八百屋さん、経営難だったらしいですけど店長さんに助けてもらったそうですよ」
ここにも店長の存在が・・・。ていうかうちの店長は万能が過ぎる。この街の全員と何らかの関わりを持っているんじゃないかと思わせるほどの人望の厚さ。個人が持ちうる社会性はとうに越している。権力を持つことで善良な一般市民でさえ悪しき支配者になりうるというのに、店長はその玉座の上で何を思うのだろうか・・・。
「ゆかちゃんも・・・良いかな?」
「あたしは構いませんよ」
不安げに問う大伴に対して微笑を称えながら応える倉持。これでメンバー全員から一応の了承が得られたわけだが・・・。
「改めて、これからよろしく。・・・それじゃあ、今後の方針についてを話そうか」
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