第2話

大伴から相談を受けた三日後の金曜日。駅前のライブハウスで行われる『brilliant night』の講演に呼ばれた。呼ばれたといっても食事するわけではないが。

 開始時刻までにはまだ時間があるため、ライブハウスに隣接しているファストフード店で時間を潰すことと兼ねて事前知識としてメンバー情報くらいは仕入れておこうと思い、ネットで調べると数件のヒットがあった。いずれも当ライブハウスで開催された過去のライブの映像や写真、セットリストが掲載されていた。煌びやかなステージの上で楽しげに踊るメンバーたち。それぞれが違った表情を見せこちらまで高揚してくる。ライブ映像や写真を見る限り、どうやら五人メンバーで構成されているようでその一角に大友ゆかの姿を確認できた。彼女が口にしていた『みっちゃん』もこの中にいるのだろうか。

 地下アイドルと聞くと、アイドルの卵というよりは雛か・・・、ともかくパフォーマンス面はあまり期待できないと思っていたが,彼女らのそれはそんな先入観を払拭させてくれた。テレビに出ているようなアイドルたちと何ら遜色ないクオリティのように思うし、セトリを見ても聞き覚えのない曲名ばかりで、どうやら彼女たちのオリジナルのようだ。運営もままならないのに外部の作曲家や振付師を雇う余裕もあるまい。それを考えると振り付けや演出も全て彼女たちが考えているのだろう。その涙ぐましい努力を思うと胸に感じ入るものがある。自分よりも幼い少女たちが目標に向かって頑張る姿を見せられるとおじさんはどうも弱い。熱くなった目頭を冷ますために天を仰ぎ、熱を帯びた呼吸を吐き出し平静を取り戻す。・・・よし、落ち着いた。

 鼻の奥にツーンとしたものを感じているがなんとか堪えながら、その後も『brilliant night』の過去ライブを見ては胸を熱くする、の繰り返しをしていると約束の時刻が迫っていた。席を立ち店を後にする。本物を見たら膝から崩れ落ちて滂沱のごとく涙を流すのではないだろうか。そんな一抹の不安を抱えながら、ライブハウスに入店し地下へ続く階段を降りていく。地下のフロアに近づくにつれ、フロア全体を包む低音が隔たりを超えて体を貫いていく。さまざまなアイドルやバンドのビラで覆われた重厚な扉を開くと、突如耳をつんざくような音の洪水が襲ってきた。次に縦横無尽に暴れる眩いばかりのスポットライトが視界に飛び込んでくる。赤や黄色に切り替わるそれは観客に熱狂を煽っているようでもあった。既に他のグループがパフォーマンスの最中のようで誰もがステージに釘付けで俺が入ってきたことに気づいていない。そこは数十人ほどで満員になってしまうほど小さな部屋で現在はキャパシティの半分ほどの客の入りほどだろうか。それでも、一人一人が持つ熱量でフロア全体を満たしステージで歌う彼らを応援していた。正直、地下だと思って侮っていたが、場所が違うだけでトップアーティストと何ら変わりのないことをしていた。勿論、技術面を見れば素人目から見ても拙さやぎこちなさが残っているが、それを補って余りある求心力や熱意がパフォーマンスに込められていた。ちょうど今演奏している男性四人組バンドも、贔屓目に見ても決して上手とは言えない。ボーカルの音程が所々外れたり各パートとの連携が乱れたりしているが、それが気にならないほどに楽しげに歌う彼らは魅力的だった。

 そんな彼らの演奏も大盛況で終わり、次はいよいよ『brilliant night』の出番となった。どうやら、彼女たちが本日のプログラムの大トリを務めるようだ。さぞお客さんも盛り上がるのだろうと思っていたが、不穏な動きを見せたのはその時だった。バンドのメンバーが各々の楽器を持って去っていくと同時に、客の半分以上がフロアからぞろぞろと帰っていくのが見えた。フロアの半分を占めていた観客はせいぜい三列程度にしか満たなくなり、嘘でも熱気冷めやらぬと言いたいところだが、誰の目から見てもそうでないことは確かだった。

 後方の壁に寄りかかったまま彼女らの出番を数分待っていると、先程のロック調の曲から爛漫な曲へと変わった。それを合図に数少ない観客から歓声が上がった。派手なBGMを背に五人の少女が元気よく入場してきた。その後方に衣装を身に纏った大伴友奈の姿を確認できた。軽く手を挙げて見ると向こうも気が付いたのか目を大きく見開いて驚いた表情を見せるが、それも一瞬で、すぐに仕事の顔へと戻っていた。

 ステージの中央に五人が並び立つと、リーダーと思しき金髪ロングの少女がマイクを手にし、口上を言う。

「みなさーん!お待たせしました〜!『brilliant night』です!今日もステージ、楽しんでいってください!」

 言い終わると、派手なBGMが切り替わり一曲目のイントロが流れ出す。

 彼女たちのライブが、始まった。






 ライブ後、客がそぞろと帰っていく中、俺だけがその場に残って待ち続けた。ライブ終了と同時に解放された扉は観客だけでなく立ち込めていた熱気も外へと逃していった。そのフロアには静寂と若干の虚しさが漂っていた。スターマインの後の寂寥感にも似た感覚に襲われ思わずため息が溢れた。これが俗に言う相対性理論なのだろうか。楽しい時間は一瞬で過ぎていく。過ぎてからその貴重さに気づく。そんな科学の残酷さに身を震わせていると,ステージから一人の少女がこちらに向かって駆けてきた。

「こんばんは、本当に観に来てくれてたんですね!」

 大伴友奈はライブの衣装そのままに,荒れた呼吸を整えながら俺に話しかける。

「まあ,約束だったしな」

「それで,私たちのライブはどうでしたか?」

 息もつかせず興奮気味に迫る大伴を制して,率直な感想を述べる。

「結構よかったな。素直に感心したわ」

 ライブ映像を見ただけで泣いたと言うのは流石に気持ち悪いので伏せておくが,控えめに言ってもかなり良い出来だったと思う。歌や踊りは言うまでもなく,見事だったのは彼女らのサービス精神だろう。決していかがわしい意味ではなく,ファンと目が合うたびに笑顔を向けるだけでなく手も振り,さらにはウインクまでしてみせた。ファンの人数が少ないからこそできることなのだろうが,それを差し引いても素晴らしいパフォーマンスだったと言わざるを得ない。生で見た分余計に感動した。

 大伴はその言葉に驚いたのか,数度目をしぱたかせると顔を赤らめた。

「そ、そうですか・・・。ありがとうございます・・・」

 照れを隠すように袖口を握ってモジモジしながら答える。そんな殊勝な態度をされるとこっちまで照れてしまう。

 数回咳払いをして、話題を転換する。

「そんなことより、衣装のままでいいのか?レンタルとかしてんなら返さなきゃならないだろうし」

「ああ、そのことなら大丈夫です!この衣装は手作りで、私たちで管理しているので」

 体をくるりと一周させ、衣装をはためかす。肩口や首元にまでフリルが施されており、かなり芸が細かい。

「うちのめいちゃんが全員分の衣装とか、あとグッズも作ってくれてるんですよ!」

 そう言いながら、ポケットからカラフルなハンカチを取り出して俺に手渡す。何だろうと思いながら広げてみると、端の方にグループの名前が入った手作りの刺繍が入っているのに気がついた。感心しながら元の通りに折り直して返す。本当にグッズ制作までしているとは・・・。それに、またしても新しいメンバー『めいちゃん』が登場したが一体誰の娘かは定かではない。今度機会があれば訊いてみよう。

「めいちゃんは、他にもうちわとかタオルとかも作ってくれてて・・・」

 その後もスタッフに追い出されるまで色々な話をした。今日歌った曲の話とかメンバーの話とか今後の予定とか・・・。思いがけず話に花が咲いてしまい、いい時間になってしまった。スタッフに声をかけられた後、隣のファストフード店で今後の方針について話し合うことにし、大伴は楽屋で着替えを済まし、俺は一足先に店外に出ることにした。微かな淋しさを抱きながら店の外に出るとすでに空は黒く塗りつぶされていた。目の前の道路を忙しなく通りすぎる自動車を何とはなしに目で追っていると後頭部に鈍痛が響く。まるで忘れていたことを無理やり思い出させようとしているみたいに。俺は軽く首を振り、目的地へと目を向ける。

 それでも、未だに残る痛みが目を逸らすことを許してはくれない。

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