第9話 魔神ベル=ヴェルク弟子を取る



「ふむ、相変わらずむさくるしい島じゃな」


 総人口約二百数十人、島の近海は荒れ狂う波により近づくことすら困難な上、そこにはBランク上位の冒険者ですらパーティーを組まなければ倒せないほどの海獣が多数生息している。島にも強力な魔物は多数生息しており、その生息地は大きく分けて三つある。島東部の『ビルディール』というボディービルダーのような容姿の木が生い茂る【スマートフォレスト】、北部の氷に覆われた氷雪地帯【ペイシェンス・アイスバーグ】、西部の通常の二十倍の重力がかかった過重力砂漠地帯【G・デザート】。東部、北部、西部の順で魔物は強くなり、環境も厳しくなる。そんな過酷な環境とも言える島に二百数十人もの人間が住んでいるのは偏に島民全てがこの島の魔物に負けぬ程強いからじゃ。

 そんな島に我が何故やってきてるのかというと、実はとある野暮用があり、来ざるを得なかったからなのじゃ。正直いってガチムチアイランド近海の魔物も強いには強いがAランクの冒険者パーティーならなんとかできるレベルじゃし任せたかったのじゃが、こんな時にどの冒険者も予定が入っているとはついとらんわい。まぁ、この時期はローゼンクロイツの王都で武闘大会があるから仕方ないのじゃが……。

 我はここに来た経緯を想起しながら暑苦しい陽射しの下、知り合いに野暮用について話を聞くために彼奴の家へと赴いた。


「ここじゃな。ここも相変わらず外観だけは立派じゃのう」


 我は知り合いの家の外観を見てシミジミ思った。我が長き人生でもこれがなんの木で出来ているのか聞いてしまったのは五指に入るほどの後悔の一つじゃな。

 我はこれ素材もととなっているビルディール樹木を脳裏に描いてしまい内心えづきながら呼び鈴の魔法陣に魔力を流した。

 チリーンという呼び鈴の音が響いて数秒後、ドタドタと音が聞こえ、すぐに扉は開かれ、中から古き……という程でもない十年前からの知り合いが現れた。


「やや!これは珍しいお客さんだ!お久しぶりです。ベルさん」


「うむ。二年ぶりじゃのう。小僧」


 ガチムチアイランド特有の彫りの深い、先代勇者が残した『アメコミ』という書籍類にあるような劇画タッチとでも言えるであろう容姿に筋肉隆々のがっしりとした巨体、これが我が十年来の知り合い・・・・ベルゾレフじゃ。

 二年間の隠居生活で少しは爽やかになってることを期待しとったのじゃが相変わら「ちょうど良かった!貴方に頼みたいことがあったのですよ!さ!来てください!HAHAHA!」ちょっ!まだ地の文が喋ってるでしょうがあああああああああああああッッッッ!!

 我は可憐な我が腕をこの筋肉達磨にガシッと掴まれて家の中へと引きずり込まれた。嗚呼、可哀想な我……。


「放すのじゃ!」


「HAHAHA。いやホントNise. Timing !ちょうど魔導の先生を探していたのですよ。私は身体強化系統以外は浅くしか教えられませんからね」


「な!まさか我にやらせようというのか!何故我がそんな事をしなければならんのじゃ!我は野暮用のためにちょっと聞きたい事があって寄っただけじゃと言うのに!!」


 我は運動エネルギーを消失させる空間魔法【動作消失】キネティックロストを筋肉小僧に使って無理矢理動きを止めさせて抵抗した。

 それにより、小僧は実力行使で連れていくよりここらで説得しておいた方が建設的だと悟ったようで我に振り返った。ふふふ、だが我はおんしよりも遥かに年上のお姉さんじゃぞ。舌戦にて負ける要素など塵芥程もないわい!


「旅の時、貴方が年齢制限で買えなかったお酒を代わりに買ってたのって誰でしたっけ」



 我負けた……。



 い、いやまだだ!まだ諦めるわけにはいかんのじゃ!諦めたらそこで試合終了じゃ!


「うっそれは……でもそれとこれとは話が別じゃろう!」


 ふふふ、どうじゃ!見事な言論回避技術じゃ!これで我に負けはなくなったぞ!さぁ降参するがいい!


「ではもうガチムチアイランドのお酒を送るのは辞めますね」


 いぃぃぃいいいいいやぁぁぁああああああああ参りましたぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!

 ガチムチアイランドは環境もそこに住む動植物も最悪じゃが酒だけは酒だ・け・は・旨いのじゃ!手放せないのじゃぁぁぁあああああ!!


「うぅ、分かったのじゃ……」


 我は消え入るような声でそう降参の意を表明した。

 くそう、筋肉バカになら勝てると思ったのに……。

 我は諦めてとぼとぼと悲壮感漂わせながら小僧の後に続いた。何処からかドナドナという歌声が音楽に乗って聞こえてきてさらに悲壮感を煽ったのじゃ。





「いやぁ、お待たせ!突然だがファウストくんに会わせたい人がいるんだ」


 小僧は扉を開けるなり開口一番そう言った。

 ほう、あの席に着いて魔物図鑑を見ている少年が我が教鞭を振るわされるガキンチョか。どんな劇画タッチのガチムチ小僧が出てくるのかと戦々恐々としていたが……なんじゃ、ガチムチアイランド出身者ではなく闇龍人族ゾロアギリアの子供ではないか。それに顔も整っていて将来モテることは間違いなしな美少年じゃな。ちと大人び過ぎて子供らしい無邪気さが少ないのが玉に瑕じゃが。いやはや、ガチムチアイランドのガチムチっ子に教鞭を振るわされると思っていたから少しは気が楽になったわい。


「貴方の後ろにいる幼女のことですか?」


 …………幼女じゃと。

 あのクソガキ明らかに我を見て幼女と言いおったな。よかろう。早速じゃが弟子入り試験じゃ。大人を舐めとるクソガキに制裁を降してやるわ!

 我は無詠唱で木魔法【蠢く樹木】ウッドスライミーを発動し、クソガキの座る机と椅子をスライムのように流動化させて、全方位から包み込むようにして襲わせた。

 じゃが、クソガキは流動化し全方位から襲い来る座席の内、上部から襲いかかった部分を掴んで身体を持ち上げて空中へ飛び上がりおった。


【螺旋風斬】スラッシュトルネード


 そして空中で逆さまになった状態で流動化した座席に向かって右手を伸ばし、そこから螺旋状の風の刃を放って流動化した座席を細切れにしおった。そして奴はそのまま空中で一回転して無事に着地し、琥珀色の眼を向けてきた。


 ほう、やるの。それに一本芯の通った綺麗な眼じゃ。


「会って早々魔法で攻撃するなんてやんちゃな幼女だな」


 何!?幼女じゃと!!

 あのクソガキちょっと見直していたというにすーぐ人の地雷を踏み抜きおるな!おんしは地雷処理班か!


「我は幼女ではない!ぬしや此奴よりも遥かに大人な年上のお姉さんじゃ!」


 この不躾なクソガキにはお灸を据える必要があるのじゃ!


「邪魔じゃ!」


 我は目の前に立っていた筋肉小僧を押し退けて無礼なクソガキに捲し立てる。


「それにぬしの方が見た目的にもガキではないか!年上に対する礼儀もなっておらんし!バーカバーカ愚か者ー!」


「悪かった、訂正するよ」


 ほ、ほう、自分の非を認めるか。なんじゃ、なかなか素直な少年じゃないか。

 我は一瞬そう感心してしまったが、続く言葉によりすぐ様数秒前の自分と眼前のクソガキをぶん殴ってやりたくなったのじゃ。

クソガキは胸を張り、ドヤ顔で言う。


「君は幼女じゃない。美幼女だ」


 ぬあああああああああああああああああああああ!!!


「結局幼女は幼女ではないかぁぁぁああああ!!!」


「そう!君は幼女だ!」


「ようしぬし!我をおちょくっておるな?ならば戦争じゃ。その腐りきったまなこを抉り出してくれるわ!」


 目に物見せてやるわこんのクソガキがぁぁぁあああああああ!!


「HAHAHA、まぁまぁ落ち着いてベルさん。ここは大人な対応を」


 我が魔神の力を用いてこのクソガキに数日後に痔になる呪いを掛けてやろうとしたところで小僧によって止められた。ム、確かに我は大人なお姉さんじゃからな。仕方ない、ここは大人な我が退いてやるかの!我は咳払いを一つして、


「そうじゃな、大人な我が引かんとな」


 と言って我は腰に手を当てて胸を張った。む、魔神化の代償とはいえやはり成長せんのは寂しいものがあるのう。

 我は胸を張ることで強調された慎ましやかな自身の双丘を見て魔神となった日のことを想起し、寂しい気持ちと憤怒の感情が沸き起こった。しかし、あの時のことが知られて同情されたくもないので表に出さずに無理矢理押さえ込んだのだ。うむ、我えらい!


「それではまずは自己紹介といこうか。

我が名はベル=ヴェルク・オールシュ・ヴァイズ。世のものからは天災や魔神と呼ばれておるわ」


「俺の名前はファウスト・オルズ・レガリアだ。さっきはからかって悪かったな」


「ふっ、もう気にしとらんよ。我は大人じゃからな」


  フッと鼻を鳴らし先のことを水に流してやる。我超大人じゃな。むふふ。

  にしても、 レガリア?はて、どこかで聞いたことがあるような……まぁそのうち思い出すじゃろ。

 我はレガリアという名に何か引っ掛かるモノを覚えながらも取り敢えず今は置いておき、ファウストと言ったガキンチョと握手をした。


「それで、ヴァイズーー」


「ベルでかまわんよ」


「ーーベルと会わせたかったみたいですが、一体どのような理由で?」


「いや私って実は体外に魔力を放出できない体質だからさ、その関係上当然魔導もダメで、魔導師対策としての知識程度しかないんだ。

そこでタイミング良く野暮用で島に訪れたベルさんにファウストくんの魔導の修行を付けてもらおうと思ってね。

彼女は魔神なだけあって魔導のエキスパートなのさ。だからこれほど魔導の教えを請うに相応しい人はいないと思ったんだ」


 そう此奴は魔神である我から見ても化物じみた強さを持っとるくせに魔導はからっきしダメで、体の内側から身体を強化する内向型身体強化魔法ぐらいしか使えないのじゃ。まぁ魔力を体内から空間上へ放出できないだけで身体を通して他の物質に魔力を伝播させることはできるようじゃがな。

 にしても驚いとる驚いとる。ガキンチョも我が不本意とはいえこのような大物とは思っておらんかったのじゃろうな。

 ガキンチョが驚いてる姿を見て気分を良くした我は口端を吊り上げてビシッとガキンチョを指指した。


「ということじゃから、これからビシバシ鍛えて我の弟子と胸を張って言えるぐらいにはしてやるから覚悟するんじゃな」


「……はい!」


 ガキンチョもようやっと我をただの綺麗でカワイイ完全無欠の美少女ではなく偉大なる綺麗でカワイイ完全無欠の美少女大魔導師だと理解したらしく素直に我の眼を真っ直ぐ見て頷いた。

 さぁて、どう料理してやろうかのう……。 ぬしが強いのは魔力や仕草でよーく理解しているのじゃ。ただの五歳児への指導と侮ると……死ぬぞ。

 我は内心でほくそ笑みながら明日から始まる新たな弟子の指導内容を構想した。










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