7
俺は咳払いを一つ、いや二つ三つ、いやいや足りないな、四つ五つくらいしてから、改めてにいなと向き合う。
「…………」
無理だ!!!
さっきの失態が結構なダメージになっている。いくら取り繕っても、今更格好がつかない。終わった。
「ふふっ、イナミくん。やっと、イナミくんに会えた」
にいなは良く分からないことを言って、楽しそうに笑い出した。幼少期、当たり前のように俺たちの間を流れていた空気が戻ってきた気がした。
今がチャンスかもしれない。思い立った俺は、意を決してにいなに話しかける。
「望月さん、真剣に話したいことがあるんだけど。いい、ですか?」
「にいなって呼んで、敬語もやめてくれたら聞く」
「ちょ、さすがにブランクが」
「ブランクでもブランコでも、プランクトンでもミジンコでもいいから、そうしてくれなきゃヤダ」
頬を膨らませて、にいなはそっぽを向く。
ちょっぴりわがままなところは、あの頃から変わっていないみたいだ。そのへんてこりんな言葉選びも。
「分かった、分かったから話そう。な?」
「うん」
俺たちは並んで教壇に腰掛けた。ぴったりとくっついた腕と腕が、こそばゆくて居心地が悪い。
にいなが何かを話すと、その振動が、温度が、ゆっくりと伝わってくる。
「まず、謝らせてね。あのパネルのこと」
「いいよ。俺こそ、ごめん。酷いこと言って傷つけた」
「そんなの、いいよ! それなら私だって……」
この調子だと、延々と謝り合うことになりそうだ。俺たちがすべきなのは、こんな話じゃないのに。
クサいセリフになるけど、未来の話がしたい。
2人のこれからの話を。
それを踏まえた上で、第一に伝えなければならない言葉がある。
これを伝えずして、先へは進めない。
「にいな」
名前を呼ぶ。
「にいな」
昔は何の決まりもなく、ただ口にしていた。
あのふざけた法律が無ければ、きっと、こんな重みを感じることはなかっただろう。
呼べるのが当たり前で、呼ばれるのが当たり前で。お互いがお互いを、大事にできていなかったかもしれない。
「好きだ」
自然とこぼれ落ちた告白に、にいなが息を飲んだ。
名前を呼ぶことで好意は伝わる。けれど、関係を変えるのはやはり、この言葉こそ相応しい。
「私も好き。ずっと好きでっ」
彼女が涙ぐみながら、俺の手を握った。
「イナミくんが、大好き……っ」
頬を赤く染めて、勇気を振り絞って答えてくれた。
その上で、こんなことを聞くのはどうかと思ったけど、野暮を承知で、どうしても直接確認したいことがあった。
「ちなみに、それは名字の伊波? 名前のイナミ?」
「もちろん、イナミくん!」
パッと花が咲いたように笑う彼女。
答えになっていないようで、その一言に全てがこもっている。これ以上に最高の返事は存在しないと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます