5
翌日。相変わらずパネルだらけの校内を進み、教室に入ると、田鶴が駆け寄ってきた。申し訳なさそうな顔で、飲み物を1本差し出してきた。俺の好きな炭酸のジュースだ。しかも、ちょっと高いやつ。
「……これは?」
「お詫びの品ですぜ、アニキ」
「何のお詫び?」
「やだなぁ、怖い顔して。分かってるじゃあないですか!」
要するに、パネルの一件のことを言っているんだろう。それ以外に思いつかない。
「ごめんな、伊波。余計なことしちゃったみたいで」
おちゃらけから一変、真面目に話し出す田鶴。
彼なりに気遣ってくれていたことは、分かっている。
当事者のくせに何もしなかった俺には、本来、文句を言う筋合いなんて無かった。感謝こそすれど。
それなのに、冷たく当たってしまった。
昨日のにいなの泣き顔を思い出して、また胸が痛んだ。
「俺もごめん。雰囲気悪くして」
「いいよいいよ。俺たちのやり方がマズかったんだ。こんなもの作ったら、もっと面白がられるって、考えたら分かることなのにな」
ニカッと笑うと、彼は教室の後ろを指差した。そこには、例のパネルが山のように積まれている。
「まだ半分にも満たないけど、回収したんだ。俺とにいなサンで」
……にいなも?
「にいなサン、半ベソかいてたぞ。理由は教えてくれなかったけど、「伊波くんが」って、そればっか。妬けちゃうぜ」
田鶴は俺を小突くと、廊下に視線をやった。ニヤニヤニヨニヨと笑う男子生徒数名が、パネルを掲げている。
それを見ても、俺の心は穏やかだった。アレはアレでいいかもな。俺を想う気持ちが、少ーし裏目に出ただけなんだ。
回収しに向かう田鶴を制して、小さく首を振る。
「いいのか」
「いい。そのままで」
「お前が言うなら、まあ構わないけど。急に癇癪起こしたりするなよ?」
「バカ、しないって」
冗談だと笑う彼につられて、俺も笑った。
清々しい気持ちだった。
すっかり良い気分になっていた俺だったけど、もう1つ大きな問題が残っていた。ヒビの入ったにいなとの関係を修復することだ。幼い頃みたいに、なんて欲張ったりはしない。ただ、今の絶交状態だけはどうにかしたい。せめて、挨拶ができるくらい。
いや、それでも恐れ多いな。遠くから見つめていても、視線を逸らされないくらいには戻りたい。
「決めた。放課後、にいなと話をする」
「やけにボーッとしてると思ったら、そんなこと考えてたんかい。決めるの遅すぎな」
「遅いって言うけど、まだ6時間目だよ」
「終わったら、すぐ放課後だろ。にいなサンに用事ができてるかもしれないぞ」
言われれば、そうか。年がら年中、暇な俺と違って、にいなは生徒会やら何やらで多忙だ。先約がいてもおかしくない。仲直りのシチュエーションを考えるあまり、そこまで頭が回らなかった。
「どうしよう。仲直りって、先延ばしすればするほど、できなくなるもんだよな……」
がっくり肩を落とす。ここが運命の分かれ道だったら、俺はおしまいだ。さよなら、さよなら……。
「おい、伊波! 白目になってんぞ!」
「白目にもなるわ。自分が情けなくてさ、現実見ないようにしてんの」
「やめろって、怖いわ!」
深いため息を漏らしながら、白目をむく男。
なるほど確かに、怖そうだな。俺は目をパチパチさせて、きちんと前を向く。ホッとした顔の田鶴が、1枚の紙切れをヒラヒラ振っている。
「…………イチマンエン?」
「違う」
「なんだ、ゴセンエンか。それでも嬉しいよ」
「違うって。そもそもお金じゃない! 今のお前に必要なもんだよ」
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