翌日。相変わらずパネルだらけの校内を進み、教室に入ると、田鶴が駆け寄ってきた。申し訳なさそうな顔で、飲み物を1本差し出してきた。俺の好きな炭酸のジュースだ。しかも、ちょっと高いやつ。


「……これは?」

「お詫びの品ですぜ、アニキ」

「何のお詫び?」

「やだなぁ、怖い顔して。分かってるじゃあないですか!」


要するに、パネルの一件のことを言っているんだろう。それ以外に思いつかない。


「ごめんな、伊波。余計なことしちゃったみたいで」


おちゃらけから一変、真面目に話し出す田鶴。

彼なりに気遣ってくれていたことは、分かっている。

当事者のくせに何もしなかった俺には、本来、文句を言う筋合いなんて無かった。感謝こそすれど。

それなのに、冷たく当たってしまった。

昨日のにいなの泣き顔を思い出して、また胸が痛んだ。


「俺もごめん。雰囲気悪くして」

「いいよいいよ。俺たちのやり方がマズかったんだ。こんなもの作ったら、もっと面白がられるって、考えたら分かることなのにな」


ニカッと笑うと、彼は教室の後ろを指差した。そこには、例のパネルが山のように積まれている。


「まだ半分にも満たないけど、回収したんだ。俺とにいなサンで」


……にいなも?


「にいなサン、半ベソかいてたぞ。理由は教えてくれなかったけど、「伊波くんが」って、そればっか。妬けちゃうぜ」


田鶴は俺を小突くと、廊下に視線をやった。ニヤニヤニヨニヨと笑う男子生徒数名が、パネルを掲げている。

それを見ても、俺の心は穏やかだった。アレはアレでいいかもな。俺を想う気持ちが、少ーし裏目に出ただけなんだ。

回収しに向かう田鶴を制して、小さく首を振る。


「いいのか」

「いい。そのままで」

「お前が言うなら、まあ構わないけど。急に癇癪起こしたりするなよ?」

「バカ、しないって」


冗談だと笑う彼につられて、俺も笑った。

清々しい気持ちだった。




すっかり良い気分になっていた俺だったけど、もう1つ大きな問題が残っていた。ヒビの入ったにいなとの関係を修復することだ。幼い頃みたいに、なんて欲張ったりはしない。ただ、今の絶交状態だけはどうにかしたい。せめて、挨拶ができるくらい。

いや、それでも恐れ多いな。遠くから見つめていても、視線を逸らされないくらいには戻りたい。


「決めた。放課後、にいなと話をする」

「やけにボーッとしてると思ったら、そんなこと考えてたんかい。決めるの遅すぎな」

「遅いって言うけど、まだ6時間目だよ」

「終わったら、すぐ放課後だろ。にいなサンに用事ができてるかもしれないぞ」


言われれば、そうか。年がら年中、暇な俺と違って、にいなは生徒会やら何やらで多忙だ。先約がいてもおかしくない。仲直りのシチュエーションを考えるあまり、そこまで頭が回らなかった。


「どうしよう。仲直りって、先延ばしすればするほど、できなくなるもんだよな……」


がっくり肩を落とす。ここが運命の分かれ道だったら、俺はおしまいだ。さよなら、さよなら……。


「おい、伊波! 白目になってんぞ!」

「白目にもなるわ。自分が情けなくてさ、現実見ないようにしてんの」

「やめろって、怖いわ!」


深いため息を漏らしながら、白目をむく男。

なるほど確かに、怖そうだな。俺は目をパチパチさせて、きちんと前を向く。ホッとした顔の田鶴が、1枚の紙切れをヒラヒラ振っている。


「…………イチマンエン?」

「違う」

「なんだ、ゴセンエンか。それでも嬉しいよ」

「違うって。そもそもお金じゃない! 今のお前に必要なもんだよ」

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