第26話花火が音を響かせる

たくさんの思い出が夏休みにできた。

プールもバーベキューも夢とのデートも近場で遊ぶことさえも夏休みってだけで景色が違って楽しかった。そして今日は最終日河川敷での祭り夏休み最後の思い出。なんとなくセンチメンタルな気持ちになりつつもこれから始まる祭りに気持ちを高揚させる。集合場所は学校の最寄り駅でそこから現地に向かう。せっかくだから着物の着ていこう。


***

「おまたせ」

「大宮もきたしこれで全員集合したな」


夢、愛衣、春風、長谷川さん、中村、僕の5人は全員が着物を着ていた。長谷川さんと春風は落ち着いたデザインのもので愛衣は大人っぽさのあるデザインで少しだけ色っぽかった。夢は可愛らしさ全面なこの中では1番派手なデザインだがとても似合っていて可愛い。


「ここから会場までどれくらいかかるかな」

「電車と歩きで15分くらいだと思う」

「楽しみだなぁここ数年花火ちゃんと見てないし」

「意外だね」

「あぁー俺もそうだな」

「だろうね」


思い思いに雑談を交わしていると河川敷についた

人はまぁまぁ多いがレジャーシートを引いて花火を楽しむくらいのスペースは余裕である。

場所取りだけすませて、屋台へと向かう。


「とりあえず食べ物と飲み物買いに行こっか」

「「「「「さんせー」」」」」


それぞれ食べ物も飲みたいものも違うけれど、全員で一つ一つ回って行く。先頭は中村と長谷川さんが雑談を交わして、その後ろで愛衣と春風が笑ってる。そういう時間を大切にしたくて、眺めていたくて、僕は最後尾から友人達を眺める。


「センチメンタルな気持ちになっちゃったの?」

「わかる?」

「彼女だからね」

「ラムネでも飲まない?」

「お祭りだから?」

「特別だからね」


少しだけ2人でこの列から外れ、ラムネを買う。

買ったたこ焼きを片手にラムネの口を塞ぐビー玉を専用のプラスチックで落とす。しゅあわわっと泡をたててラムネが飛び出そうになるのを口で塞いでゴクンと飲む。隣で上手に開ける夢は微笑を浮かべてこちらを見てくる。


「下手だね」

「昔から苦手なんだよな」

「あぁでも私も小学生の頃はよく手がベタベタになってたなー」

「わかる。祭りって案外手を洗う場所が少なくてしばらくベタベタなままで最悪なんだよね」

「水飴とかもそうだよね」


祭りあるあるなのか少し盛り上がって話をしていると中村たちがそれに気づいて話をする。

祭りのクジが全然当たらなかったとか、使い道は無いんだけど何か使えそうな景品選んじゃうとか

かき氷のシロップ全部かけるとかそんな小さい頃の思い出話に花を咲かせて新しい思い出をつくっていく。とりあえず買いたい物も買えたので、レジャーシートのところに座って空と屋台を眺める


「晴人たこ焼き食べる」

「食べる」


夢はたこ焼きを串で刺して僕の口元へと運んでくる。ちょっと前まではなんやかんやで照れてしまう行動ではあったが、夏休みも終わりを迎える頃となった今は平然とそれを食べる。

歩き回ったおかげでほどよい熱さになっていた、たこ焼きはおいしいけれど、なんだか寂しかった

やっぱりたこ焼きはアツアツなのが最高なんだな


「ソースついてるよ」


指先で唇付近のソースを指ですくうとペロリと指を舐める夢はあざと可愛いくてドキッとしてしまう一方で着物のせいかどこか色っぽくて変な気持ちになってしまった。


「あ、ありがと」

「照れてる~かわいい」

「不意打ちはズルいぞ」

「じゃあもう2度とやらな~い」

「それはちょっと……ね」

「ふ~んまたやってほしいんだ」

「いやなんと言うかね、まぁはいそうです」

「ほんと2人は仲良いよね」

「長谷川さんと中村だってそうでしょ」

「確かにそうだけどあの2人って夫婦みたいじゃない?」

「あ~確かになんかわかるかも言葉を交わさずとも伝わる的なあれね」

「そうそう」


春風は小さいバックからウェットティッシュを取り出して夢に渡す。


「夢の仕草は可愛いけど、ちゃんと手を拭いてからやらないと汚れてるかもしれないからね」

「は~い」

「みんなもどうぞ」

「てゆうかさすがだよね。ウェットティッシュ持ってきてるとか」

「そんなことないよ」


春風はこの中で1番精神年齢が高いっていうか愛衣と夢のせいで若干お母さんって感じになってる


「花火っていつからだっけ」

「8時からだよ」

「じゃああと30分くらいか……じゃあ2カップルは恋人同士で見るでしょ?」

「あ~でも2人に悪いから」

「気にしなくて平気だよ。私達は2人で楽しむから」

「いや、でもさここの花火15分間ぐらい打たれるらしいから最初の5分くらいはみんなで見たいかな」


夢と2人で見る花火は確かに魅力的だけど、このメンバーでも見たい。来年必ず全員揃って見られるとは限らないから最初の5分くらいは見ていたい。


「そうだなせっかくだし全員で見たい」


今の内に最終買い出しに出て、わたあめやりんご飴、チョコバナナみたいな甘いものからやきそばやイカ焼きを買って、戻って、食べて30分間を過ごす。アナウンスと共に第一頭が打たれる。

ピューバン……と余韻を残しながら次から次へと花火が咲く。


「「「「「「たまやー」」」」」」

「「「「「「かぎやー」」」」」」


由来の知らない掛け声を全員で声に出す。美しいと静に見てるのも風情があって良いけれどやっぱり6人で花火を見てるんだ。楽しさを共有しないともったいない。あと少しだけの食べ物を食べ尽くして、いよいよ5分がたった。なんだか名残惜しくて、少しだけ2人に申し訳ないけれど、夢と2人でこの場所から離れる。中村達とは反対方向に


***


「2人だけになっちゃったね」

「向こうも2人だけだよ」

「向こうはだけってよりもきりじゃない」

「そうかも」


さっきまでの賑やかさはなくなったけど、周りの人達の明るい声や小さい子がはしゃいでいるのを見ると寂しさはそこまで感じることはなかった。


「私達も来年は彼氏できてるかな」

「春風はモテるでしょ」

「愛衣だって」

「けど」

「「あの人よりもいい人はそう見つからないよね」」


揃った声にお互い笑い合ってなんだか残念な女達だなと思う。失恋してしまった、私達だけど、この瞬間はあの2カップルには味わえない楽しさがあるのだと最後の10分間を過ごした。


***


「この辺でいいか」

「私は裕木と一緒なら別に良いんだよ」

「星川みたいなことを言うな」

「確かに私っぽくはないかも……だけど本心だよ小さい頃からずっと好きだった」

「俺もだよ」

「でも、裕木は間違った不器用な優しさで私のことを守ってくれてた。だからありがとう」


恋をして、恋をした私はこの花火の音をバックに素直にストレートに色々伝えたい。


「だけど、本当はずっとそばで守ってほしかった。裕木が離れた分を詰めようとしても裕木は離れていくから寂しくて、哀しくて、恋をしてることが、あなたを好きでいることが辛くなった日だってたくさんあったの」 


気づいたら涙が溢れて、こぼれてた。こんなに感情的になったの久しぶりだな。これまでもみんなから慕われる人間でいたいから率先して、色んなことをしてきたから。こんな風に泣くのは久しぶりで、花火の音が小さく聞こえてくる。


「裕木が高校入ってからだって……河合くんをいじめたときは最低って叫びたいくらい怒りたかったし、拒絶したかった……だけど……だけど……やっぱり裕木が大好きで距離はあったけど彼女でいられることが嬉しくて……悲しくて……よくわからなくなりそうだったの……」

「ごめん……もう離れないから、間違った優しさじゃなくて、お前を、未来を守るからちゃんと言葉で伝えるから」


裕木の大きな体に抱き寄せられた。その温もりは暖かくて、優しくて、安心できる。多分みんなでこなかったらこんな風に伝えることはできなかったと思う。心の底からありがとうみんな

花火が終盤を伝えるように激しく音をたてて咲かせる。その景色を背景に裕木とキスをした。

付き合って何年目かでようやくのファーストキス

だった。


「今までもこれからもずっと愛してる」

「私もだよ……」


もう、間もなくで花火が終了する。この今まで1番輝いていた。時間もこの祭りの余韻と共になくなってしまう。だけど、多分、きっと、これからの方が幸せで輝いてると信じられるから私と裕木の花火は散ることはない。


***


「ここなら花火も見られるし、人もいないね」

「そうだな」

「なんか珍しいね。こういう場所を晴人が選ぶなんて」

「最後だからせっかくなら2人でみたいじゃん」

「やっぱりセンチメンタルだね」

「そうだな」


なにかをするつもりなんてものはなくて、ただ2人で見たかった。2人っきりで見たかった。それだけで良かったけどそれだけじゃもの足りなくなって、キスをした。お互いセンチメンタルなせいか惜しむように長い長いキスをした。

もしかしたらもう伝わってるかもしれない。

けれども、この瞬間だけは忘れられた気がしてもう満足だった。それでも互いの唇は離れて、少しだけ気まずい空気が流れる。


「センチメンタルってやだね」

「そ、そうだな」


手で赤くなった顔を仰ぐ夢を背景に花火が大きな音をたてた

その瞬間に僕の中で何かが終わった。


「そろそろ戻ろっか少し遠いし、待たせたら悪いから」

「…………………」

「晴人?」


花火は音を響かせてどんどんと打ち上げられる。

それと同じくして僕の頭からこの夏の思い出が消えていく。花火みたいにパッと頭に出て形を崩してなくなっていく。


「あぁ良かった…今日までもってくれて……」

「何を言ってるの?晴人!晴人!」


本当は少し気がついていた。気にしないようにしていたいただけで、体の違和感は少し前からずっとあって、何かをしようとしてもすぐに忘れて、大切な親友のことも思い出せず、親友に酷いことをした相手の存在も忘れてしまっていた。


僕の夏休みは全て終わった。

花火が終わった頃にみんなは僕の知らない思い出話をして、それぞれの家路へと歩いていった。僕と夢を除いて……


僕と夢は病院に向かい検査を受け、しばらく待って、呼ばれた。


「大宮さんの病名は若年性アルツハイマー病です。大宮さんの場合記憶障害の進行がいようにはやいです。このままだと1年以内には全て忘れてしまうかもしれません」

「治りますか?」

「なんともいえません。治療する方法はないですが、症状が軽くなったり、記憶が戻る患者さんもおられます。とにかくストレスをためないように過ごしてください。」

「わかりました。ありがとうございました」


病室を出て、夢に病名を伝える。


「そっかぁ……」


夢は涙をためて僕に抱きつく。


「ごめんね…もっと早く気づけなくて……」

「夢のせいじゃないよ……僕も見ないふりをしてたみたいだから。でも良かったよ今日までもってくれて、みんなの楽しい気持ちを守れたから」

「でも……晴人は……」

「夢との2人っきりの時間だけはまだ覚えてる。だけど……僕はこれからきっとどんどんと忘れていって思い出をつくることもできなくなる。だからさ……」

「やめて!もし別れようなんて言ったら許さないから!そんなの絶対嫌だから!私を隣にいさせてよ……お願いだから……」


祭りの余韻なんてとっくに消えて僕はただ涙をこらえて、僕の変わりに泣いてくれる夢の頭を撫でて、ありがとうと言い続ける。

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