第10話君との小さな1歩

目が覚めるとそこは病院のベッドの上だった。

まさかここまでしてくるとは思っていなかったけど、これであの男を逮捕することができる。

左手の粉砕骨折とあばら骨な骨折。運良く後遺症は残らないと医者が言っていた。警察への被害届は家族が出してくれたみたいなので僕は体を治すことに専念できる。本当は殴られるとかですむと思っていたんだけど突き飛ばされるとは思ってもみなかった。春風に理由を伝えられなかったのはもしこの事を知ればきっと断るだろうからだ

ノックが聞こえドアが開かれる。


「晴人くん!大丈夫!」

「大丈夫、後遺症も残らないみたいだから」

「ごめんね……私のせいで」

「春風のせいじゃないよ」

「そうだ果物持ってきたけど食べる?」

「食べたい」


春風はりんごやグレープフルーツ、バナナなどが入った袋の中からりんごを取り出して果物ナイフで食べやすいように切ってくれた。


「ありがとう、いただきます」


フォークでりんごを刺して口へ持っていこうとすると全身が痛む。


「いたっ」


骨折はしてない部分でも打撲やら衝撃やらで動かすとまだ痛い。傷口だってあるし……僕はりんごを1つ食べてフォークを皿に置いた。すると春風がそのフォークを持ってりんごを刺す。そのまま僕の口元へ運ぶ。


「え?」

「だって……私は偽の彼女かのじょだから……」


フォークを僕に向けたまま恥ずかしそうに言う春風は可愛くて僕の心をかき乱す。ズルいよ……もっと好きになっちゃうじゃん。

食べたりんごの味は僕には甘すぎた


「晴人くんは明日学校行けるの?」

「行けなくはないかな足は骨折してないから」

「病院からは?」

「絶対安静……」

「休みなさい」

「はい……」

「ずっとここにいるのも悪いから帰るね」

「わかった、じゃあね」


その後男の身元は特定したが逃げたみたいでまだ捕まえられてないと警察から説明を受けた。ベッドに横になってる分ならそこまで痛まないので警察の事情聴取受けることにした。


「君はこの男の人のこと知ってるかな」

「知らないです」

「最近恨まれるようなことがあった?」

「そういえば少し前に電車で友達が痴漢されそうになっててそれを助けたことがあります」

「それがこの男だよ」

「確信はないですけど、この腕の大きさとかなんとなくの体格は同じです」

「それはどれくらい前のことかな」

「1週間ほど前です」

「他に何か心当たりないかな」

「実はその後その友達から同じ人から痴漢を最近ずっとされていると相談を受けまして、一緒に帰るようになったんですけど、あれからずっと電車の中で嫌な視線を感じていました」

「つまり男は君に嫉妬した可能性があると」


その後も質問に答えて警察の人は帰っていった。

身元がわれているならすぐに逮捕されるだろう。

これで恋人のふりも、春風と帰るのも終わりか

こんな危険な目にあっても残念だと感じてしまう好きって気持ちはもう病気なのではと考えてしまう。明日はさすがに休むか……

それからしばらくして、愛衣も亮太もお見舞いに来てくれた。心配されたり冗談言ったり、友達の大切さが身に染みる1日だった。


***


月曜日さすがに暇だった。病院の中は特にやることがないし、怪我してるから運動はできない。ギプスのせいで左手は使えないからゲームもできず本も読めない。退屈だ。散歩でもしようかな。でも頭にもまだ包帯をしてるからこの格好で外に出るのはなさすがに抵抗がある。頭の包帯とれないか聞いてみるか。看護師さんが昼ご飯を持ってきてくれたタイミングで僕はダメ元で聞いたらすんなりOKが出た。頭の怪我はそこまで大きいものではないから構わないとのことだった。あんまり無理しないでくださいねと言われただけ。どの辺が絶対安静だったのやら


「どこ行こうかな」


僕のいる病院は家の近くだったのでこの辺はだいたい知っている。散歩しても楽しくないなどっか少し遠くに行こう。電車に乗って高校の最寄り駅に降りる。いつも登下校してるだけでこの辺のことはよく知らないから丁度良い機会だと思って選んだ。とは言っても僕の住んでるところとたいして変わるものはない。会社やお店が並び、公園は質素なものしか見かけない。そうだよな別に田舎に行ったわけじゃないから自然が広がってるわけないし、家からそんなに遠い場所でもないから普通なのか。少し残念に感じながらもお店を回ったりして時間を潰した。なんやかんやでもう17時半だ

本屋を回ってたらこんなに経っていたとは……


「帰ろっかな」


電車に乗って優先席に座った。こんな怪我をしているせいかはたまた歩き回ったせいか僕は眠ってしまった。僕が起きた頃には3駅ほど寝過ごした。ため息をつきながら電車を降りて時計を見ると18時を過ぎていた。喉が渇いたので自動販売機でお茶を買ってごくごくと飲む。LONEを開いて、春風に大丈夫か確認をとる。もう電車に乗っている頃だろうから少しだけ心配だった。幸い杞憂に終わり視線も感じてないとか。安心しながら電車に乗ろうと向かうと丁度出発してしまった


「嘘でしょ……」


5分後に来た電車に乗って1駅目。ここは春風が降りる駅だ。ふと、窓の外を眺めた一瞬、目に映った男の姿に体が震えた。驚きで体が動かずにいると電車は出発してしまった。嫌な想像が膨らむ。次の駅で急いで電車を降りて、走りながら春風に電話をかける。目に写ったのは次の電車の時刻表。


各駅は5分後どうする走って向かうか1駅なら走った方が早い。判断した瞬間駅の中を全速力で走る。階段を上り人をかき分けて走る。春風は電話に出ない。もしかしたらまだ電車の中かもしれない。次にかけたのは警察。事情を完結に話して場所を伝える。少し時間はかかるが来てくれるそうだ。何分走っただろうか。普段運動しない僕には相当キツかった。足を止めれば春風が危険な目に合うかもしれない。ただそれだけを危惧して走る。すると電話がなる。春風だ、急いで出ると僕とは対照的な落ち着いた声が聞こえる。


「晴人くんどうしたの?」


乱れた息のまま答える


「その近くに男がいるかもしれない!」

「え?」

「さっき見かけたんだ今どこにいる」

「駅から少し離れたところ」

「その辺にお店とかない」

「晴人くんも知ってると思うけど私の帰り道住宅街とか公園が少し多いから」


そうだった……今から駅に戻るのは危険だ。もし最善の手段があるなら


「春風!家まで走って!」

「わかっ……キャー………」

「春風!、春風!」


嘘だろ……一瞬聞こえた男の声に体が絶望を覚える。切れた電話は再び出ることはなくコールだけが続く。クッソ、走るしかない……すでに限界の体を叩いてさらに走る。するとようやく春風の最寄り駅が見えた。まだ間に合うかもしれない。

記憶を頼りに春風の帰り道をたどる。


あれは……

春風の携帯だ!見えた光を掴む思いで周りを見渡す。もしも犯人ならどこに……見えた先にあるのは薄暗い公園木が多めに埋められていて周りからは見えない。走って公園に入ると男が人影にまたがっている。


「春風!」


見えた春風の顔は涙で濡れていた。男に全力で体当たりしてどかす。春風の制服は乱れていて、シャツのボタンは何個か外されてピンクの下着が少しだけ露出されていた。


「お前がぁああ俺の邪魔を……俺は愛しているんだ。お前がいるせいで何もかも台無しになったんだ」


男はポケットから折りたたみのナイフを取り出す


「殺す!絶対殺す!」


殺す?ふざけんなよ……お前のせいで春風は怖い思いして傷ついて涙を流したんだぞ……よくもそんなことが言えるな……



ナイフを向けて走る男に僕も走りナイフをギプスをした左腕で受け止めて右手でナイフを掴む。なんとかナイフをとばして押し倒す。怪我だらけの貧弱な男が唯一大柄の男に勝つ方法それは股間を攻撃することだ。馬乗りなって、右手で思いっきり股間を殴る。男の絶叫。僕はもう一度殴る。男は悶絶してその場を転がり回る。そのままゆっくりと近づいて右手で殴る。


「もう…やめてくれ」

「何がやめてくれだよ、お前はこんなんじゃ足りないくらい春風を傷つけたんだぞ。知らない男に痴漢されて、犯されかけてどんだけ怖かったと思ってんだよ」

「晴人くんもうやめて……これ以上は晴人くんの体が……」


そのとき警察のサイレンが聞こえてきた。よかったこれで男は逮捕される。

安心したせいか疲れと痛みがどっと押し寄せる。

傷口がまた広がって血が流れる。倒れるほどの出血ではないものの痛い。近くにあった滑り台に背もたれをかける。春風が走って駆けよってくる。

そのまま涙を流しながら抱きつかれる。


「ありがとう……怖かったよぉ……」


僕にできるのは頭を撫でて安心させえあげることだけだ。

左腕は血が流れている。でも春風はそんなこと気にせず抱きついている。


「私……殺されると思って……犯されると思って……辛くて、怖くて涙が止まらなくて……だから晴人くんが来てくれて本当に安心して嬉しくて……また涙が止まらなくなって……」

「もう大丈夫だよ」


ばれないように僕も涙を流して抱きしめる。

その後パトカーから警察官が降りてきて男を取り押さえる。僕らは救急車を呼ばれて運ばれる。

傷は浅く明日は学校に行けるそうだ。


***


次の日僕は愛衣と学校に向かう。僕らの恋人のふりは終わりもう名前で呼び合うことはないのかと残念に思いながらドアを開く。僕が席につくと青山さんが振り返る。


「おはよう


彼女が呼んだ僕の名前は河合くんではなくて晴人くんだった。それだけで僕は嬉しくて、少しだけ変わった関係に僕も1歩踏み出す。


「おはよう春風」


驚く愛衣と亮太の声を聞いて、秘密ごとを隠すように2人で微笑んだ。

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