第5話 少しズレた場所にいる

 つづりは、いつものように電車に揺られて高校へと向かう。

 学力は中の上。進学する学生の方が多い、都内の高校。

 通う生徒たちはどこはのんびりとしており、多少素行は悪くても、大問題を起こすような生徒はいない。その上アクセスもいいから、つづりはわりと気に入っている。


「ねぇ、見た? 昨日の天文道様のランクライブ!」

「もっちろん! 圧勝だったよね~!」


 席に座れば、教室の一部に集まったクラスメートたちが昨日のアイドルライブ――ランキング戦について話しているのが、なんとなしに聞こえる。

 同年代のアイドルたちを熱狂的に話題にするクラスメートたち。それは、ある意味『当たり前』の景色だった。


「ランキング3位は揺るがないよね! 相手の子たちだって負けてとーぜんよ」

「負けた後、仕方ないって顔してたもんねー。横綱相撲ってやつ? 早くトップになって欲しいなぁ」

「はぁ? 天文道様が相撲って何よ!」


 昨日の“自己主張パフォーマンス”について、熱く語るクラスメートたち。

 彼女たちと関係ないのに、ただファンというだけで自分のことのように喜んでいる。


「…………」


 それが悪いわけではない。

 つづりも好きな音楽や漫画、スポーツ選手はいる。応援している人が褒められれば、なんだか悪い気がしないというのは当然のことだ。

 『アイドル』だからってこんな気持ちにならなくても――


 ――クシャリ。


「んん?」


 少し堅い紙が丸まった感触。

 昨日渡された名刺を捨てようと思ってそのままにしていた。


「おはおは、つづりーん……およ?」

「どうかした? 変な顔して」


 チーコとマトが声をかけてくる。二人とも入学してすぐに仲良くなった友人だ。

 チーコは大柄でふわっとした肩までの明るい茶髪で、同じく明るい性格と眼鏡をかけているのが特徴的。

 マトは黒髪のおかっぱが似合う小柄の子で、クールで知的な雰囲気がある。

 二人並ぶと凸凹コンビと言った具合だ。


「おはよ。なんていうか……」

「もしかして昨日もブクロで歌ってた? それでぇ、スカウト受けたりして!」

「まぁ……」


 事実は事実なのでつづりは頷く。


「ま、マジッ!?」

「スカウトなんてびっくり……でもないか」


 目を丸くしたチーコとは逆に、マトが淡々と言う。言葉通りびっくりしている様子はない。


「いいなー」


 チーコが羨ましそうに唇に人差し指を当てるが、ノリで言ってるだけで実際は羨ましいとは思っていない。盛り上がりそうな話題が好きなだけだ。


「ね、ね、ね? それで? マネージャーだったの? もしかして『デュアル』のお誘い?」


『デュアル』


 複数人のプロデュースと違い、デュアルとして組むというのは、それだけ高い評価をされた証左だ。

 単純に『自分と二人でアイドル活動をして行こう!』と誘われるわけだから、それだけでドラマチック。

 チーコが目を輝かせるのも無理はない。


「さぁ、そこまで聞いてないし、聞く気もないし」

「でもさー、つづりんは駅前で歌ってるんだし、アイドルと似てるよね」

「ぜんっぜん違う」


 つづりはそう答えるものの普通の反応だとも思っている。不本意だが『歌っている』だけで『アイドル』だと思われるのが今のご時世だ。


「そうかなー。どっちにしろすごいけどなー」

「だから……っ」


 他人の夢を潰したアイドルなんかと同列――


「チーコ、禁句」

「あ、そーだった……メンゴメンゴ」


 マトの短い指摘に、ハッとしたようにチーコが謝ってくる。


「別に、気にしてないし」

「だったら、その冷たい声音はやめなさい」

「……ごめん」


 マトにため息をつかれてしまった。

 事情は知らなくても、つづりがアイドル嫌いであることは二人とも知っている。いつもは避けている話題のだが、今回ばかりはそのアイドルが話の中心だったのでチーコが突っ走ってしまった。

 なんにしろ、二人に気を遣わせたのは間違いないから、つづりも声を荒げたことが後ろめたくなる。


「でも、色んな人に歌を聞いてもらえるチャンスだと思うけど?」

「う」


 淡々とした口調でマトに言われると、妙に説得力がある。


「そうそう、スカウト受けた時点ですごいし、いい感じだよねー」


 チーコの話し方は別の世界のことだと割り切っているもの。これも普通の反応だ。

 いくら『アイドル』が世に氾濫しているとはいえ、多くの人は別の生き方をしている。アイドルはあくまで、ドラマや漫画のように日々を楽しむためのエンターテイメントだ。

 つづりにとってもそれは同様のはず……なのに。


「とはいえ歌うのが好きってだけなら、趣味でやるのが一番だと思うけどね」

「やりたくないことしたくないもんねー」


 『自由に歌う』のはお姉ちゃんも願っていたこと。

 アイドルなんかになりたくない。


 ……でも。

  

 つづりは『負けたくない』と思っている。

 あんな、無理やりきらびやかにした世界で。

 メディアやお金の力を使って。

 さも『素晴らしいもの』と錯覚させる。

 世界が『アイドル』で染められたばかりに、大切な人は夢をあきらめた。


 ――歌うだけなら、自分もアイドルも差なんてない……はず。


 チャイムが鳴り朝のHRが始まった後も、ポケットの中の名刺をさわりながら、つづりは考えて続けてしまう。

 胸に重石を乗せられたような気分だった。アイドルについてアレコレ考えるとモヤモヤした気持ちがどうしても湧き上がる。


(私、どうしたいんだろ?)


 ふと、握りつぶした名刺を取り出し開いてみる。

 興味ではない。こんな気分にさせたあの男に文句を言いたいだけ。

 そんな言い訳をしながら、紙面に目をやる。

 名刺は、装飾のないシンプルなものだった。

 連絡先の他に、アイドル協会のナンバーとコードがついている。これはスカウトした人間の立場を保証するもので、調べれば本当の会員かどうかすぐにわかる。それで詐欺や不正なスカウトを防いでいる。

 ――と、以前テレビでアイドル協会のお偉方がご高説をたれていた。

 後で調べるとして、中央に書かれた相手の名前を見る。


「へ?」


 名前の場所には、冗談みたいな文字が並んでいた。


「……ピアノマン?」

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