第三十三話 鎌倉さん案件発生? 2

 鎌倉かまくらさんのアドバイスもあって、私はあの日から、公園の前を通らずに通勤している。そのせいで公園の整備工事がいつ始まったのか、まったく知らずにいた。そんなある日の昼休み、一宮いちみやさんが声をかけてきた。


羽倉はくらさん、聞きました?」

「なにが?」

「ここの近所にある公園。工事を始めたら怪奇現象が続発して、いま工事が中断中なんですって」

「え、そうなの?」


 パソコン前で、ちょっと早いお昼ご飯を食べている神様に目をやる。どう考えてもあの時の「声」がらみだ。となれば、神様が知らないはずがない。


「なんじゃ? わしは公園工事のことなんぞ知らんぞい? 土木事務所の仕事は管轄外かんかつがいじゃ」

「そうなんですか? でも多少の事情ぐらい知ってますよね?」

「そういうことは、鎌倉さんか浜岡はまおかに聞いてみたらどうじゃ? おお、噂をすればなんとやら。浜岡が帰ってきたぞい? 噂好きな男じゃから、いろいろと情報を仕入れてきているのでは?」


 神様がそう言って事務所の入口をさす。ちょうど浜岡さんが入ってくるところだった。


「なるほど。浜岡さん、ちょっとお話が!」


 私が呼び止めると、浜岡さんはものすごく悲しそうな顔をする。


「羽倉さん、俺、久しぶりにまともな時間に昼飯ひるめしが食えると思って、急いで帰ってきたんだけど~~?」

「話を聞いてくれるなら、これを付けますがどうでしょう?」


 お昼ごはんとして持ってきた、ラップに包まれたおにぎりをかざした。


「こっちがタラコ、こっちが鮭です」

「もしかして羽倉さん手作り?」

「ですです。コンビニのおにぎりより具だくさんなのが、自慢です」


 今日のタラコなんて、たくさん入れすぎて横からはみだしている。


「羽倉さんと話をする報酬として、どっちかが食べられると」

「浜岡さんが、他人が握ったおにぎりでも気にしないならば、ですけど。あ、もちろんお茶も付けます」

「気になんて、しませんしません。あ、神様が食べてる玉子焼きは? 甘い系? しょっぱい系?」


 神様が食べている玉子焼きを、物欲しそうな目で見つめた。


「甘い系ですよ。じゃあそれもお付けます!」


 そう言って、神様のお皿から一切れとってお弁当のフタに乗せる。


「わしの玉子焼きなのに」

「神様は毎日食べてるでしょ? はいはい、浜岡さん、ここに座って座って」


 隣の椅子をバンバンたたいた。


「けど俺が食べちゃったら、羽倉さん、足りなくなるんじゃ?」

「ここ最近うちの事務所、神様がお取り寄せしたお菓子であふれてますから」

「そうでした」


 浜岡さんが椅子に座るのを見て、ウエットティッシュを差し出す。


「いたれりつくせりで、どうもどうも」

「いえいえ。神様で慣れてますから」

「なるほどね。それで俺に話って?」


 浜岡さんは手をふくと、おにぎりのラップをはがしながら質問をした。


「一宮さんから聞いたんですが、近所の公園で怪奇現象が起きてるとか」

「あー、あの公園ね。ああ、そっか。羽倉さんは鎌倉さんから、公園を避けて通勤するように言われたんだっけ?」

「そうなんです。なので公園の整備工事が始まったのも知らなくて」


 うんうんとうなづくながら、おにぎりを一口。浜岡さんの目が丸くなる。


「おお。一口目からタラコにたどり着くとは」

「そのタラコ、神様が九州からお取り寄せしたタラコなんです。おいしいでしょ?」

「お取り寄せもほどほどにしないと、羽倉さんの家計簿が大変なことになってるんじゃ?」

「一か月の金額、決めてあるんですよ。その範囲内ならOKってことで」


 そのおかげで神様の吟味ぎんみ時間がムダに増えて、最近は神様としての仕事をまったくしてないんじゃ?と思う日もあったりする。


「それで工事が中断してるのって、公園の神様が工事ができないようにしてるってことで、正解ですか?」

「まあそんなとこだね」

「てことは、いよいよ鎌倉さんとか浜岡さんの出番とか?」

「ん? 俺達はノータッチだと思うけど?」

「え? どうしてですか?」


 騒ぎが大きくならないうちに、浜岡さん達で対処すると思っていたのに、まさかのノータッチ宣言とは。


「どうしてって、あっちは市の土木事務所。ハローワークは厚生労働省。管轄かんかつが違うし」

「でも原因は神様ですよね?」

「神様といっても、あの公園の神様、かなり長いことあそこで神様してるからね。斡旋あっせんしてすぐならハロワのほうで責任を持つけど、何十年ともなるとねえ……」


 それにと、浜岡さんはお茶を飲みながら続けた。


「あっちから何も言ってこないのに下手に首をつっこむと、後でいろいろとうるさいんだよ。ほら、縦割り行政ってやつ?」

「あー、そっち」

「そう、そっち」


 いろいろと国の組織は面倒なことが多い。最近でこそ省庁間の協力とかできるようになってきたけど、まだまだ昔の縦割り習慣は根強く残っているのだ。


「でも、すぐそばですよ?」

「たとえ目の前で起きていてもだよ」

「それってすごく薄情じゃ?」

「そう言われてもねえ。僕たちだって時間があり余ってるわけじゃないし」


 浜岡さんは、玉子焼きをもぐもぐしながら言った。


「でも浜岡さん、たまに違う省庁の仕事も引き受けてるんですよね?」

「そりゃまあ? でもそれは、あっちから正式に依頼があってからの話だよ。たとえそれが鎌倉さん案件だったとしても、あっちから何か言ってこない限り、俺達は勝手に首はつっこめない」


 そう言うとニッコリとほほ笑む。


「まあ羽倉さんの言いたいこともわかるよ。でもね、俺達はボランティアじゃない。俺達がしているのは仕事だから」

「それは理解しますけど。土木事務所さんにも、浜岡さん達のような資格持ちの職員さんがいるんですか?」

「どうかなあ。土地関係の神様がらみは、その地域の神社の神主さんが受け持ってるかな」

地鎮祭じちんさい?」

「そう、地鎮祭じちんさい。それでおさまらなかったら、いよいようちに話が来るかもね。場所も近いし」


 今のところ、ケガ人が出たりするようなことにはなっていないらしい。作業用の道具が動かなくなったり、資材がとんでもない場所に移動したりと、そんな感じのことが続いているとのことだ。それで整備工事が中止になれば、神様的にも満足なんだろうけど、お役所仕事をなめてはいけない。とにかく何が何でも計画通りに進めるのがお役所だ。


「お互いに譲らなくてガチンコになりそうですけど……」

「そうなる前に、他の神様の仲裁ちゅうさいがうまくいくと良いんだけどねえ。ごちそうさまでした!」


 おにぎりと玉子焼きを食べ終え、お茶を飲むと浜岡さんは手を合わせる。


「実においしかったです。久しぶりに甘い玉子焼きを食べることができて幸せだよ。こっちはダシ巻きが主流だからね」

「お口に合って良かったです。あ、お湯呑みは私が洗っておきますよ」

「いやいや。そのぐらいは自分でやるよ。あ、そうだ。タラコ、どこで取り寄せたか、あとで教えてくれる? あれも俺好みの味だった」

「わかりました。あとでメモして渡しますね」

「お願いします」


 立ち上がると浜岡さんは何故か私の顔をじっと見つめた。


「なんですか?」

「ん? うーん、羽倉さん、あの公園には絶対に近寄らない方が良いと思うよ?」

「え、もしかして私、やっぱりたたられちゃうんですか?」

「いやいや、そうじゃなくて」


 私がギョッとしたのを見て笑う。


「だいたい前を通るだけでたたられちゃうなら、このあたりに住んでいる人達、全員がたたられて大変なことになっちゃうだろ?」

「あ、そっか」


 そこで浜岡さんは何故か意地の悪い笑みを浮かべた。


「ここだけの話、課長はこの手の交渉事で、相手に貸しを作るのがすごくうまいんだ。うちに依頼がくる前に羽倉さんが巻き込まれちゃったら、その貸しを作れなくなっちゃうだろ?」

「……え?」

「そういうことだから、公園には絶対に近寄らないこと。じゃ、おにぎりと玉子焼き、ごちそうさま!」


 ニコニコしながらお湯呑みを片手に自分のデスクに行ってしまう。


「あの浜岡さん、それってどういうことですか?」


 お――い?

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