第三十二話 鎌倉さん案件発生? 1

「へえ……ここの公園、しばらく閉鎖なのかあ」


 いつものようにバスを降りて職場に向かう途中、公園の入り口に看板が立ててあるのに気づいた。公園整備の期間は一年ほど。かなり大掛かりな整備工事になるようだ。


「ここで遊んでいる子達、困るだろうなあ」


 平日の朝晩しか通らないので、子供たちが公園で遊んでいる姿を見ることはほとんどない。だけどハロワの近くには大きなマンションがそれなりにあるし、小学校や幼稚園も多い。だからこの公園も、放課後の子供達のたまり場になっていると思われる。


「……ん?」


 なにげに公園に目を向けて首をかしげた。


「なにか、いる?」


 ここの公園の真ん中には噴水がある。これは夏場に使われていた水遊び場の名残なごりだ。今は管理の問題で取り壊されてしまったらしいけど、昔の公園には浅い池のようなプールがあったらしい。その水道設備を利用する形で、噴水が設置されたということだった。そしてその噴水の、水が出ているてっぺんになにか浮いている。


「ボールかな」


 下から水に押し上げられフワフワと揺れている。子供が投げたボールが、噴水の水に乗ってしまったとか? それにしても変な形のボールだ。


「ん――?」


 時計を見れば、いつもの時間までまだ余裕がある。フワフワ動くものの正体が知りたくて公園内に入ると、噴水の近くまで寄った。


「……人形?」


 近くでみてますます首をかしげてしまう。それはボールではなく、胡坐あぐらをかいて座っている人形だ。人形というより仏像に近いかも。そんなものがどうして、噴水の水の上に浮いているのだろう。


「誰が投げたんだろ」


 子供はたまに大人が驚くような突飛とっぴなことをするとは、さかきさんの言葉だ。これもその一つだろうか。周囲を見渡しても、水の上に乗っている人形まで届く長さの棒はない。


「かわいそうだけど工事が始まるまで、あのお人形さんはあそこでガマンかな」


 もしくは興味をもったカラスがやってきて、蹴落としてくれるのを待つか。そのぐらいしか助け出す方法はなさそうだ。


「工事なんてとんでもない!」

「そうだそうだ。工事なんてとんでもない!」

「断固反対なのだ!」


 噴水から離れようとすると、いきなりそんな声が周囲から聞こえてきた。


「?!」


 ギョッとなって立ち止まる。犬の散歩をするご近所さん達が?と周囲をもう一度見渡した。だけど誰もいない。今ここにいるのは、落ちた木の実をついばんでいるハトとスズメぐらいだ。


「まさか今のってハトとスズメの声?」


 だけど、ハトもスズメも朝ご飯を食べるのに忙しそうで、私に見向きもしない。


「プールの時はガマンしたが今回ばかりはガマンできん!

「まったくガマンできん!」

「ガマンできんのだ!」


 再び声が響く。


「私、疲れてるのかなあ……」


 ブラックな職場でもないし、心配事は神様がお取り寄せするおやつが美味しすぎて体重が、ぐらいなんだけどな。キョロキョロしていると、水の上でフワフワしている人形と目があった、ような気がした。


「うん、疲れてるんだ、きっと。今日は寄り道せずに帰ろ」


 まだ今日の仕事が始まってもいないけど。


 とにかく自分を無理やり納得せると、公園を出て職場に急いだ。なんとなく背中に視線を感じたような気がしたけど、それはきっと気のせいだと思うことにした。



+++



「おはようございます~」


 タイムカードを押しながら自分の机に向かう。そんな私の前を、マイお湯呑みを手にした鎌倉かまくらさんが横切った。


「あ、おはようございます、鎌倉さん」

「おはよう」

「あ」

「なあに?」


 私の声に立ち止まる。


「あの、今ちょっと良いですか?」

「かまわないけど」


 朝礼まではまだ時間がある。いつもなら今日の業務の準備を始めたいところだけど、やはり公園の声の件が気になった。


「鎌倉さん、通勤の時に近所の公園の前を通りますか? 歯医者さんがある通りの公園なんですけど」

「んー……あそこはめったに通らないわね。私ほら、自転車通勤だから」

「あー、そっか」

「その公園がどうかした?」


 私は鎌倉さんに、さっき聞いた声のことを話した。すると鎌倉さんは少しだけ深刻そうな顔になる。


「ハトやスズメがしゃべってるって感じでもなかったし、やっぱりあの声、公園にいる神様の声なんでしょうか」

「そうだと思う。羽倉はくらさんにまで聞こえたってことは、かなり強い意志を持って話していたってことね」


 八百万やおよろずハロワに勤務していても、その手の能力がない一般職員の私達は、事務所の外で神様やその存在に気づくことはほぼない。視察先で神様達とのコミュニケーションが成立するのは、神様達がそのように配慮してくれているからだ。つまり神様がその気になってくれなければ、まったく触れることができない世界なのだ。


「こういうのって、どうすべきなんでしょう?」

「なにも」

「え、なにも? それで良いんですか?」


 意外な答えに思わず聞き返す。


「だって羽倉さん、特殊技能持ちの職員じゃないでしょ?」

「そりゃそうですけど、聞こえちゃったのに知らんふりするのも、八百万やおよろずハロワ職員としてはアレかなあって」


 それって、目の前で困っている人を見かけたのに、知らん顔して通り過ぎることと同じでは?と思うんだけど。


「知らんふりするというのは正しくないかな。少なくとも羽倉さんは、聞いたことを私に話してくれたでしょ?」

「それはそうですけど、それだけで良いんですか? なにかもっとこう……」


 私にできることはないのかな?と思ったけど、鎌倉さんの考えは違うらしい。


「その手の能力がない人が下手に首を突っ込むと、逆に事態が悪化したり、本人が神様の怒りをかったりすることになるの。だから羽倉さんができることは、聞いたことを私に話すことまで。そこから先は、私達のような特殊技能持ち職員のお仕事ね」

「なるほど。ちなみにこういう場合って、やっぱり話し合いとか仲裁ちゅうさいとかするんですか?」


 その質問に鎌倉さんは首をかしげた。


「基本的には、神様のことは神様達で解決するのが一般的ね。この場合だと、同じ公園の神様とか御近所の神様が、怒ったり不満をもつ神様と話し合いをして、落としどころを見つける感じかしら。それでも解決できなかったり、神様が荒ぶりはじめた時が、私達の出番ね」

「いろいろと手順が複雑そうですね」

「相手は人ではなく神様ですもの」

「なるほど」


 鎌倉さんは何でもないように言っているけど、実際は私が考えるより複雑で大事おおごとということなんだろう。


「だから今は様子見ね。ああ、それから」


 鎌倉さんが私を呼び止める。


「羽倉さんに声が聞こえたのはたまたまだと思うけど、しばらくは公園をさけて通勤したほうが良いと思うの」

「そうなんですか?」

「声を聞いたことで、羽倉さんと神様にえにしができてしまったから」

「なんだか怖いんですけど」


 私の表情を見た鎌倉さんが笑った。


「何か起きることを心配しているのなら、そういうことはないから安心して。ただ、羽倉さんは神様の愚痴を聞き続けたら、何もしないでいるのは心苦しいでしょ? そういう意味よ?」

「あ、そういうことですか」


 それを聞いて少し安心する。たたりとかそういうことは信じないほうだけど、ここで働き始めて神様達の存在を知ってしまうと、そういうのもあるのかな?と心配だったのだ。


「部長には私から話しておくわね。知らせてくれてありがとう」

「いえ。あの公園から神様がここに来る可能性もありますし、八百万やおよろずハロワの職員としては当然のことですから」


 そう返事をしてから自分のデスクに向かった。そしてパソコンの起動ボタンを押しながら考える。


「本当にたたり、大丈夫だよね?」


 自分のこともだけど、公園の整備工事が無事に終わると良いんだけれど、と思った。

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