第三十話 おみやが届いた

 浜岡はまおかさんと管轄内を回るようになって半月。その日、事務所に戻ると、私宛の大きな段ボールが届いていた。


「なんですか、これ」


 自分の席の真横に置かれている大きな段ボール箱を見おろす。


「あ、それお昼間に届いたんですよ。どうやら、神様からのおみやの先送りみたいですよー」


 一宮いちみやさんの言葉に、荷札に書かれた送り主を見た。


『わしじゃ』


「わしじゃ、って」

「そうなんです、わしじゃ、なんです」


 思わず笑ってしまった。だけどこれだけで、誰が送ってきたかわかるのがすごい。


「こんなのでよく、運送屋さんが受け取ってくれたよね、そりゃまあ、送り主の住所もハロワになってるけど」

「神様が利用する運送屋さんですからねえ。その手の特別便をあつかう部門があるのかも」

「ああ、なるほど。それなら納得」


 段ボールをあけると、中にはお菓子がぎっしりと詰めこまれていた。たしかにおみやげの先送りだ。大きいしかなりの重さだし、運送屋さんも大変だったに違いない。


「おみやを送る時間ができたってことは、神様会議も前半が終わって、一段落したのかな」

「かもしれないですね。一体どんなものが?」

「なんか色々と入ってる」


 ただ、どう考えても島根しまね県ではなく、ハワイのおみやげでは?的なものまで含まれているのが謎だ。


「神様、まーた適当にパソコンで検索しておみやを選んだんじゃ……」

「そのチョコ、アメリカのですよね」


 一宮さんが、私が手にしたチョコを指でさす。


「だよね。適当すぎて笑っちゃう」

「ま、気持ちですから、おみやって」

「そういう問題ー?」

「だって神様ですから!」


 「たしかにね~」と笑いながら、箱の中からお菓子を取り出し机の上に並べていったら、半分ぐらいだしたところで机はお菓子で埋め尽くされた。これでは仕事ができない。まあ今月は、この机で仕事をすることはないだろうけど。


「引き出しとロッカーではおさまりそうにないですね、それ」

「お菓子屋さんになれそう。休憩室にもでもおいて皆で食べようか」

「良いんですか? 羽倉はくらさん宛に送られてきたのに」

「この量、私宛だけじゃないと思うよ。皆で食べなさいってことだと思う」


 そこは間違いないだろう。もしかしたら、神様自身が食べたいものもあるかもしれない。


「私がリクエストしたのは入ってないから、それは帰ってくる時かなあ」


 一宮さんに手伝ってもらい、送られてきたお菓子を休憩室に持っていく。そこでコーヒータイムを楽しんでいた浜岡さんが、お菓子をかかえた私達を見て目を丸くした。


「どうしたの、それ」

「神様からの送られてきたんです。おみやげの先発隊?っぽいやつですかね」

「羽倉さんとこのパソコンの神様、めっちゃ太っ腹ですよね!」


 テーブルの上にお菓子をならべていく。そこもあっという間にお菓子でいっぱいになった。


「これ、普通にスーパーで売ってない?」


 チョコチップクッキーを手にした浜岡さんが笑った。


「そうなんですよ。なんか色々と入ってて、おみやなのか差し入れなのか、よくわからないのものもあるんです。ご当地味もあるにはあるんですけどね」


 普段から私にうるさく「おみやおみや」と言っているから、そのお返し分も入っているのかもしれない。


「ほんと、羽倉さんとパソコンの神様って仲良しだよね。そこまで対等な関係を結べるのって、珍しいんじゃないかな」

「そうですか?」

「だよね、一宮さん」


 浜岡さんが一宮さんに声をかけると、一宮さんはウンウンと勢いよくうなづいた。


「ですです! うちの神様、おみやはなにが良いかなんて、質問すらしてくれませんでしたよ?」

「え、でも仲悪くないよね?」

「そこは良好ですけど、羽倉さんと神様みたいな感じじゃないです」


 どう違うのだろう?と心の中で首をかしげてしまう。


「そうなんだ……」

「そうじゃなかったら、今ごろはこの事務所、おみやげでいっぱいになってるよ」

「じゃあこれ、神様達の共同購入じゃ?」

「それは有り得ないかな。そういうの、神様達はしないから」

「そうなんですか……」


 よくわからないまま、目の前にあったおせんべいを手にとる。


「あ、せったかくだし、お茶をいれますよ。みんなで休憩しましょう! 事務所に残っている人達に声をかけますね!」


 一宮さんが元気よく宣言をして部屋を出ていった。


「そんなに特別なことですかね、こういうの」

「だと思うよ。商店街の神様のことといい、パソコンの神様とのことといい、羽倉さんは神様に好かれる体質なのかもね」


 その言葉に、少しだけ引っかかりを感じてしまった。


「それって良いことなんですか?」

「ん? どうして?」


 浜岡さんはお菓子を物色しながら首をかしげる。


「え、ほら、怖い話であるじゃないですか。神様に好かれたら、あっちにつれていかれちゃう怖い話とか」

「あー、そういう話は実際にあるね。あ、これこれ、このお菓子、俺、好きなんだよ~」

「実際にあるんですか?!」


 きなこ味の好きなお菓子を見つけて喜んでいるけど、今の返事、それって笑いごとではないのでは?!


「あの、私、つれていかれちゃうんですか?!」

「その手の神様と、付喪神つくもがみ系の神様とはまた別だから。そこは安心して良いよ」

「本当に?!」

「もちろん。僕を誰だと思ってるのさ。これでも特殊技能持ちの国家公務員だよ?」


 そう言われても安心はできない。万が一ということもある。他の人にも確認してみなければ!


「ねんのためにさかきさんと鎌倉かまくらさんにも聞いてみます!」

「えー? 信用ないなあ……もう半月も一緒に外回りしてるのに」

「それとこれとは話が別ですから!」

「えー……なんかショックなんだけど……」


 浜岡さんはブツブツ言いながら、最初に手にしたチョコチップクッキーの箱の封をあけた。そうこうしているうちに、一宮さんに声をかけられた職員が集まってくる。お菓子の山に目を丸くしつつ、私から神様のおみやだと聞き、嬉しそうにそれぞれ好みのお菓子を物色し始めた。


「あ、榊さん、聞きたいことが!」


 一宮さんと榊さんがお盆にお茶をのせて部屋に入ってきたので、榊さんに声をかけた。後ろで浜岡さんの「本当に確認するんだ……」という愚痴りが聞こえたが、気にしない。

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