第二十九話 神様お休み中 3

「本当にちゃんと、はらわれてます?」


 ハタキですすをはらってくれたカエルと招き猫とタヌキにお礼を言い、私と浜岡はまおかさんは次の場所に行くことになった。駐車場に歩いていく途中、気になって自分の服を見下ろす。驚いたことに、あのハタキではたかれると、服についていた黒い点はきれいに消えた。つまり悪いモノが消えたということだ。だが見えない私は、本当に全部がはらわれたのかわからない。


「うん、ちゃんとはらわれてるよ」


 チラッとこちらに目を向けてうなづく。


「そんなチラ見ではなく、ちゃんと注意深く確認してほしいのですが!」

「ちゃんとはらわれてるから心配ないって。そこらへんは留守番を任されただけあって、ちゃんと仕事できてるよ、あの三匹の神様」

「なら良いんですけど!」


 浜岡さんがそう言うならそうなんだろうと、自分を無理やり納得させる。


「でもさ、あんなふうに神様があれこれ手厚く対処してくれるって、本当にめったにないことなんだ。羽倉はくらさん、感謝しないといけないよ?」

「そうなんですか? 普段は有料なんですか?」


 私が質問をすると、浜岡さんは苦笑いしながら首を横にふった。


「まさか人間の自称霊媒師じゃあるまいし。金銭的な代償はあまり聞いたことないけど、人を呪わば穴二つっていう言葉、知ってる?」

「知ってますよ。人を恨んだら、いずれ自分に返ってくるってやつですよね」

「例えが悪いけど、神様にお願い事をするってことはそういうことなんだよ。願いの種類は色々だけど、お願いした側は、いずれそういう代償をはらうことになる。自分の寿命とか大切な人の命とか、そういう形でね」


 すーっとその場の空気が冷たくなった気がした。


「お礼参りをとか言いますよね? あれをしただけじゃ、ダメなんですか?」

「そういうこと。神様が人のために動くって、実はとんでもなく大変な事なんだ」

「え、ちょっと待てください。じゃあ、私も今日のことで寿命が縮んだんですか? どれぐらい?!」


 まさか十年ぐらい短くなっていたらどうしよう? カエルと招き猫とタヌキだから三倍の三十年?! ギネスに載るほど生きようとは思わないが、それなりに人生を平穏にすごして可愛いお婆ちゃんになりたい。


「だから、めったにないって言ったろ? 今回のすすはらいに対しての代償はまったくないんだ」

「井戸のフタを一緒になって押さえた、お駄賃だちんってことですかね」


 私がしたことと言えばその程度のことだ。


「うーん、そうなのかなあ……」


 浜岡さんは立ち止まって私をじっくりと観察し始めた。


「すっごく念入りにはらわれてるよ。俺なんて適当にササッとなでられた程度なのに、羽倉さんには小さなちりひとつついてないんだから。羽倉さん、あの商店街の神様達に気に入られてるでしょ。そのせいかもしれないね。ほら、商店街のポイントカードみたいな感じでさ、常連さんにはお得なサービス的な」

「まさかの商店街お客様サービス!!」

「かもねー」


 アハハと浜岡さんは笑った。


「あと考えられる可能性としては、羽倉さんが気がついていないだけで、実はとんでもない特殊技能を持っていたりとかね」

「そんなことないですよ。私、ハロワで働き始めるまで、神様なんて見たことなかったんですから。私にできるのは、運転とフタを押さえるお手伝いぐらいです」


 そこは絶対に間違いない。


 そんなわけで、午前中は浜岡さんの指示に従って市内を走り回った。月の半分ずつを交代で出かけていく神様、今年は行かない神様などなど、それなりに残っている神様も多かった。そしてその神様達が口々に言うのは「委任状を出すのはとんでもなく面倒なこと」ということだ。一体どんな委任状を出すのだろう。


「神様の世界もブラックっぽいですね。集会で委任状を出すのが大変とか」

「ま、それだけ、年に一度の集会は大事なことなんだろうね」


 信号待ちをしていると、お互いのグゥゥゥゥとお腹が鳴った。浜岡さんはデジタル表示に目をやる。


「あー、もうこんな時間かー。羽倉さん、お弁当は持ってきた? 昼に食べないと痛むやつ?」

「いえ。コンビニのおにぎりとインスタントのおうどんなんで、だいじょうぶかと」

「……」


 妙な沈黙が流れる。


「なんですか、その顔。女子は毎日、お弁当を自作しないとダメという法律でも?」

「そうじゃないけどさあ。栄養がかたよるのは良くないよ?」

「浜岡さんは私のお母さんですか」

「だってさあ」


 まだ何か言いたそうだ。だから矛先を相手に向けることにする。


「そういう浜岡さんはどうなんですか」

「え、俺? まあ……毎日ほとんどが牛丼かな。気分によって入る店は違うけど」

「よく飽きませんねっていうか、それでその体型を保ってられるってすごいですね」


 浜岡さんは身長はそれなりにあるけど細身だ。とても毎日の昼ごはんを牛丼ですごしているようには見えない。


「それなりにカロリー消費が激しいからね、俺の仕事」

「そういうものなんですか、へえ……」


 特殊技能持ち職員のことは知らないことばかりだ。そういう意味では、一緒に外回りをすることになって良かったかもしれない。


「そもそも、私は毎日をインスタントですごしてるわけじゃないですよ。今日はたまたま寝坊しただけです」

「なら良いんだけどね。ああ、それで。羽倉さんの弁当問題が解決したところで提案なんだけど、昼飯、どこかで食べない? あ、牛丼を強制するつもりはないから安心して」


 私の顔を見て察したのか、そう付け加えた。


「じゃあ、石窯いしがまの神様のところに行きませんか? あそこならワンコインは無理でも、ランチメニューはそれなりにお値打ちですし」

「ついでに様子見もできると」

「そういうことです」

「了解。じゃあ、職場の女性陣が絶賛しているピザを食べに行くとしようか」


 私の提案に浜岡さんはうなづいた。



+++



「まあ、そうだとは思いましたけどね」


 テーブルでサービスのオードブルをつつきながら、横に立っているこの店の神様責任者の、ビアたるの神様に目をむける。石窯いしがまの火加減とピザ生地の焼け具合に、なみなみならぬ熱意をもつ神様だ。絶対に神様会議には行かないと思ってた。


「これからは観光シーズンですし、店のかき入れ時に大切なワシの石窯いしがまを任せるなんて、とんでもない!と申しましてね」


 平日なのに、店内はほぼ満席状態。この時間のお客さんは、会社勤めのお姉さんや若いお母さんがメインのようだ。


「あれからも、ハロワの皆さんにはよく利用していただいてますよ。口コミでも広めていただいているようで、ありがとうございます」

「それって一宮いちみやさんのこと?」


 パッと見ワインのようなぶどうジュースを飲んでいた浜岡さんが視線をあげる。


「ですです。一宮さん、ここのピザの大ファンなんですよ。お持ち帰りもしているみたいで」

「すごいはまりようだね」

「関西で自分がここのファン、ナンバーワンだと言ってますよ」


 SNSにも料理の写真を載せているようだし、一宮さんの布教活動はまだまだ続いていたりする。


「あ、でもご迷惑なら遠慮なく言ってくださいね」


 ご御新規さんが増えると、今まで来ていた常連さんが離れてしまうこともある。どのお客さんも大事だが、やはり昔から支えてくれたお客さんは特別な存在なのだ。評判になって知名度が上がることは良いことばかりじゃない。


「迷惑だなんてとんでもない。感謝していますよ。こちらのかたも、次はワインもお試しくださいね。店主がイタリア旅行に行った先で、おいしいワインを見つけたんですよ」

「いいですねえ。あ、俺は運転しないから一口ぐらいなら飲んでも……」


 浜岡さんは私の顔を見て口をつぐんだ。


「わかっていると思いますけど、今は仕事中ですから、浜岡さん」

「だよねえ……。でも、評判の地ビールも飲めないし、イタリア産ワインも飲めないし、ぶどうジュースだけとは寂しいなあ……」


 グラスを軽く揺らしながら愚痴る。


「そのぶどうジュースだって、ワイナリーで作られたジュースですよ。仕事中なんだから、それで我慢してください」

「わかりましたー、羽倉さんの言うとおりにしますー」


 浜岡さんが棒読みの口調で返事をした。これは、私が棒読みで返事をした仕返しも兼ねているのだろう。ただ、残念がっているのは本当のようで、視線はビアたるに目を向けられていた。



 とまあこんな感じが私達の見回り初日だった。そして浜岡さんは思いのほか運転手の存在が気に入ったらしく、それから神様達が戻ってくるまでの一ヶ月、私はずっと浜岡さんの運転手をつとめることになったのだ。

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