第二十六話 八百万ハロワの十月は
「いよいよじゃのう」
ここしばらくの神様は、毎日ソワソワして落ち着かない。それもそのはず。来週から一ヶ月、長い有給休暇をとって、
「本当に行くんですね、島根に」
「もちろんじゃ。冗談だと思っておったのか?」
「一年に一度、十月に日本中の神様が集まるって話は聞いたことありますけど、まさか本当に、神様全部が集まるとは思っていませんでした」
正直に白状する。
「まあ、行かない神もおるがの。そういう場合は委任状を提出せねばならんのじゃ。実のところ、そっちのほうが休暇をとるより面倒なんじゃよ」
「もしかして神様の世界って、ブラックなんですか?」
「まさか! ただ人間が思っている以上に、わしら神様は多忙なんじゃ」
「なるほど」
返事をしたものの、イマイチよくわからない。なぜなら、目の前にいるうちのパソコンの神様なんて、勤務時間中のほとんどは、全国の名産品を検索するのに夢中で、とても仕事をしているようには見えないからだ。
―― ま、名産品を探すのに「忙しい」には違いないんだろうけど ――
ここに入庁早々、人間の常識と神様の常識が同じとは限らない、そう教えてくれたのは課長と
「でも大丈夫なんですかねえ……」
「なにがじゃ?」
「ほら。神様がいないと、すごく困る場所もあるんじゃないかなって」
長期休暇の話を聞いてから、ずっと気になっていたことを口にする。
「もしかしたら
関わってきた神様達の、再就職先のことを心配しだしたらキリがなかった。
「まあ色々じゃの。この一ヶ月は大忙しじゃろうな、特殊技能持ちの職員達は」
「え、
それっていわゆる
「せめて神様の半分ぐらい残りませんかね? 委任状を出せば、一回ぐらい会議に出なくても問題ないのでは?」
「わしらの集会は、株主総会ではないんじゃぞ」
神様は呆れ果てた様子で私を見た。
「えー……十月が終わるまで、めちゃくちゃ不安になってましたー……」
「毎年なんとかなってきたんじゃ。今年も問題ないじゃろ。特殊技能職員達が忙しいだけで」
「浜岡さん達、今度こそ過労で倒れちゃいますよー……」
ただでさえ特殊技能持ちの職員は少ないのだ。神様が一つの県を除いてほとんど不在になる十月。考えるだけで恐ろしい。
「めっちゃ不安です!」
「だよねー……俺も今からすっごい
眠そうな顔をして事務所に入ってきたのは浜岡さん。
「おはようございます。昨日も残業だったんですか?」
浜岡さんが手に持っているのは栄養ドリンク。いつもは眠気覚ましのコーヒー缶なのに、今日はおっさん臭い栄養ドリンクだ。
「おはよー、
「ご
「本気だよ、俺。人事院で決められているんだからね。俺はもう絶対に残業しない。絶対にだ」
そんなことを言っているが『原則360時間以上はダメ』なだけで、抜け道はいくらでもある。というか、特殊技能案件はいわゆる大規模災害と同等の扱いなので、360時間枠は適応されないのだ。もちろん浜岡さんもその点はわかっている。けど、言わずにはいられない心境というものらしい。
「ご
私が繰り返し同じセリフを口にすると、浜岡さんはイヤそうな顔をした。
「羽倉さん、棒読みになってるよ」
「気のせいです~」
「それも棒読みになってるよ」
浜岡さんは憤慨した様子のまま、栄養ドリンクをグビグビと飲む。
「薄情だなあ。そういう薄情な人は、一度、俺達の仕事がどんなものか、見てもらうべきだと思うね」
「え? 私、その手のことはまったく経験したことないので、一緒に行ってもまったく見えないと思いますよ? なにが見えるのか知りませんけど」
少なくとも
「ここで神様と話ができるんだし、視察にも行ってるんだろ? だったら問題なく見られると思うよ。よし、決めた。課長に許可をとっておくよ。次に何か起きたら、羽倉さんには運転手兼助手として、俺と一緒に現場に行ってもらいます」
「え、もしもし~?」
なにやら勝手に人の仕事の予定を決めている。
「資格持ちじゃない職員が、その手のことに首を突っ込むのはルール違反なのでは?」
「ここは
「だって私、特殊技能持ち職員じゃないですし!」
そこはわりと重要なポイントだと思う。
「課長に許可もらっておくから、楽しみにしててねー」
「浜岡さん、人の話をきいてくださーい」
浜岡さんは栄養ドリンクのおかげで元気を取り戻したのか、鼻歌を歌いながら奥の部屋に行ってしまった。
+++
忙しくなるかもしれない特殊技能持ち職員の浜岡さん達はともかく。
十月まで一週間を切ったせいで神様達も準備に忙しいのか、再就職の相談に来る神様達は少なかった。なんやかんや言いながらも、再就職より年に一度の神様会議のほうが重要らしい。
つまり、窓口業務の私達はそれなりにヒマということだ。
―― 神様達の会議って、一体どんなこと話し合うんだろ ――
ちょっと興味があるかもしれない。
「……神様、なに調べてるんですか?」
パソコン画面に目を戻すと、神様が画面の中でウロウロしている。画面の隅っこに開かれているウインドウは、どうも島根県関連の観光サイトのようだ。
「おみやを選んでおるのじゃ。先に調べておけば現地で迷わんじゃろ」
「仕事しましようよ、仕事」
「再就職の相談もないし、わしはヒマじゃからな。お前さんはこっちのことは気にせず、新規募集のデータでも入力しておれ」
「そんなこと言われても、画面が見えたら気になるんですけど」
ついつい目がそっちに行ってしまう。
「あ、そのサザエ
「仕事はどうした」
「え、私に見えるところでサイトを見てる神様がいけないんでしょ」
そう言いながら画面をのぞきこんだ。
「もちろん、私にもおみやは買ってきてもらえるんですよね?」
「もちろんじゃ」
「だったらこの、
寒くなってくるこれからの季節、おぜんざいはピッタリだ。
「ジャムはいらんのか」
「もちろん欲しいに決まってます」
神様の質問に真面目な顔でうなづいた。
+++++
そして一週間後、
「なんだか休日出勤している気分ですねー」
そう言ったのは、隣のデスクに座っている
「ま、溜め込んじゃっていた仕事の消化には、ちょうど良いんですけどね」
「たしかにねー」
お役所というところは、なんでこうもしなくちゃいけない事務処理が多いのだろうと、盛大にため息をついた。
「あ、ところで羽倉さんは、神様にどんなおみやを頼んだんですか?」
「えーと、サザエ
それを聞いた一宮さんが目を丸くする。
「わ、けっこう頼んだんですね。私ももう一つぐらい頼めば良かったかなー」
一宮さんの言葉を聞いて、内心、もしかして頼みすぎた?!とあせったのは秘密だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます