第二十七話 神様お休み中 1
神様達が
「あ、今日の
「?」
課長がニコニコしながら、私の前で指を向こうをさす。指がさす先には、これまたニコニコしている
「すっごい顔して笑ってますけど、なにかあったんですか?」
「すごい顔ってひどいね。これでも特殊技能持ち職員の中では、ダントツトップのさわやか枠なんだけど」
「うさんくさい枠の間違いでは?」
浜岡さんは傷ついたような表情をしたが、口元がムニュムニュしているせいで、芝居だということがもろバレだ。
「うちの職員全員が手伝いにいく必要もないからね。せっかくだし羽倉さん、自分が
あいかわらずニコニコしている課長が言った。こちらのニコニコにはまったく邪気がない。つまり、課長は本心からそう思っているということだ。
「いまのところ、問題は起きていないようですが」
「ま、神様の不在なんて、普通の人間は気づかないからね。神様責任者も不在にしているから、連絡がないことも多いんだよ」
「そのために、特殊技能職員の俺達がいるわけです」
浜岡さんがあいづちをうつ。
「浜岡さんの悪だくみじゃないんですか?」
「んなわけないでしょ。去年も俺達が十月に見回りに出ていたの、忘れてる?」
「忘れてれはいませんよ。ただ、私は行かなかったなーと思って」
去年の今頃の私は、隣の人間用ハローワークで事務処理をしていたと記憶している。そして、浜岡さん達と一緒に外回りをした職員も、いなかったはずだ。
「今年は特に件数が多かったからね、羽倉さん。行っておいで、浜岡君が一緒なら安心だし」
「
「鎌倉さんには、重要度の高い場所を回ってもらう予定だから」
そういうところには一般職員は近づけないというか、課長のような偉い人でないと近づいてはいけないのだ。
「わかりましたー。じゃあ浜岡さん、今月はよろしくお願いしますー」
「だから羽倉さん、なんで棒読みなの」
そんなわけで、私は浜岡さんと外回りをすることになった。
「まあ、とにかく特殊技能持ちの職員が圧倒的に少なくて、猫の手も借りたいってのが正直なところなのさ」
事務所で使う軽自動車の助手席で、浜岡さんはリストを見ながらくつろいでいる。見回り先は、私が
「今年の俺は、市内全域をカバーすることになったから、車の移動が必須でね」
「それで私を運転手にと」
「そういうこと。羽倉さんは地元っ子だし、裏道とか一方通行とか、俺よりくわしいでしょ」
「まあそうですけど」
ここは古い町で道も細い。そのわりに訪れる観光客が多いので、公共交通機関はいつも混雑している。数をこなすなら、バスや地下鉄を利用するより、圧倒的に車のほうが便利で早い。
「自転車という手もあるんじゃないですか?」
「市内でも山奥とかどうするのさ。そりゃ最近の自転車は坂道も楽だけどさ。イヤだよ俺。イノシシやサルに追いかけられるのは」
「そんな場所もあるんですか」
「あるんだよー、これが。古いお社とか、意外と知られていない場所にも神様はいるのさ」
リストを見ながら首をかしげてみせる。
「こうやって運転手をしてくれるんだから、今日は羽倉さんが斡旋した場所を優先しながら、市内の周回するとしようか」
「先に向かう場所があるんじゃないんですか? それ、効率よく回るための予定表では?」
浜岡さんが手にしているリストを指でさした。ガソリン代だってバカにならない。すべてが税金でまかなわれるのだから、ここは効率よく周回しなくてはならないのでは?と思うのだ。そりゃ、あの
「まあそうだけど、ちょっと気になるからさ」
「……了解です」
もしかしたら浜岡さんのアンテナ(そんなものがあるのか知らないけど)に、何かしら反応があるのかもしれない。ここは素直に従っておこう。
+++
商店街近くの市営駐車場に車をとめると、私達は商店街に向かった。地元の住人だけでなく観光客の姿もあって、あいかわらずにぎわっている。商店街として特に何があるというわけでもないが、やはり近隣に有名な
「どう? なにか変わった感じはないかい?」
横を歩いていた浜岡さんが、私に質問をする。そう言われて周囲を見渡してみるが、人が多いだけで特になにも感じなかった。
「私にはまったく感じられません。相変わらず人が多いなってだけで」
「なるほど」
「神様がいないのにこんなに繁盛しているって、すごいですね」
「そうだね。でも長い目で見た場合、神様がいなくなった土地は、ジワジワと
「そうなんですか? へえ……やっぱり神様の影響ってあるんだ……」
いつもの肉屋さんのコロッケを気にしつつ、神様達が集まっていた路地の奥にある井戸端に向かった。もちろん神様は皆さんお留守だ。井戸にはフタがされ、その上になぜかカエルと招き猫の置物が鎮座している。
「おや、ちゃんと留守番してる子がいるんだね、感心感心」
浜岡さんがおかしそうに笑ったとたん、フタがボコボコッと上下してカエルと招き猫が飛び跳ねた。
「わっ、なんですか、あれ!!」
「ふーん、ここの井戸、なにか神様達が隠してるのかな?」
『とんでもないでござる!』
『とんでもないでおじゃる!』
浜岡さんの言葉に反応したのは、フタのせいで飛び跳ねているカエルと招き猫だ。
「しゃべった! カエルちゃんと猫ちゃんの置物がしゃべりましたよ、浜岡さん!」
「こいつらも
『
『
「武士キャラと
「浜岡さん、のんきに笑っている場合じゃないような」
浜岡さんは、必死な顔をしてフタにしがみついているカエルと招き猫を、笑いながらツンツンしている。
『まったくでござる!』
『笑っておらんと何とかするでおじゃる!』
「その前に、この井戸の中にいるモノがなんなのか、教えてもらおうかな。ものによっては、俺じゃなくて鎌倉さん案件だし」
浜岡さんはかけていたメガネをはずした。そして目を細めて井戸を見つめる。その表情はさっきとはまったく違い、真剣そのものだ。だけど私が気になったのはそこじゃない。
「なんでメガネをはずしたんですか? そんな目つき悪い顔するぐらいなら、メガネをしたままのほうが良いのでは?」
「あれ? 言ってなかったっけ? これ、特殊なメガネでね。いろんなモノが見えないようにするメガネなのさ。だから仕事中は逆にはずさないといけないんだよ」
見るためのメガネではなく、見ないようにするためのメガネとは。
「はー……特殊技能持ちの職員て、大変なんですねー……」
「入省した時に支給されるんだけどね。支給品は好みじゃなかったから、専門店を紹介してもらって、自腹で購入したんだ。お高いんだよ、このメガネ」
なんとなくだが、購入先と値段は聞かないほうが良いような気がした。
「で? そこの井戸にはなにがいるのかな?」
『ゴミでござる』
『そうじゃ、ゴミでおじゃるのじゃ』
「ゴミ?」
カエルと猫の言葉に首をかしげてしまう。ゴミがバタバタと暴れているということなんだろうか?
『人が多く集まるところでは、ゴミが発生しやすいのでござる』
『ほおっておくと周囲に拡がってしまうから、集めてここに捨てるのでおじゃる』
「ゴミも
「この場合のゴミっていうのは、そのへんにあるゴミのことじゃなくて、気のよどみみたいなものかな。商店街で発生したそういう悪いものを、一旦ここに集めておくらしい」
『年に一度、近くの火の神が燃やしてくれるのでござるよ』
『最近は人が多く、年に一度では間に合わないでおじゃる』
「普段は抑えている神様達の存在がないから、こうやって暴れているらしい」
「どうするんですか?」
「うん、そうだね、やっぱり燃やしちゃうしかないんじゃないかな?」
浜岡さんはニッコリとほほ笑む。
「え?!」
「燃やすんだよ。ゴミだからね。さいわいなことに燃えるらしいし、それぐらいなら俺にもできそうだ」
浜岡さんはニコニコしながら言った。
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