第二十七話 神様お休み中 1

 神様達が出雲いずもにいる間、私達は非常にヒマだ。なのでこの一ヶ月の八百万やおよろずハロワの業務は午前中のみとなり、午後は人間のほうのハローワークの業務を補佐をすることになっている。そんなわけで、お昼になると入口に業務終了の看板を立て、私達はお隣の建物へと移動することにした。


「あ、今日の羽倉はくらさんはあっちだよ」

「?」


 課長がニコニコしながら、私の前で指を向こうをさす。指がさす先には、これまたニコニコしている浜岡はまおかさんが手をふっていた。


「すっごい顔して笑ってますけど、なにかあったんですか?」

「すごい顔ってひどいね。これでも特殊技能持ち職員の中では、ダントツトップのさわやか枠なんだけど」

「うさんくさい枠の間違いでは?」


 浜岡さんは傷ついたような表情をしたが、口元がムニュムニュしているせいで、芝居だということがもろバレだ。


「うちの職員全員が手伝いにいく必要もないからね。せっかくだし羽倉さん、自分が斡旋あっせんした先の様子を見てきたら? 今年は結構な件数をこなしているし」


 あいかわらずニコニコしている課長が言った。こちらのニコニコにはまったく邪気がない。つまり、課長は本心からそう思っているということだ。


「いまのところ、問題は起きていないようですが」

「ま、神様の不在なんて、普通の人間は気づかないからね。神様責任者も不在にしているから、連絡がないことも多いんだよ」

「そのために、特殊技能職員の俺達がいるわけです」


 浜岡さんがあいづちをうつ。


「浜岡さんの悪だくみじゃないんですか?」

「んなわけないでしょ。去年も俺達が十月に見回りに出ていたの、忘れてる?」

「忘れてれはいませんよ。ただ、私は行かなかったなーと思って」


 去年の今頃の私は、隣の人間用ハローワークで事務処理をしていたと記憶している。そして、浜岡さん達と一緒に外回りをした職員も、いなかったはずだ。


「今年は特に件数が多かったからね、羽倉さん。行っておいで、浜岡君が一緒なら安心だし」

鎌倉かまくらさんと一緒じゃダメなんですか?」

「鎌倉さんには、重要度の高い場所を回ってもらう予定だから」


 そういうところには一般職員は近づけないというか、課長のような偉い人でないと近づいてはいけないのだ。


「わかりましたー。じゃあ浜岡さん、今月はよろしくお願いしますー」

「だから羽倉さん、なんで棒読みなの」


 そんなわけで、私は浜岡さんと外回りをすることになった。


「まあ、とにかく特殊技能持ちの職員が圧倒的に少なくて、猫の手も借りたいってのが正直なところなのさ」


 事務所で使う軽自動車の助手席で、浜岡さんはリストを見ながらくつろいでいる。見回り先は、私が斡旋あっせんした再就職先だけではなく、一宮いちみやさんや他の職員の分も含まれていた。


「今年の俺は、市内全域をカバーすることになったから、車の移動が必須でね」

「それで私を運転手にと」

「そういうこと。羽倉さんは地元っ子だし、裏道とか一方通行とか、俺よりくわしいでしょ」

「まあそうですけど」


 ここは古い町で道も細い。そのわりに訪れる観光客が多いので、公共交通機関はいつも混雑している。数をこなすなら、バスや地下鉄を利用するより、圧倒的に車のほうが便利で早い。


「自転車という手もあるんじゃないですか?」

「市内でも山奥とかどうするのさ。そりゃ最近の自転車は坂道も楽だけどさ。イヤだよ俺。イノシシやサルに追いかけられるのは」

「そんな場所もあるんですか」

「あるんだよー、これが。古いお社とか、意外と知られていない場所にも神様はいるのさ」


 リストを見ながら首をかしげてみせる。


「こうやって運転手をしてくれるんだから、今日は羽倉さんが斡旋した場所を優先しながら、市内の周回するとしようか」

「先に向かう場所があるんじゃないんですか? それ、効率よく回るための予定表では?」


 浜岡さんが手にしているリストを指でさした。ガソリン代だってバカにならない。すべてが税金でまかなわれるのだから、ここは効率よく周回しなくてはならないのでは?と思うのだ。そりゃ、あの天変地異てんぺんちい筆頭の商店街は、個人的に気にはなるが。


「まあそうだけど、ちょっと気になるからさ」

「……了解です」


 もしかしたら浜岡さんのアンテナ(そんなものがあるのか知らないけど)に、何かしら反応があるのかもしれない。ここは素直に従っておこう。



+++



 商店街近くの市営駐車場に車をとめると、私達は商店街に向かった。地元の住人だけでなく観光客の姿もあって、あいかわらずにぎわっている。商店街として特に何があるというわけでもないが、やはり近隣に有名な寺社仏閣じしゃぶっかくが点在しているのが大きいのだろう。


「どう? なにか変わった感じはないかい?」


 横を歩いていた浜岡さんが、私に質問をする。そう言われて周囲を見渡してみるが、人が多いだけで特になにも感じなかった。


「私にはまったく感じられません。相変わらず人が多いなってだけで」

「なるほど」

「神様がいないのにこんなに繁盛しているって、すごいですね」

「そうだね。でも長い目で見た場合、神様がいなくなった土地は、ジワジワとさびれてくるものなんだよ」

「そうなんですか? へえ……やっぱり神様の影響ってあるんだ……」


 いつもの肉屋さんのコロッケを気にしつつ、神様達が集まっていた路地の奥にある井戸端に向かった。もちろん神様は皆さんお留守だ。井戸にはフタがされ、その上になぜかカエルと招き猫の置物が鎮座している。


「おや、ちゃんと留守番してる子がいるんだね、感心感心」


 浜岡さんがおかしそうに笑ったとたん、フタがボコボコッと上下してカエルと招き猫が飛び跳ねた。


「わっ、なんですか、あれ!!」

「ふーん、ここの井戸、なにか神様達が隠してるのかな?」


『とんでもないでござる!』

『とんでもないでおじゃる!』


 浜岡さんの言葉に反応したのは、フタのせいで飛び跳ねているカエルと招き猫だ。


「しゃべった! カエルちゃんと猫ちゃんの置物がしゃべりましたよ、浜岡さん!」

「こいつらも付喪神つくもがみだからねー」


われは留守居役のカエルでござる!』

麿まろは留守居役の猫でおじゃる!』


「武士キャラと公家くげキャラって面白いねー」

「浜岡さん、のんきに笑っている場合じゃないような」


 浜岡さんは、必死な顔をしてフタにしがみついているカエルと招き猫を、笑いながらツンツンしている。


『まったくでござる!』

『笑っておらんと何とかするでおじゃる!』


「その前に、この井戸の中にいるモノがなんなのか、教えてもらおうかな。ものによっては、俺じゃなくて鎌倉さん案件だし」


 浜岡さんはかけていたメガネをはずした。そして目を細めて井戸を見つめる。その表情はさっきとはまったく違い、真剣そのものだ。だけど私が気になったのはそこじゃない。


「なんでメガネをはずしたんですか? そんな目つき悪い顔するぐらいなら、メガネをしたままのほうが良いのでは?」

「あれ? 言ってなかったっけ? これ、特殊なメガネでね。いろんなモノが見えないようにするメガネなのさ。だから仕事中は逆にはずさないといけないんだよ」


 見るためのメガネではなく、見ないようにするためのメガネとは。


「はー……特殊技能持ちの職員て、大変なんですねー……」

「入省した時に支給されるんだけどね。支給品は好みじゃなかったから、専門店を紹介してもらって、自腹で購入したんだ。お高いんだよ、このメガネ」


 なんとなくだが、購入先と値段は聞かないほうが良いような気がした。


「で? そこの井戸にはなにがいるのかな?」


『ゴミでござる』

『そうじゃ、ゴミでおじゃるのじゃ』


「ゴミ?」


 カエルと猫の言葉に首をかしげてしまう。ゴミがバタバタと暴れているということなんだろうか?


『人が多く集まるところでは、ゴミが発生しやすいのでござる』

『ほおっておくと周囲に拡がってしまうから、集めてここに捨てるのでおじゃる』


「ゴミも付喪神つくもがみ化するんですか?」

「この場合のゴミっていうのは、そのへんにあるゴミのことじゃなくて、気のよどみみたいなものかな。商店街で発生したそういう悪いものを、一旦ここに集めておくらしい」


『年に一度、近くの火の神が燃やしてくれるのでござるよ』

『最近は人が多く、年に一度では間に合わないでおじゃる』


「普段は抑えている神様達の存在がないから、こうやって暴れているらしい」

「どうするんですか?」

「うん、そうだね、やっぱり燃やしちゃうしかないんじゃないかな?」


 浜岡さんはニッコリとほほ笑む。


「え?!」

「燃やすんだよ。ゴミだからね。さいわいなことに燃えるらしいし、それぐらいなら俺にもできそうだ」


 浜岡さんはニコニコしながら言った。

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