第二十五話 八百万ハロワもたまにはまったり

「じゃーん、今日のおやつは、仙台名物のずんだ餅でーす!」

「おお、やっと届いたか、わしのずんだ餅!」


 神様がうれしそうな顔をして、お皿の前に座る。


さかきさんも一宮いちみやさんも、どうぞー」

「ありがとう。さっそく呼ばれるわねー」

「ありがとうございまーす!!」


 事務所内にいた全員に、お餅の小皿をくばった。今日は八百万やおよろずハロワの全職員が、ずんだ餅でティータイムだ。


「最近は便利になりましたよね。現地に行かなくても、こうやってご当地の美味しいものが、食べられるんですから!」


 一宮さんはさっそく、スマホでずんだ餅の写真を撮っている。


「ところで一宮さん、れいのイタリアン熱はどうなったの?」


 榊さんがたずねる。


「まだまだ冷めませんよ! ここ最近は、週末のイタリアワインの勉強会にも参加してるんですよ! ここが完全週休二日で良かったです!」


 一宮さんがそう言うと、お茶をとりにきた課長が笑った。


「一宮さんのイタリアン熱は、冷めるどころじゃなかったか」

「もちろんです! あ、もちろん石窯いしがまの神様も、変わらず元気にピザを焼いてますよ!」

「さすが八百万やおよろずハロワ職員、ちゃんとチェックしてたのね。えらい!」


 すかさず榊さんがほめる。


「それほどでもー!」


 ここしばらくは八百万やおよろずハロワも平穏で、通常の視察はいつものようにあったが、特殊技能持ちの職員が出向くような視察は、一件も起きていない。おかげさまで、心配していたあの商店街のドラッグストアの神様も、それなりにうまくやっているようだ。そのせいか浜岡はまおかさん達は、デスクワークばかりで退屈だと嘆いているのだが。


「あ、そう言えば、お風呂屋さんはどうなったんでしょうね。消防局の調査、とっくに終わりましたよね?」

「お店の前に目隠しの柵が立てられてたわねー。どうするのかしら?」

「浜岡さんのご近所情報ではどうなんですかー? 浜岡さーん?」

「わっかりませーん!」


 事務所の端っこから、浜岡さんの声がする。


「……ダメじゃん!」


 一宮さんのするどいツッコミに、全員が爆笑した。とは言うものの、町内の空気は、おそらく廃業なんだろうなという雰囲気だ。ただ、あの日以降、神様達は誰一人、ここには来ていない。あそこの神様達は全員、神様の世界に戻ることにしたのだろうか。


「私達はともかく、このあたりのご近所さんとしては、お風呂屋さんの進退は気になるところだよね。町内の利用者さん、多そうだし」

「ですよね。自宅にお風呂があるなしに関係なく、大きなお風呂が良いっていう人も多いみたいですし」


 おやつを食べ終わり、それぞれの小皿を回収する。


「神様ー? そろそろおやつタイムは終了ですよー?」


 パソコンの前で、ずんだ餡を食べている神様に声をかけた。ずんだ餡だけの別売りがあったので、それも追加で買ってみたのだが、こっちのお腹に入る前に、神様が食べきってしまいそうだ。


「神様ー? 他の神様達は皆さん、食べ終わりましたよー?」

「わしはおやつタイム延長じゃ」

「まったくもー」


 ため息をつきながら小皿を洗い、水切りのカゴに入れた。


「お皿の片づけが終わらないじゃないですかー……」

「あとでわしが片づけるから、問題なしじゃ」

「しかたないですねー。それ、約束ですからね」

「わかっておるのじゃ」


 ずんだ餡を食べている神様を横目に、業務を再開する。今日は神様の来所が少ないので助かった。そうでなかったら、書類がずんだ餡まみれになるところだ。


「このずんだ餡、コンビニの枝豆でも作れるそうじゃぞ?」

「そうやってまた、私に作らせる気ですね?」


 きっと、おやつ探しをしていた時に調べたに違いない。まったく困った神様だ。


「お取り寄せも高くつくじゃろ? 自家製のずんだ餡白玉も、なかなか良いと思うんじゃがな」

「ますますダイエットが遠くなってきましたよ、それ」

「和菓子は問題ないのじゃ」

「そうかなあ……」


 いくら和菓子でも、それだけたくさん食べたら意味がないと思う。ブツブツと異議を唱えながら、パソコンにデータ入力をしていると、神様が一人、事務所に入ってきた。


「あ、お風呂屋さんの神様」


 やってきたのは、銭湯せんとうのボイラーの神様だった。


「こんにちは。今日はどういったご用件でしょうか」

銭湯せんとうの廃業が決まりましてな。それのご報告にうかがいましたのじゃ」

「やはり廃業されるんですか。あ、どうぞ、お座りになってください」


 そう言って、自分の前のイスをさす。神様はそこに座ると、残念そうな笑みを浮かべた。前に来た時ほど、ひどく落ち込んだ様子はない。ここ数日で吹っ切れたのだろうか。


「常連さんは残念がられますね、きっと」

「わしよりも、人間の爺さまのショックが思いのほか大きくて。わしはもうダメじゃと言って、廃業を決めなされたんじゃ」

「そうなんですか。周囲への延焼もなかったようですし、続けられるのかなと思っていました」

「ご近所も孫さんも説得したんじゃがね。本人の意思が固くて。ま、あの爺様は昔から頑固者じゃったから、言い出したらきかんのですわ」


 神様がため息をつく。


「他の神様達はどうされるんですか?」


 神様責任者の神様だけが来たということは、そういうことなのだろうか?


「全員、神の世界に戻ることに決めたのじゃ」

「そうなんですか」

「心配をかけて申し訳ないことじゃったな」

「いえいえ。あちらでゆっくり休んでください」

「そうするつもりじゃ」


 そう言った神様の目が、パソコンの前でおやつタイム延長中の、神様のところで止まる。


「それはずんだ餅じゃね」

「あ、はい、すみません。さっきまで休憩時間だったものですから」

「よきかなよきかな。おいしいものを食べると元気になるのは、人間も神も一緒じゃ」

「まったくじゃ」


 こっちは冷や冷やものなのに、うちの神様は呑気にずんだ餡をお楽しみ中だ。


「もし良かったら、お一つ、どうですか?」

「よいのか?」

「はい。多めに持ってきましたから。しばらくお待ちくださいね」


 シンクの横にある冷蔵庫から箱を取り出し、小皿にずんだ餅をのせる。そして来客用のお湯のみにお茶をいれ、お盆にそれらとおはしをのせて席に戻った。


「どうぞ」

「これはこれは。ありがたやありがたや」


 神様はニコニコしながら、ずんだ餅をほおばった。


「うーむ、このあまじょっばさは絶妙じゃな」

「まだありますよ。もう一個、どうですか?」

「いただこうかの」

「はい」


 お皿にもう一個のせて席に戻る。


「最後においしいものをごちそうになった。ここに来て良かったわい」

「本当に神様の世界に戻られるんですか?」

「うむ。こちらには長くいたからの。しばらくはあちらで、ゆっくりしようと思っておるんじゃ」


 神様の言う「しばらく」とはどれぐらいの期間のことを言うのだろう。十年? それとも百年?


「またこちらに戻ってくるおつもりですか?」

「そうじゃなあ。しばらくのんびりしたら、きっとこちらに戻りたくなるじゃろうな。そういう神も、たくさんおるんじゃ」

「そうなんですね。きっと戻られるころには、また新しいものがたくさん、出てきていると思いますよ」

「それは大変じゃ。わしらもあちらで学ばねば」


 神様が笑った。すっかり元気な様子だ。ずんだ餅のおかげというよりも、自分の行き先をはっきりと決めたからなのだろう。


「神様も勉強するんですね」

「もちろんじゃとも。時代はどんどん進んでおるからのう。わしらもしっかり学ばなければ、神として役に立てんじゃろ? 次は人工衛星の神もやってみたいもんじゃ。次に衛星が打ち上げられるのはいつじゃろうなあ」

「人工衛星?!」


 いきなりのモノに驚き、思わず声をあげる。


「最近は日本も、たくさん打ち上げておるじゃろ? ゆっくりしている間に調べてみるとするかの。では、そろそろ失礼いたしますじゃ。ずんだ餅とお茶、ご馳走様じゃった」


 神様はそう言ってほほ笑むと、いつものように煙のように消えていった。


「人工衛星の神様って一体?! 神様、聞いたことあります?!」


 まったく想像がつかない。


「はて。わしもよくわからんのう。これはまた調べてみなければ」

「そんな神様の募集枠って、今まで聞いたことないですよね?! 防衛省案件と同じで、こっちには流れてこない募集枠なんでしょうかね?!」


 とてつもなく気になる募集枠の話を聞いてしまった。これは一度、じっくりと調べてみよう。

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