第二十一話 ボイラーの神様 2

「課長、質問が」


 やってくる神様達の数が落ち着いたところで、窓口業務を一宮いちみやさんに任せ、専用スペースで仕事をしている課長の元へ向かった。


「ん? なにか困ったことでも起きたかな?」


 声をかけると課長が顔をあげた。


「今のところ、特に困ったことは起きていないんですが、もしかしたら起きるかも、なので」

「それは大変だ。それで? どんなことが起きそうなのかな?」

「実は今、ボイラーの神様枠が埋まりそうなんですが、どうやら視察が困難な場所のようでして」


 課長は首をかしげる。


「困難? 僕たち職員は、たいていの場所は問題なく行けるはずなんだけど、その場所ってどこだい?」

「市内にある、陸上自衛隊さんの駐屯地です」

「あー……それはたしかに困難だねえ……」


 場所の名前を聞いて、なるほどとうなづいた。


「いつものように、週末に視察に行くってことができませんよね、ここ」

「こちらが斡旋あっせんした、神様の仕事ぶりを確かめに来ましたと言っても、信じてもらえないだろうねえ」


 そんなことを言ったら、電話をガチャ切りされそうだ。


「そういう場合は、どうしたら良いんでしょうか?」

「そこの駐屯地の場所、わかるかい?」

「はい」


 駐屯地の名前を伝える。課長はパソコンで検索をした。


「ボイラーの神様枠、決まりそうなのかい?」

「あの感じからして、ほぼ決まったと判断して良いかと」

「なるほどね。ああ、あったあった」


 課長がニコニコしながら、ディスプレイをこちらに向ける。


再来週さらいしゅうになるけど、ちょうど駐屯地の設立記念日だね。式典があって一般の人達も入ることができるから、その時に視察に行くと良いよ。もちろん決まったらだけど」

「設立記念日ですか」


 設立記念日ということは、年に一度の行事ということだ。なんとタイミングの良いことだろう。


「他にも、夏祭りや桜の季節になると、一般開放をしているみたいだよ」

「へえ……意外と入る機会ってあるものなんですね。しかも、タイミングがめちゃくちゃ良いです」


 もしかしてこれも、強運のなせるわざなのだろうか? だったら、ますます宝くじを買ってみるべきかもしれない。


「と言うより、こっちが視察しやすいタイミングで、あっちも募集をかけてくれるんだよ」

「そうなんですか?」

八百万やおよろずハロワの歴史も、それなりに長いからね。お互い様ってやつかな」

「なるほど」


 わかったような、わからないような。とにかく、互いに便宜を図り合っているということなんだろう。


再来週さらいしゅうとなると、かなり日数があくことになりますが、そこは問題ないんでしょうか?」

「そこは問題ないよ。今回のように、入ることができる日が限られている場所は他にもあるし、先方から特に来てくれと言われない限りは、再来週さらいしゅうで問題なしだ」

「こういう場所って、他にもあるんですか?」


 今まではそんなことを気にすることなく、神様が働きだした場所を視察をしていた。そういう場所が、自衛隊さんの他にもあるとは意外だ。


「そうか。羽倉はくらさんは今まで、その手の募集枠にあたったことがなかったんだね。今回の自衛隊さんのような公安職系もだけど、官庁関係や病院もそうなんだよ」

「病院もですか」

「うん。病院の場合は、特に深夜帯の指定が多いかな」


 とたんに背中がスーッと冷たくなった。


「……私、病院の視察だけは行きたくないです」

「そう? 静かだし、ゆっくり視察できるよ?」

「怖いじゃないですか、夜の病院なんて。……出そうだし」


 あえてなにが出るとは言わないが。


「神様が一緒なんだから、幽霊に遭遇しても問題ないよ?」


 あえて口にしなかったのに課長ときたら。しかもその口ぶりからして、課長は絶対に遭遇している!


「出ることが前提なんですか?!」

「だいたい出るかな」

「だいたい出るんだ……」

「でも神様が一緒だからね。まったく問題ないよ?」


 問題、大有りだと思う。


「ああ、そうそう。病院にもボイラーの神様がいるんだよ。今度そういう募集枠があったら、羽倉さんに任せてあげるよ」

「いえ、けっこうです!」

「そう? 残念だなあ。病院のバックヤードを見るのって、なかなか勉強になるのに」


 勉強はともかく、出るのが問題だ。


「そういうのは、課長と鎌倉かまくらさんにお任せします!」


 絶対に深夜の病院なんて、絶対にごめんだ。残業代が出ても、金一封が出ても、絶対にイヤだ。


「ま、病院のボイラー枠はともかく。駐屯地のほうだけど、行く前には神様責任者への連絡は忘れないようにね」

「わかりました」


 病院の神様枠が任されるかもしれないという心配は残ったが、とりあえず視察の問題が解決したので、ホッとしながら自分の席に戻った。


「神様とハロワでお互い様なことだとしても、このタイミングで施設内に入れるイベントがあるなんて、本当にラッキーかも。もしかして宝くじを買ったら、本当にあたっちゃうかもね」


 そんなことをつぶやきながら、窓口の自分のイスに座る。壁にかかっている時計に目を向ければ、あと十分で昼休み。パソコンの中に隠れている神様も、そろそろ出てくるころあいだ。


「神様ー? そろそろ昼休みですよー?」


 軽くディスプレイをたたく。すると神様がディスプレイの中にあらわれ、画面からこっちに出てきた。


「どうでした?」

「やれやれじゃ。情報がたくさんあるのも考えものじゃの」

「そりゃネットワークは、世界中とつながってますからね」


 ちょっとした商品でも、検索すれば膨大な数がヒットする。それが食べ物系となれば、気が遠くなる数に違いないのだ。いくら神様でも、一人ではとても手におえない数だろう。


「それで? 見つかったんですか? ダイエットにも効果があって、神様でも満足でできそうな、おいしいおやつ」


 少し意地悪い気持ちになりながら質問をした。


「ないのう。おいしいモノは、もれなくカロリーの高いものばかりじゃった」

「ですよねー。だったらおやつは、私の体重が元に戻るまで、我慢するしかないです」


 だが神様は納得していないようだ。


「わしは太ってないんじゃから、関係ないじゃろ? 毎日なにか持ってきてくれても、バチは当たらんと思うぞ? わしは神様なんじゃから」

「私は人間で、その手の誘惑に弱いんですよ。持ってきて神様が食べているのを見たら、絶対に我慢できなくなりますから。だから神様も、私と一緒にダイエットするんです」

「あんまりじゃのう……」


 神様の眉毛が八の字になる。


「それがイヤなら、なにか探してくださいよ」

「まったく、神使いが荒い人間じゃのう……」

「だって、探すって言ったのは神様なんですからね?」

「そういう意地悪なことを言っておると、病院の募集枠が回ってくるぞい?」


 神様が少しだけ意地の悪い口調で言った。


「あ、聞いてたんですね?」

「あっちのパソコン越しに丸聞こえじゃったぞ」


 そこで声をひそめて質問をする。


「あの、本当に出るんですか? 病院に幽霊って」

「出るには出るが、見える人間にしか見えんじゃろ。お前さんは……」


 神様がこっちをジッと見つめてきた。


「お前さんは、目の前で幽霊が並んでおどっていたとしても、まったく気がつきそうにないのう」

「なんで残念そうなんですか」


 見えないと断言されたことに喜くべきことなのに、どこかうれしくない。


「気のせいじゃ」

「そうかなあ。絶対に残念そうに見えますけど」

「気のせいじゃ」


 神様が断言したところで、昼休みを知らせるチャイムが鳴った。



 そして二週間後、視察に出向いた自分の目の前に、神様責任者が立っていた。なぜか陸上自衛官の制服に、広報の腕章をつけた状態で。

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