第二十話 ボイラーの神様 1

 朝一にやってくる神様はいなかったが、十時すぎごろになると、それなりに相談にやってくる神様達が増えてきた。パソコンの神様は、引き続きダイエットに最適なおやつを探しているらしく、まったく出てこない。


「神様ー? そろそろ出てきてくださいよー?」


 相談者が座る合間あいまにパソコンの画面を指でたたく。だが返事がない。ただの……ではなく、きっと検索に夢中なんだろう。恐るべし神様の食欲!


「新しい居場所を探しているのですが、私の希望は少し特殊で、見つけるのが困難かもしれません」


 そして何人かの相談を受けた後、難しい顔をした神様が、私の前に座った。


「そうなんですか? でしたら頑張って、条件が合う先をお探ししないといけませんね。こちらのご利用は、今回が初めてですか?」

「はい」

「でしたら、エントリーカードを作成しますね。こちらの太い枠内に、書けるところだけでけっこうですので、記入をお願いします」


 エントリーカードを神様の前に置く。


「わかりました」


 神様がエントリーカードに記入している間に、新規のデータを登録する準備を始めた。


「ちなみに、今まではどのようなところに、いらっしゃったのですか?」


 神様がカードに記入しているのを横目で見ながら、さりげなく質問をする。


「今までは、小学校内の施設で神をしておりました」

「小学校ですか。にぎやかで楽しそうですね」


 ここ最近は、このあたりも少子化の影響で統廃合がすすみ、小学校の数もずいぶんと減ってしまっている。子供好きの神様からしたら、寂しいことだろう。


「ええ。子供達の声を聞きながらすごすのは、本当に楽しいですよ。昔は、お腹をすかせた子供達が、お昼前になると給食室をのぞき込んでいたものです。今の子供達は昔に比べると、ずいぶんとお行儀良くなりましたけどね」

「ということは、給食室で神様をしていらしたということですね」

「そうなんです」


 つまりこの神様は、そういう場所を探しているということだ。


「なるほど。規模は小さくなりますが、レストランなどの厨房ちゅうぼうはどうでしょう?」

「そこが難しいところなんですよ」


 カードを書き終えた神様は、首をふりながらため息をつく。そしてカードを私に差し出した。


「と、いいますと?」

「小学校の給食室は、ガスではなくボイラーを使っているのですよ」

「ボイラーを使って?」

「つまり、ボイラーで蒸気をつくり、その熱でお鍋を熱するわけですね」

「そうなんですか? てっきり、都市ガスを使っているんだと思ってました」


 そう言えば子供の頃、給食室のおばちゃん達が、大きな鍋をかき混ぜているところを見かけたことはあったが、火が出ているのを見た記憶がない。


「人数が多いので鍋も大きいでしょう? そうなるとガスより、蒸気熱を利用したほうが、効率が良いのですよ。専用の設備が必要にはなりますけどね」

「そうなんですか。勉強になりました」

「そういうわけで、私はどちらかと言いますと、ボイラーの神を希望しているのですよ」


 そう言われて思い出したのは、朝一に見かけた自衛隊のボイラーの案件だ。もしかしたらあそこのボイラーも、同じようなものなんだろうか?


「ところで、小学校の給食室はどうなるんですか? 次を探していらっしゃるということは、給食室を廃止することに?」


 最近の小学校は、外注するところも増えていると聞く。この神様がいる学校もそうなんだろうか。


「来年、近くの小学校との統廃合で、私がいた小学校は廃校になるのですよ。給食室の設備も、かなり老朽化しておりましてね。残りの一年は、外部の業者に委託することになりまして」

「そうだったんですか。新しい学校にも、給食室はあるんですよね?」

「統廃合ですからね。人間の世界でいうところの、余剰人員よじょうじんいんてやつですか」

「なるほど」


 つまり、新しい学校のボイラーの神様は、すでに決まっているということらしい。ますます自衛隊のボイラーを、おすすめすべき相手なのでは?


「場所については、なにか希望はありますか?」


 期待しながら質問をする。


「そうですねえ。今まで子供達の声が常に聞こえていた場所にいましたから、そういう場所が良いのですが、今は学校も減っておりますしね。まあ子供でなくても、たくさん人がいて、にぎやかな場所が良いですかね」


 ますますピッタリではないかと思う。少なくともたくさん人はいるし、別の意味でにぎやかそうな場所だ。あくまでも個人的なイメージだが。


「今、工業系ではないボイラーの神様を募集していらっしゃる場所は、一箇所だけあります。子供さんではなく、大人ばかりの場所なんですが」

「ほお、それはどこでしょう?」

「市内にある、陸上自衛隊の駐屯地にあるボイラーなんです」

「ほー、なるほど。なかなか面白いですね」


 否定的な意見が神様の口から出ないということは、おすすめしても問題ない案件のようだ。


「私はそこまで詳しくないのですが、こちらのボイラーも、学校と同じような用途なんでしょうか?」


 その質問に、神様はうなづく。


「そうですね。あそこは厨房ちゅうぼうだけでなく、暖房やお風呂にも利用されているので、さらに範囲は広くなりますが」

「お仕事の範囲が広がるのは、なにか問題ありますか?」

「それほどでも。あちらのボイラーだと他の神との兼ね合いもありますし、どちらか言いますと、そこで求められるのは、人間でいうところの社交性でしょうかね」

「そうなんですか。それも勉強になります」


 その点は一般のお宅での、電気の神様との相性が問題だというのと似ていなでもない。


「子供達のにぎやかさはないですが、調理室と食堂に隣接しているようですし、大人のにぎやかはありますね」

「お恥ずかしながら私、自衛隊さんの施設の中を見たことがなくて」

「そうなんですか。一度、行ってみようと思うのですが、よろしいですか?」

「え、よろしいのですか?!」


 心の中でガッツポーズをしながらも、聞き返した。


「おそらくですが、ボイラーに関しては、私のほうがあなたより詳しそうですし。そこなら、私でも問題ないと思うのですよ」

「ありがとうございます! ではまずは、神様責任者さんと連絡をとりますね!」

「お願いします」


 この案件が自分の手元に来たのは今朝だ。まだ数時間しかたっていないし、そう簡単に埋まるとは思えない。だが念には念を入れておかなくては。給食室の神様に断わりをいれ、電話をする。もちろん相手は、神様責任者のコンビニの神様だ。


「朝早くから申し訳ありません。八百万やおよろずハローワークの羽倉はくらと申しますが。……はい、実は今こちらに、そちらのボイラーの神様を希望されている神様がいらっしゃるのですが。わかりました。では本日中に、そちらに行っていただくように話しておきます。失礼します」


 電話を切ると、データの【面接中】の項目にチェックを入れ、神様のほうに体を向ける。


「今日中のどこかで、来てくださいとのことです」

「承知しました。まさかこんなに簡単に見つかるとは。難しいと思っていましたのに」

「タイミングが良かったですね」


 神様が記入したエントリーカードに、募集案件のコードと日付を印字する。そして神様に差し出した。


「なにかありましたら、こちらに連絡をください」

「ありがとう。では」


 神様はカードを受け取り立ち上がると、いつものようにスッと消えた。



+++



「羽倉さん、めっちゃ強運の持ち主じゃ? 今、宝くじを買ったら、一等前後賞が当たるかもですよ?」


 神様が消えると、隣の窓口に座ってる一宮いちみやさんが、感心したように言った。


「そう?」

「そうですよ。工場が固まっている地域ならともかく、こんな町中でボイラーの神様ドンピシャな希望なんて、そうそうありませんよ?」

「でも、そのボイラーとこのボイラーは違うみたいだし」

「それでもですよ」


 まあ、自分でも今回のボイラーの神様に関しては、ラッキーだと思った。もちろん神様責任者さんとの面接があるから、すんなり決まるとは限らないが。


「なかなか決まらなくて困るよりは良いよね」

「それは言えてますね。でも羽倉さん、そこの視察はどうするんですか?」


 一宮さんが興味深げに質問をする。


「どうするって?」

「お店と違って、そう簡単には入れそうにない場所ですけど」

「……言われてみればそうかも」


 自衛隊の施設内なんて、いくら公務員でも簡単に入れる場所ではない。神様の仕事の視察ですと本当のことを言っても、絶対に信じてもらえそうにない。それどころか警察を呼ばれるかも。


「課長に相談する……」

「ですよねー」


 さてはて、一体どうしたものか。

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