第56話・「緋色」もう一人の創造主
そこには、大きな大きなコンピュータのようなものがあった。
「はいー。これがこの研究施設の
「スーパーコアコンピュータ……?」
噂には聞いていた。落ちているコアを組み込んで、演算力を強化させるコンピュータが研究されていると。
だけど、まだどこも成功したことはないはずだ。
……あんな悪夢のようなコア生物やコア研究をしている学園長なら成功するかもだけど。
「スーパーコアコンピュータが「緋色」なら、どうやってコア生物を創ったりするんだい」
「うふふー。これはただのコアコンピューターではありませんー」
「だから、何だってんだよ」
「周りのコンピュータは「緋色」をサポートする機材でしかありませんー。本当の
「
ナナがコアから飛び出して、悲鳴を上げた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
ナナが縋るのは、コンピュータのちょうど中央部にはめ込まれた、緋色のコア。
「……緋色……」
『帰ってくるなと、言ったでしょう』
合成音の女性の声がして、同時にスクリーンの言葉が映し出された。
『貴女は用済みだから、二度と帰ってくるなと』
「ごめんなさい……ごめんなさい……でも……
『仕方のない子』
単調な合成音だから分からないけど、肉声だったら、多分溜め息交じりの声になっていたと思う。
『おかげであちこち滅茶苦茶よ。こうならないために貴女を放ったというのに』
「……え?」
「やっぱり、ですかー」
ココが今度は本当に溜め息交じりに呟いた。
「
「緋色、さん」
僕は震える声で名を呼んだ。
『貴方が、丸岡、仁、くん、ね』
「はい。……あなたは、誰ですか」
『緋色、と呼ばれているわ』
「僕の推測が正しければ」
僕は跳ね上がりそうになる心臓を抑えて、言った。
「あなたはコアの中に封じ込まれた、人間。心だけでも」
『彼女は貴方で遊ぶ気になったのね』
合成音は単調なまま。
『私は羽根。美丘羽根』
美丘……羽根……。
聞いたことある……つい最近……。
そこで、モノクロ写真に写っていた、学園長とそっくりな初代が浮かんだ。
「学園長の……おばあさん、ですか……?」
『残念ながら違うわ』
声と言葉が同時に流れては消える。
『美丘羽根は三十五歳で死んだ。結婚もしていないし子供もいない。私は美丘羽根であり、歴代の学園長の肉体のモデルとなったモノ』
◇ ◇ ◇ ◇
かなり高距離からの落下に、瑞希は半分気絶しかけていたし、壮も青ざめてはいたけど、直治はそんな二人を抱えたまま、ほとんど衝撃なく着地し、走る。
その道中、あちこちに色のついた柱があって、学園で動いているのは自分たちだけではないのか、と言う不安が二人の胸を過ぎる。
直治は小さな研究施設に入り込み、そこで、ようやく息をついて二人を下ろす。
「貴様……そんなに……強かったの……かよ……」
「亀の甲より年の劫と言いますから」
「長田先生は……学園長がどういう人なのか、知ってるんですか? 学園長が何をやろうとしているのか分かっているんですか?」
瑞希の問いに、直治は苦く笑う。
「半分以上知らない、と言うのが本音ですね。七十年以上この学園にいて、ここまで彼女が大きく動くことはなかった」
「知り合いか、カピパラ」
壮の問いは、抜身のナイフを突きつけるように直治に向かった。
「知り合いと言えば知り合いですね。かつてはよく知っていた。しかし今はどうなっているか分からない。だから名を変え顔を変え姿を変えこの学園に居続けたけど、ここまで事態が緊迫するとは……」
「ちょっと待って、七十年?」
瑞希も直治を問い詰める。
「長田先生、一体何歳? 何者なの?」
「ここまで来たら明かすしかないでしょうね……。明かさずに済めばよかったが……」
「早く言え」
「私の本名は
二人を見て、海馬と名乗った男は言った。
「戦前の生まれ、美丘羽根の兄ですよ」
「美丘羽根って……」
「初代学園長だな」
「それは少々違います」
海馬は訂正する。
「初代学園長となった羽根は、本当の羽根は学園を学園として創立して十年で姿を消した。その後この学園にいたのは、紛い物です」
「紛い……偽者だってのか?」
「妹の皮を被った、人間ではない何者かです」
「人間じゃ、ない……?」
「君達が学園長と呼ぶのは、初代だった妹が姿を消した後、妹の皮を被って現れた。それを二回繰り返して三代目の顔をして学園にいるバケモノです」
◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ……今の学園長は、一体何なんですか。写真で見た限り、学園長と初代と二代目は瓜二つ……三つと言っていいほどよく似てたけど、コアの位置が違った。だから僕たちは美丘と言う家系がこの学園を治めているのだと思っていましたが……違ったんですか」
『違うわ。あのバケモノは、私が創ってしまったもの』
「創った?」
『ええ。私が研究を進めて生み出してしまった、人類にとって最大の敵。でも、その事を伝えるには、時間がかかり過ぎる。だから』
美丘羽根を名乗る緋色のコアを収めたコンピュータから、細い紐が二本やって来た。
『貴方のコアに私の記憶を直接刻み込む。安心して、だからと言って肉体にも精神にも異常は起きない』
「後は僕が耐えきれるか……ですね」
『そうね。嫌なら長い時間を書けても合成音と文字で続けるけど』
「いいえ、構いません」
僕は言い切った。
「やってください」
細く緋色に輝く紐は、僕のコアに触れる。
次の瞬間、コアを通じて、脳にものすごい情報量が流れ込んできた。
戦中。
女性としてはかなり珍しかったコア研究者だった美丘羽根さんは、コアに意思らしきものがあることを発見した。
コアは生きて、そして、意思がある。
その事だけでも伝えれば、日本のコア研究は格段に進んだだろう。
だけど、女の自分が発見したことを伝えれば、誰か適当な研究者の手柄にされてしまう。
羽根さんは、ごく少数の仲間と共に、その研究を進めた。
研究者のコアを接続させて創り出したコア生物。それは、コアに宿った意思がコア主の影響を受けて形になり、ずっと知性のある存在へと変貌した。
コアを最大限利用すれば人間に与えられる影響を知りたくて、お兄さんに頼んで実験台となってもらった。その結果、お兄さんは肉体を自在に変容させることが可能となった。筋肉や神経だけじゃない、細胞の一つ一つが、お兄さんの意思でコアを通じて肉体を変異させる。
コアが人間を最大限にまで強化させればそうなるか、と。
それを全ての兵士に与えれば、末期だった戦争はまだ続いていたかもしれない。
だけど、羽根さんは発表しなかった。
終わりに近づく戦争に、羽根さんは仲間やお兄さんと共にそれまでの研究結果を焼き、失敗したデータだけを残してコア研究は失敗したのだとした。
終戦後、仲間たちと力を合わせ、国連、GHQ、その他様々な所に手を回して、再び研究施設を創った。それが弧亜学園。若人のコアの平和利用を目的と謳った学園は、実際は羽根さんの研究を進めるためのものだった。
羽根さんの新しい研究は、コアの意思との直接のコンタクト。
コアは宿ったばかりの頃は弱く、コアを使うごとに強くなっていく。ならば意思もそうではないのか。羽根さんは、コア監視員と名付けたコア生物に学園に関する全てのコアの情報を流すように命じ、自身は様々な方法で自分のコアに様々な衝撃を与えてその反応を調べていた。
羽根さんの一番のお気に入りが、緋色のコア。
燃えるような挑むようなその色と、意思疎通ができたなら、何て素晴らしいことだろう。緋色は多分、きっと素敵で、知的で、優しいコア。
まるで子供のような情熱だったけど、そもそも研究者の情熱なんて子供と大差ない。
そしてコアを見てから二十年、三十五歳の時。
それは起こった。
羽根さんは緋色のコアに電気の衝撃を与えてながら、
その頃には、羽根さんの脳は到底一人の人間とは思えないほどに活性化していた。それもコアの強化の結果だろう。お兄さんが肉体を変貌できるようになったのと同じ、羽根さんは脳を限界寸前まで使えるようになっていた。
その時、飛んできたコア監視員の情報と。
緋色のコアへの電気ショックが。
もう休んでいない脳に食い込んだ。
その瞬間、羽根さんの意識は沈んだ。ううん違う、引きずり込まれたんだ。
緋色のコア結晶に閉じ込められて。
何故? どうして?
悩む羽根さんの脳に食い込むのは、緋色のコアの声。
貴女のおかげで、やっと肉体が得られたわ。
私たちは新人類。貴女たちにとって代わるもの。
でも、貴女の肉体は気に入っているから、使わせてもらうわね。
ああ、心配しないで。
代わりに私の身体をあげるから。
私の身体はもう用なしだし、貴女の知能はまだまだ役に立つから、貴女を寄生生物の一種にはさせない。そして貴方の肉体は、新人類の旗手としての栄光を得るのよ。
そして、意識が戻った時には、羽根さんは緋色のコアの中にいた。
目の前にいるのは、自分の肉体を少し若返らせたような緋色がいて。
そうよ。今日から、貴女が緋色。
嬉しいでしょ? 私と会話がしたかったんでしょ?
願いは叶えたんだから、今度は私の願いを叶えてもらわないとね。
そう、例えば。
貴女のコア研究を引き続きやってもらうとか?
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