第55話・人でもなく、コア生物でもなく

 次の部屋にも、一見絶望するようなものはなかった。

 この研究施設でよく見かけた、風船を膨らませたようなコア生物。

 それが、まともに研究室としか言えない部屋で、忙しく働いてる。

「ただの、コア生物じゃ、ないんだね? 僕が知っている限りではココたちコア監視員とナナしか人間並みの知性を有するコア生物はいないって話だったけど、ここのコア生物たちは明らかに僕の言いたいことを分かって反応していた」

 確認の為に聞くと、ココは笑った。

「聞いて見ればいいでしょうー?」

 なるほど、聞いて絶望しろってことか。

 僕はゆっくりと、意外に細い指でキーボードを叩く二足歩行のタヌキみたいなコア生物に近付いた。

「……え……と……こんにちは」

 一瞬コア生物は顔(らしき部位)をこっちに向けて、こっちを確認して……。

 その丸っこい指でよく操れるもんだと感心したキーボードを指さした。

 そして、丸い指がキーボードの上を踊る。

 B……O……K……U……H……A……N……I……N……G……E……N……D……E……S……U……

 スクリーンに、その言葉が写った。

「僕は人間です」

ぎょっとしてタヌキコア生物を見る。タヌキコア生物は頷くと、キーボードを叩いた。

『僕は、監視員の存在に疑問を持ち、学園長に問い質しました。監視員で何をしているのか、コアだけではないだろうと。すると、教えてやると言われてここに連れてこられました』

 長田先生が言ってた……。

 監視員の存在に疑問を抱いた生徒で、学園長に何らかのアプローチをかけようとしていた人が、記憶消去・追放処分を受けたと。

『僕のコアから作られたコア生物に、心を入れられました。僕の肉体は、今は何処にあるのか分かりません。僕たちは、ここに閉じ込められ、研究の手伝いをさせられています』

「……幽閉って、言わない?」

「言いますねー」

 ココはのんびりと言った。

「でもー、どっちがマシですかねー?」

「どっちがって……」

「コア結晶に閉じ込められてー、逆にコアに寄生しなければ生きられなくなってー、自分の意志で何もできない存在になってー、一生を終えるのとー、コア生物の器でもー、自分の意志で動かせる肉体があってー、ここで研究って言うことができるのとー。どっちがマシなんだろうって話ですねー」

「なるほど」

 僕は苦虫を百匹くらい噛み潰した顔で言った。

「どっちもろくな結果じゃないな」

 コア生物になるのと、寄生して生きていくのと。

 どっちがマシだと言われても、どっちも同じくらい嫌だとしか言えない。

『君もここに来たのなら、諦めるしかありません。僕らは研究の手伝いをする代わりに、いつかこの地球がコアに乗っ取られた後に研究員として外に出されるという約束をしています。嘘かも知れないけど、今の僕たちはそれに縋るしかないのです』

「ここにいる人たちは、みんな、僕や君と同じように真実に辿り着いて封じられたの?」

『弧亜学園の研究員として、研究が進み過ぎたためにこうなった人もいます。同じなのは、美丘と言う創造主クリエイターに創られ、許可を得なければ何もできない人間でもなくなってしまった生き物ということです』

「……コア生物に意識を移した?」

「そうですよー」

 のんびりとココは答える。

「元々自分の肉体の一部から創られたものですからー、馴染むのは早いでしょうー?」

 何を言えばいいか分からなかった。

 とんでもないことをしているのは間違いないけど、それをどう言い表せばいいか分からない。この胸のもやもやを、何て表現できるか分からない。

 ただ、とてつもない不愉快。

 絶望より何より、ムカついてならなかった。

「学園長って何様だよ。所詮は一学校の校長じゃないか」

「そうでしょうかねー?」

 ココは可愛く首を傾げる。

「そりゃココにとっては自分の生みの親だろうけど……」

「じゃあー、この研究施設のブレインの場所に行きましょうー」

頭脳ブレイン?」

「はいー、ブレインですー」

 つんつん、とタヌキコア生物……いやタヌキ型の肉体に入れられた元学生が僕を突いた。

「何?」

『君は僕らの救い手かもしれません』

「え?」

『人間の肉体でここに辿り着いた人は誰もいないのです。君はあいつにとって、何か特別な存在です。もし、あいつを出し抜けるなら、どうか、その時は』

 タヌキの指は小刻みに震えて、キーボードを叩いた。

『僕らを、終わりにしてください』

 僕は息を飲んだ。

「殺せって……そう言うこと?」

『もう、僕たちは死んでるんです』

 気が付くと、僕の周りには、たくさんの元人間のコア生物が大勢いた。

『家族も分からない肉体に入れられて、の約束で閉じ込められて、人間をコアと入れ替える研究に使われる。もう嫌だ。みんながそう思っています。だから、どうか終わらせてください』

 コア生物たちは、一斉にその言葉が写るスクリーンを指さして、僕に頭を下げた。

 つらいよ。

「僕に人を殺せって言うのかい?」

 コア生物はそれ以上何もキーボードを叩かずに、ただ僕に頭を下げた。

 風船のような生き物たちに頭を下げられて。

 僕に何が言えただろう。

「……何とも言えないけど」

 ぼそりと僕は言った。

「努力する」

 そして、そのまま背を向けた。


「うーん、意外でしたねー」

「何が」

 イライラとムカムカに囲まれて、ぶっきらぼうに答えた僕に、ドアの列の中を案内しながらココは言った。

「学園長のことを知った末路が、あのコア生物だってことが分かったけど、だから? 学園長へのイライラが増えただけだ」

「ではー、頭脳ブレインの部屋に行きましょうー」

 ココは楽し気に……本当に楽しげに言った。

 その時、不意にコアが熱を持った。

創造主クリエイター!」

 小さく叫んだのは、まだ緋色の服を着たままのナナだった。

「はいー。さすがにここまでくれば分かりますねー。そうですー、この研究所にいるもう一人の創造主クリエイター……それがー、通称「緋色」と呼ばれるー、私たちの創造主クリエイターに立てつくこの研究所の頭脳ブレインですー」

 無数の疑問が沸き起こる。

 研究所のブレインなら、どうして学園長に逆らってナナなんてコア生物を創ったのか。どうして僕のコアに同化できる能力を持たせたのか。どうしてそこまでの力を持つコア主がこの研究所に閉じ込められているのか。

 ただ、それはこの中に入って緋色に直接聞けばいい。

「ここが入り口ですよー。さー。入って、疑問を好きなだけぶつけてくださいー」

 きゅ、と唇をかんで、僕はドアを開けた。

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