第54話・進化の歴史

 ココは何か独特な節回しで鼻歌を歌いながら、僕を先導する。

 そして、次の部屋に来た。

「ささー。どうぞどうぞー。開けてくださいー」

「開けてびっくり玉手箱、ってこと?」

「そうですねー。中身は私は知っていますけどー。それを教えちゃったらー、創造主クリエイターに怒られちゃいますのでー。御自分の目で確かめてくださいー」

 覚悟を決めて、ドアを押し開ける。

 何を見ても、何を聞いても、驚くそぶりを見せちゃいけない……。

 そして開けた先にいたのは。

「…………?」

 僕は首を傾げた。

 そこには、身体を動かしている老若男女様々な人たちだった。

 ただ、普通の人間ではない。

 普通の人間は、カツラやカラーコンタクトをしない限り紫色の髪と目や赤色の髪と目をしたりしないから。

 ドアを開けた僕に、その中で自分の体力を確かめるように運動していた彼らが視線を向ける。

 そして、興味を失くしたかのようにぺこりと頭を下げて、運動に戻って行った。

「……ここに人間はいないんじゃなかったっけ? 僕の勘違い?」

「いーえー。人間じゃありませんよー」

 色を除けば人間にしか見えなかったけど、では、彼らは……?

「成長したコア結晶の最終形態ですー」

「?!」

 最終……形態……?

 あの柱の部屋にあった、中に人間を飲み込んだコア結晶は、最終的に人の姿を取る?

 何のために?

「彼らはー、まだ自分の肉体に馴染んでいないんですー。だからー、ここで運動してー、肉体を馴染ませているんですよー」

 まだ、肉体に馴染んでいない……。

 そして、そこにいる髪と目以外は普通の人間にしか見えない彼らの……肉体のモデルは……?

「おー、察しがいいですねー、丸岡さんー」

 ココは拍手した。

「そうですー。かつて彼らが宿っていた、のー、外観がモデルになりますー。だからー、人がコアを選ぶ以上にー、コアも人を選ぶんですー。学者はコアとの相性だのなんだのと言っていますけどー。実際はー、コアが気に入った人間に寄生するんですよー」

「じゃあ……彼らは、コア生物なの……?」

創造主クリエイターはー、新人類とー、呼んでいましたー」

 新人類。人間の新しい形、進化する姿。

 じゃあ、その肉体の素になる、僕たち人類は……?

「新人類が自己繁殖できるようになればー、おしまいですねー」

「人類としての歴史は終わるってことか」

「そしてまるまる新人類は旧人類の歴史を継いでー、新しい歴史を刻むんですー」

「ん? いや、待って」

「はいー?」

「なんで学園長はコアが寄生生物だって知って、それが人間にとって代わろうとしているって知って、それで彼らを守ろうとしてるんだ? 学園長は人間だろう?」

「さあー。どうでしょうかー?」

「人間じゃ……ないのか……?」

「そうでもありー、そうでもなしー」

 学園長が言ったのと、同じセリフを、彼女は言った。学園長から生み出されたコア生物だから、創造主クリエイターの本位に反することは話せない。

 僕は何か一つを知る度に、今は緋色となっている僕のコアの中でナナが苦しんでいる。知ってはいけない、ダメ、と叫んでいる。

 でも、多分彼女も知っている。ここで僕に教えられることを知らなきゃ、学園長が直々にやって来て無理やり見せるだろうってことを。

「ちょっと待って。コア一つに人ひとりなら、コアを二つ以上持っている人の場合はどうなるの?」

「コアの複数持ちはー、強いってー、言うでしょうー?」

「……そうだね」

「それはー、最終的に新人類になれるのはー、旧人類の肉体に早く馴染んだ方なんですよー。だからー、そりゃあもう競争ですー」

「コア主がどちらのコアをより多く使うか、そういうこと? だからコアは自分が使われるように、普通より強い力を発揮する?」

「はいー。理解が早くて助かりますー」

「で、なれなかったコアは?」

「大体は旧人類の言う野良コアになってー、新しい肉体を探しますー」

「それでコアが減らないんだね……」

 意識の中で、ナナが泣いている。

 多分、まだ彼女が本当に見せたくないものには辿り着いていないんだろう。

 辿り着いたその時が、僕が本当に絶望する時だってこと。

 それだけのお宝を向こうは持っていると思った方がいい。

 問題は、絶望してから立ち直って反撃に転ずるまでの時間だ。

 短ければ短いほど、相手は油断している。

 僕の学園生活はただの高校生から人類の存亡にシフトしてしまっているけど、分かるのは。

 彼方くんが言ってた。

 勝ちたいなら、笑うんだ。

 笑いで顔も心も安定させて、そして次の行動へ。

 ココがかつて僕に語った。

 泥沼にハマったら、泥沼から逃げ出すための努力をする。

 歩く方向が見えないなら、明るい方向へ向かう。

 動き続けることでしか、暗闇は抜けられない。

 ココが何を思ってこれを語ったかは分からないけど、それも僕にとっては大事な行動指針だ。今は敵となってしまった学園長の僕だけど、それでもその言葉は僕に刻み込まれている。

 最後に笑うのは、僕だ。

 今は泥沼の底なし沼の真っ只中で、灯りは何処にも見えないけど。

 沈み続けて溺れるよりは、意地でも動いて這いあがる。

 その為には行動するしかない。

 例えそれが敵の思い通りの行動だとしても、学園長だって完璧超人のように思えるけど、ナナって存在をなかなか見つけられなかったように、万能の人じゃない。そうである限り、出し抜けるチャンスはある。


     ◇     ◇     ◇     ◇


 千鶴は優雅に笑んでいた。

「綺麗な色ねえ」

 千鶴を挟んで立つ、かつて八雲一と百のコア結晶。

 輝く鬱金うこん色と、黄昏時の紫。

「戻せ……そいつらを……戻せ!」

「戻せないわ」

 不敵な笑みも吹っ飛んだ壮に、千鶴は微笑みかける。

「だって、知っちゃいけないことを知ってしまったんですもの。貴方達が学園中に知らせてしまったから、学園ごと口を封じなきゃいけなくなっちゃった」

 子供の悪戯がバレたような笑み。

「学園の外に持ち出す? そうしたら、研究者どころか国レベルまでもが飛んでくるでしょうね。でも、この学園は私の城。私が認めたモノ以外入れない聖域。敵の舞台に立って踊ってやる必要はないでしょう? 彼らが私の土俵に上がるのを待てばいい」

「国中……人柱にしようって言うの……?」

「そうね。場合によっては世界中。地球そのものを」

 言って、千鶴は楽しげに笑った。

「でも貴方達二人は残してあげる。だって、彼とそう約束したから。世界中から人類が消えて、貴方達がアダムとイブ……いいえ違うわね。アダムとイブは始まりだけど、貴方達は終わりだもの」

「んの……化け物がぁっ!」

 壮は空気弾エア・バレットを放った。

 だけど。

 千鶴にとってはそよ風に等しい。

「無駄よ。一年生の攻撃は私に効くとは思ってないわよね」

 どう、どう、どうと放たれる空気の弾を受けながらも、千鶴の肉体には傷一つついていない。

 その時、白い光が空気弾エア・バレットの中に紛れて飛んできた。

 千鶴は、それだけをよける。

「あら、遠距離攻撃、できるようになってるじゃない。褒めてあげるわ、渡良瀬さん」

「やっぱり、これは警戒してるってことね……」

「連打できるか」

「やってみるけど……あんまりもたないわ」

 壮は軽く舌打ちして、そして自分の目に飛び込んできた者を見て、絶句した。

 学校棟の最上階。学園全体を見渡せる総ガラス張りの学園長室。

 高みのそこに、人がいたから。

「カピパラ?!」

 長田直治が、拳を握って浮いて……いや、ジャンプした?!

 左手の拳に黒茶の光が宿る。

 次の瞬間、その方面のガラスが粉々に砕け散った。

「長田……!」

「やっぱり、貴方でしたか」

 はい、と繰り返し言っていた口ぐせもなく、直治は学園長室に着地した。

「やっぱり、効かなかったのね」

「そうでしょうね」

 そして直治は壮と瑞希を見る。

「一時撤退です! 捕まって!」

「逃げ出すんじゃないの?!」

「逃げ場がない限り戦うしかありませんが、相手の土俵で相撲を取る必要もない! 行きますよ!」

 そのまま壮と瑞希を抱え、直治は空中へと身を躍らせた。

 そのまま下に落ちていく三人を見て、学園長は微笑んだ。

「羽虫の一匹やそこらが残ったところで、運命は変わらないのよ?」

 そして小さく呟いた。

「ねえ? 愚かな……お兄様」

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