第53話・伏魔の研究施設
廊下を歩いていて、すれ違うのはみんな風船からできたゆるキャラのようなコア生物ばかりだった。
それぞれもたもたと歩いて、僕に気が付くと、僕を見る。
そして、頭を振ったり天井を仰いだりしてすれ違っていく。
「このコア生物は、何のために創られて、何のためにここにいるの?」
「このコア生物はー、みんなー、用済みなんですー」
「用済み……? ナナみたいに、学園長に見捨てられた……?」
「それだったらコアに戻しますよー。ここにいるコア生物は、みんなちょっと特殊でしてー」
「特殊なコア生物なら、何故外に出さないんだい。学園長が今まで生み出したコア生物を表に出せば、学園の格もあがるし世界からも注目を集めるだろう」
「あの
「……確かにね」
「ここにいるコア生物はー、まだ外に出せないんですー。時が来たら表に出してやると言われて、それだけを希望に生きてるんですー」
「表に、出す?」
「あー、この説明はちょっと早すぎましたかねー。順番に説明していきますしー、質問にはいくらでも答えますのでー、それはその時にー」
ココはふわふわと飛んで行って、一つの扉を指した。
「まずはー、ここからー、ですかねー」
「普通、研究室とか実験室とか、書いてあるもんじゃないの?」
「
僕はココに促されるままにドアに手をかけた。
鍵がかかってるんじゃ、と思い、学園長と関係者しか入れない施設に鍵なんか必要ないと思い直し、ドアを開ける。
薄暗い部屋。
薄暗いと思ったのは、電気設備がないからだった。
真っ暗じゃないのは、まるで神殿のように建っている無数の柱が、一本ずつ色を発光しているからだ。
赤、青、緑、茶、黄、紫、オレンジ、それから、それから……。
無数の発光色を持った柱が、ずらりと並んで、それが部屋を薄暗く照らしていた。
「さあーさ、どんどん入って行ってくださいー」
「いやな予感しかしないのは僕の気のせいかな?」
「気のせいじゃないと思われますー」
そうだろうなあ。
発光する柱の中を覗き込む。
ぼんやりと見えるのは。
……人影?
「まさか」
「はいー、この柱の中にあるのはー、みんな人間の肉体ですー」
人間の肉体、という言い方が気になった。
「人間の死体、とかじゃないの?」
「死体ならー、処分してますよー」
「つまり、生きている、ってこと?」
「はいー」
生きたまま閉じ込められている? この柱に?
柱に手を当てる。
一瞬びくり、と柱が跳ねて、手を離した。
右手の甲が熱を持っている。
コアが、柱と同じ紅色に染まっている。
「もしかして……この柱って……」
「はいー。成長したコアですー。
成長した……コア……。
「コアって成長するの?」
「しますともー。生きてるんですからー」
ココの当たり前のような言葉に、僕は青ざめた。
「コアは……生き物?」
「生命を生み出すのはー、生命のほかないでしょうー?」
「じゃあ……コアを強化するって言うのは……コアを成長させて……」
「コアと肉体の立場が逆転するんですよー」
僕は息を飲み込んだ。
聞いたことがある。
強いコア能力の持ち主は失踪するという噂を。
「行方不明になった強いコア主は……ここに辿り着く……?」
「全部が全部そうじゃないですけどねー」
ココは当たり前のように言う。
「コア主が全員行方不明になっているわけでもないでしょうー?」
「そうなんだけど……」
目を細めて柱……コア結晶を見ると、ぼんやりと、人の形が見えた。
「この人たちを出してあげるわけにはいかないの?」
「御影先生のー、最初の授業で聞いたことー、忘れましたー?」
ココはニコニコと言った。
「人間から切り離されたコアはー、もう誰にもくっつかないってー」
「それって、つまり……」
「はいー。丸岡さんが最初の授業で見たあのコアたちはー、死んでいるんですよー」
喉が鳴った。
「じゃあ、この人たちをこのコアから出したら……」
「生命的につながっていますからー、死んでもう二度と生き返れませんねー」
これが……学園長の見せたかったもの?
「いいえー。まだまだありますよー」
僕の問いに、ココは言った。
「これ以上のものが、まだ、あるって……?」
「はいー」
本気で逃げ出したくなった。
コアを鍛え、強くして、立派になろうとしている人間の末路は、これなのか。
「末路じゃありませんよー」
「末路じゃない? じゃあ、これで終わりじゃないの?」
「はいー。この更に先がありますー」
そしてそれは、中に取り込まれた人間にとって、決してマシな事じゃないだろう。
逃げ出したくなって、逃げ場がないことを思い出す。
「コアは……寄生生物ってこと?」
「そうですねー。町やあちこちで見かける俗に野良コアと呼ばれているものは、コアの卵ですー。コアが成長するのにいい人間に触れたらー、コアは人間に寄生しますー」
これが、学園長の見せたかったもの?
いや、きっと、まだまだある。
あの学園長がこの程度の僕の驚きで満足するはずがない。
僕が完全に絶望するようなものが、きっと連続で出てくるはずだ。
こんな所で心折れてるわけにはいかない。
「次に見せたいのは、何だい?」
気を取り直して、覚悟を決め直して、聞く。
「あらー。この部屋で絶望しなかったんですかー」
「驚きはしたけどね。絶望はしないよ。まだ早いだろう?」
「そうですねー。
淡く光るコア結晶を見上げて、そして僕は自分の両手で頬を叩いた。
コアに逆に寄生しているようなこの人たちは、でも末路ではなく次の段階があるらしい。
きっとこの状態よりマシってことはないだろうけど。
だけど、先を見せたいというのなら、行くしかない。
目の前で学園長を喜ばせるよりは、マシだ。
ココ越しに見ているんだろうけど、直接学園長の反応を見るよりは何万倍もマシだから。
そして、学園長自身が僕を案内せずに上がって行ったのは、多分、学校でやらなきゃならないことがあるから。
それは、渡良瀬さんや彼方くんに関わりのあることだろう。
学園長が
二人を抑えるために、そして恐らくは二人を抑えることによって僕が逃げ出す気を奪うために、学園長は地上に戻って行ったのだ。
僕にできることは、耐えること。
絶望することなく、最後まで見続けること。
覚悟を決めて、僕は部屋を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇
「まさかあなたたちまで来るとはねえ」
学園長こと美丘千鶴は、楽しげに笑った。
丸岡仁がいる地下階からエレベーターで一気に上がった学園長室。
そこに来たのは、渡良瀬瑞希、彼方壮、八雲一、八雲百の四人だった。
「風紀委員長に陸上部部長。貴方達双子までやってきて、何かあったかしら?」
「俺はボディーガードなんでね」
一は答えた。事情を聴いて、すぐに頷いた兄は厳しい顔で千鶴を見る。
「聞くのは妹さ。だけど聞きたいね、俺の後輩君は何処へ行ったのか」
「丸岡仁は追放・退学処分にしたわ」
千鶴はあっさりと言う。
「理由は」
鋭く百が後を追った。
「学園の不利になるようなことをしたから。じゃ、聞かないわよね」
「聞きませんね。最初、学園長から丸岡仁君を風紀委員にしろ、と言ったのは貴方です。だから、私は、あの一年生にあなたがあの一年生にすごく期待をしていたのだと思いました。その期待を裏切ったからその処分にしたというならそれで納得もしたでしょう。渡良瀬さんと彼方さんに話を聞かなければ。あなたが
「あら、彼方くん、喋ったのね」
「喋ったさ」
壮は楽しげに言った。
「そりゃあ喋る。こっちに落ち度は全然ないんだし、表沙汰にして学園中の全員が知れば、そりゃもう秘密じゃなくなるだろう? コア監視員を創り出して学園の全てを監視している学園長。それと、それ以上の秘密を一年生が知ったから、学園から連れ去られた、あいつはきっとすごい事実を知ってるに違いない……。学園中が丸岡を探してるぜ。追放・退学処分になったとしても、記憶を復活させることができるって研究員がよだれ垂らしてあいつの家に向かったよ」
千鶴は微笑んだ。
百が一歩下がり、一が息を飲むほどの笑み。
「認識が違うようね。そう、私は彼を追放処分にしていない。彼はまだ、学園の敷地内にいる」
「あんたの秘密基地か?」
狂暴なブルドッグの噛みつく寸前のような笑みで、壮は問うた。
「そこに、あんたが隠してる秘密があるんだな?」
「本当に、もう、貴方ってば」
千鶴は小さく呟いた。
「そう言う度胸を持っているから、欲しくなっちゃうじゃない」
「欲しい? 残念だけど、俺は誰のものでもない。丸岡があんたのものじゃないように」
「丸岡君は私のものよ。私のものになることで、貴方達二人に手を出さないことを約束した。でも……」
殺人者に近い笑みが、千鶴の美しい表情を彩った。
「丸岡君が今見ているものを、特別に見せてあげる」
千鶴の黄色いコアが光った。
「きゃ……!」
「うお……?」
一の背中の左側が、百の右肩が、急に光を放った。
一の
溢れた光が、二人の身体を飲み込んで硬化していく。
「!」
「委員長! 部長さん!」
一と百は、それぞれのコア結晶の中に閉じ込められてしまった。
「……何をした!」
笑みさえも吹っ飛んで、壮が吼える。
「二人に、何をした!」
「私に逆らう強いコア主の、末路よ」
千鶴は微笑んだ。
この二人に説明はいらない。
ただ、コア色の結晶に閉じ込めた、そう言う能力と思うだろう。
本当は、彼らにも教えてあげたいけど。彼らも気っと、仁と同じように絶句し、そして、何とも言えない感情にまみれるだろうけど。
「約束は約束だから、貴方達には手を出さないわ。でも、その他の人間に手を出さない、と言う約束はしてないから、これは貴方達の罪ね」
壮は強化ガラスの窓から見下ろした。
学園のあちこちで、様々な色をした光が発している。
「まさか……この学園中の人間を……」
「しょうがないじゃない。知らなくていい事を知っちゃったんだから。ああ、それとも」
青ざめる二人に、千鶴は、誰よりも美しいと思っている笑みを浮かべた。
「貴方達も絶望して、ああなりたい?」
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